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「ほら、みんなと外で遊んできたらどうなんだ?」
「ううん。今日はお母さんと一緒にいる」
「本当に、どうしたんだ?」
「なんでもないよ」
「そうか?」
「うん」
少し不安そうに尻尾を振っているので、なんでもないというのは嘘だと思うんだけど…。
何があったのか、話してくれるだろうか。
私から強制することは出来ないが…。
「あ、いました。ここですよ」
「サンクュー」
「え?」
「あ、いや、ありがとう」
「どういたしまして。では、失礼します」
「おぅ、ユタナ。どうしたんだ」
「紅葉…さん。話があるんだ」
「はは、紅葉でいいよ」
「…紅葉、話があるんだ」
「ああ。何だ?」
「昨日は結局、決められなかった。アルとも話したんだけど…」
「やっぱり来てたのか」
「ああ」
「それで?」
「魔霊の村にサンと一緒に行くのか。この城に留まるのか。サンにとって、何が最良の選択となるか…私たちには分からなかった」
「そうか」
「…本当に私たちが決めてしまっていいんだろうか。もしかしたら、サンの未来を大きく変えてしまうんじゃないだろうかって。そう考えると、やっぱり怖くて決められなくて…」
「それで?どうするんだ」
「…答えを出せるまで、ここにいていいか?いつになるかは分からないけど…。でも、いつか必ず出すから」
「ああ、いいさ。お前たちがどういう決断をするのか、楽しみに待ってるよ」
ユタナの頭を撫でてやると、少しだけ笑ってくれた。
…サンにとって、何が幸福なのか。
それはサンにしか分からないんだろうけど。
でも、どんな決断をしたとしても、サンは納得してくれるんじゃないかな。
二人が、一所懸命にサンのことを考えて決めたことなんだから。
「…まあ、部屋はあそこを使えばいい」
「そういえば、桜とユカラが布団を持ってきてくれたんだ。二人の部屋だったんだな」
「ああ。でもまあ、気にすることはない」
「うん。二人もそう言ってくれた」
「ユタナお姉ちゃんは、ずっとここにいるの?」
「えっ?あ、いや…。それは分からないけど…」
「じゃあ、これ」
「ん?」
望は、袋から優月草の種を取り出して。
そして、ふたつに割ったあと、片方をユタナに渡す。
「なんだ、これは?」
「優月草の種だよ。仲の良い二人がひとつずつ持ってると、絶対にまた再会出来るんだって」
「じゃあ、私がどこかへ行ったとしても、また望に会えるってことか」
「うん。また会えるよ」
「…ありがとう」
「うん」
ユタナは望の隣に座って。
それから、そっと抱き締める。
「でもまあ、これからしっかり仲良くならないとな」
「うん」
「やっぱり、ほとんど初対面だろ、お前たち。おかしいとは思ったけど」
「そうだな。私は、昨日の夕飯のときにチラリと見えたくらいだな」
「えへへ。望は知ってたよ。ユタナお姉ちゃん、桜お姉ちゃんの部屋でお昼寝してた」
「昼寝…?今後の身の振り方を考えているものだとばかり思っていたが」
「あはは…。考えている間に眠っていたらしいな。気がついたら行灯の灯が点いてて、美味しそうな匂いが漂ってきてたんだ」
「ほとんど寝てたんじゃないのか?」
「まあ、そうかもしれない」
「まったく…。まあ、旅の疲れもあるだろうし、仕方ないけど…」
「少し、嘘をついたな」
「そうだな」
「ユタナお姉ちゃん、嘘ついたの?」
「ああ」
「じゃあ、怒られるね」
「そうだな」
「サンがね、この前、嘘ついたから怒られたって」
「ほぅ」
「でも、怒られるのはいいことなんだって言ってたよ」
「なんでだ?」
「分かんないけど、それだけを何回も言ってた」
「…利己的なものではなく、相手のことを考えて怒るというのは、その人に正しい振る舞いをしてほしいと願って、やることだ。どうでもいいと思うやつのことは怒らないことも多いし、逆に、相手のことを想っているからこそ、些細なことでも怒るということがある。まあ、当の本人たちは、もしかしたらそんなことは考えてないかもしれないけどな」
「つまり、サンは、嘘をついたことで怒られたというのが、サンのためを想ってのものだというのが分かったということか」
「そうだな。まあ、オレがそう言ったんだけど」
「ん?サンは、紅葉に怒られたのか?」
「いや、香具夜だったかな。つまみ食いがどうとか言ってた気がする」
「つまみ食い…」
「今まで夜にしか表に出られなくて、その日に初めて日の出てるときに外に出たとか言ってたかな。朝早くから遊んでたんだけど、そのときに、厨房にあった朝ごはんの仕込みを全部食べたとかなんとか」
「そうか…」
「まあ、そのときに食べてないとか嘘をついて、怒られてたんじゃなかったかな」
「ふぅん…。そんなことがあったんだな」
「ああ。でも、オレは寝惚けていたみたいだな。今、思い出してみたら、かなりあやふやだ」
「サン、ときどき、夜に出掛けることがあるんだよ。望もついていくことがあるんだけど、お城の周りをグルッと回ったりして、半刻くらい遊ぶんだ。それで、お城に帰ったら、明日もいっぱい遊ぼうねって言って寝るんだよ」
「夜にしか外に出られなかったときの癖というか、習慣なんだろうな」
「夜の森って楽しいんだよ。静かでね、夜にしかないものもたくさんあるし」
「はは、そうだろうな。昼には見えないものが、夜に見えることも多いし。まあ、でも、これから夜の散歩に行くときは、オレか風華に言ってからにするんだぞ」
「はぁい」
サンと望が、夜の散歩に出てるとは知らなかったな。
私が寝る頃には、二人とも寝てるし。
夕飯が終わってすぐにでも行くんだろうか。
…ユタナは、夜の散歩の話の間、ほとんど黙ったままだった。
まあ、またあとで詳しい話を聞くことになりそうだな。
とりあえず、暗い顔をしているユタナの頬を引っ張っておく。