24
「着いたぞ」
「ああ。ありがとう」
「うん。お休み」
「お休み」
そしてそのまま足音は遠ざかっていく。
さて、寝るか…。
戸を開けて部屋に入る。
「あ、遅かったね」
「あれ?風華?」
それに、この匂い…。
「みんないるよ。結局ここで寝るんだね。香具夜も、連れて行ったはいいけど、光がやっぱりここで寝たいって言ってたって」
「そうか」
「うん。で、どうだったの?」
「何が?」
「兄ちゃんに聞いたんでしょ?」
「な、何を!」
「そっか~。良かった良かった」
「だから、何が!」
「ふふ。あれ~?姉ちゃん、目だけじゃなくて、顔も赤いよ~?」
「風華!」
「ふふふっ、可愛いなぁ~」
「もう!」
「でも、良かったじゃない。ちゃんと聞けたんでしょ?」
「…うん」
「じゃあ、良かった良かった」
頭を撫でてもらう。
いつも撫でる側だから、何か変なかんじ。
けど、すごく気持ち良い。
「兄ちゃん、頼むね」
「うん」
撫でている手を取り、引き寄せる。
そして、強く抱き締める。
「でも、風華も一緒だ。みんな一緒」
「うん…そうだね」
みんな一緒。
みんな好き、だよ。
警鐘が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
「隊長!町で火事です!」
「今何時だ!」
「丑の刻です!」
「放火の線をあたれ!戦闘班はただちに消火活動に回れ!医務班は怪我人を!」
「はっ!」
「ぅん…何…?」
「風華。町で火事があったらしい。医務班として出動してくれ」
「……!分かった」
「あ。衛士の服を着ていってくれ。見分けがつきやすいように」
「うん。はい、姉ちゃんも」
「私…?」
「うん」
「私は…何も出来ない…」
「そんなことないでしょ!ほら、早く!」
「あ…うん…」
何も出来ない…。
目が見えない私は…足手まとい…。
「行くよ!」
「ぅむ…お母さん…?どこ行くの…?」
「ちょっとお便所に行ってくるだけだから。葛葉はゆっくり寝てなさい」
「ふぁ…あふぅ…。分かった~…」
「良い子だね」
そして、軽く手を引く。
「行くよ」
「でも…」
「もう!」
右頬に感じる痛み。
「しっかりしなさいよ!衛士長なんでしょ!?目が見えないくらいで弱気になるような衛士長なら辞めればいいんだよ!」
「…そう…だな」
「行くよ!」
「うん!」
見えないからと逃げて、何も見てなかったんだ。
見えるものも、目を閉じて見てなかった。
衛士長…失格だな…。
「分かったんだから、これからはちゃんとしていけばいいんだよ。失格なんて思うことはない」
「え…?」
「どうせ、衛士長失格だ…とか考えてたんでしょ?そうやって逃げるんじゃなくて、次からはちゃんと見据えてやっていけばいいこと。失格なんて思う必要はないの。それに…やっぱり姉ちゃんが衛士長じゃないと、誰がやるっていうのよ」
「そうですよ。私は隊長以外の隊長は嫌です」
「香具夜…?」
「避難指示、完了しました」
「ああ、分かった。引き続き、避難の遅れたものがいないか、あと、不審者がいないか確かめてくれ」
「はっ!」
「ほら、出来ることがあるでしょ?」
「…うん」
そうだよね。
誰にでも、出来ることは何かあるんだ。
何も見えない、何も出来ないと悲観して、出来ることを探そうとしなかった。
…ありがとう、風華。
炎の匂いと熱さが、火事の大きさを物語っていた。
「延焼を防ぐんだ!」
「はっ!」
「被害の状況は!?」
「現在、十戸が全焼、約二十戸が半焼です!怪我人多数、しかし、犠牲者は出ていません!」
「よし。良くやった。あとは火を消すだけだ!踏ん張れよ!」
「…五元素がひとつ、水よ。その力で以て、火を剋せ!」
水の匂い…?
そして、次の瞬間、蒸気が顔を撫でた。
「くっ…足りない…」
「風華!?」
「ごめん。班の仕事を放って」
「いや…今のは…?」
「術式。でも、私に力がないから…」
「わたしが手伝ってあげる。だから、頑張って」
「…響?」
「ふふ、そうだけど、違う」
「……?」
何か、あの幼い響とは違った、なんというか…風格のようなものが漂っていた。
誰…なんだ…?
「行くよ、風華」
「あ…うん!」
「「五元素がひとつ、水よ。その優しさで以て、火を剋せ!」」
…ん?
なんだ?
何が…。
「空が…」
「え?」
冷たいものが頬を打った。
「雨…?」
「雨だ!やったぞ!」
「手を休めるな!引き続き、消火活動にあたれ!」
「はっ!」
雨…。
これも、術式の力なのか…?
「はぁ…はぁ…」
「良く頑張りました。もう大丈夫だよ」
「う、うん…」
「じゃあね。わたしは帰るよ」
『お姉ちゃん、お母さん、お休みなさい』
「お休み」「お休み…」
なんだったんだろう…。
響だけど、響じゃないようなかんじ…。
そして一度、大きく羽ばたく音がして、響の匂いは遠ざかっていった。
「良かった…。これで、大丈夫だね…」
「……!風華!」
「はぁ…はぁ…」
風華をなんとか抱きとめる。
…息が荒い。
なんで…?
術式のせいなのか…?
「はぁ…大丈夫だから…。ちょっと…疲れただけ…」
「ちょっとって…おい!医務班!来てくれ!」
「どうした?」
「犬千代…?なんで…?」
「僕も医務班だけど。ん?風華、どうしたんだ?」
何をしてるのかは分からないけど、しばらくゴソゴソとやって。
「…極度の疲労だろうな。早めに引き上げてゆっくり休養を取るんだ」
「はぁ…分かった…」
「ほら、紅葉も」
「え…でも、私は…」
「僕に任せて。大丈夫だから」
「うん…分かった…」
「誰か!隊長と風華を送ってくれ!」
「じゃあ、ボクが行く」
「ああ。よろしく」
「桜…?」
「そうだよ。帰ろ?」
「あ…うん…」
「風華、大丈夫?」
「え?」
風華はもう眠っていた。
…よっと。
担ぎ上げる。
意外と軽いんだな…。
「いろはねぇって、力持ちなんだね」
「いや、風華が結構軽くてな…」
「そうなの?まあ、早く帰ろ」
「ああ」
少し先行するように歩く桜の足音を頼りに、あとをついていく。
「そういえば、桜はなんでここに?」
「伝令班の仕事。避難の指示と不審者の捜索」
「あぁ、そういえば伝令だったな」
「うん」
「わっと…」
「……?どうしたの?」
「いや…」
「鳥目なの?」
「いや…まあ、そんなものだな…」
「そっか。じゃあ、こうだね」
空いてる方の手を繋いでくれる。
「えへへ。なんか久しぶりな気がするなぁ。手を繋ぐの」
「そうなのか?」
「えへへ」
「っとと…もうちょっとゆっくり歩いてくれ」
「ごめんごめん」
嬉しい雰囲気が感じ取れるほどに滲み出ていた。
手は、人間にとって、もっとも敏感な場所だ。
手を繋ぐということは、相手を感じるだけでなく、同時に、相手にも感じられるということを表す。
大人になると、感じ取られたくないことが増えるからだろうか。
どんどんと、手を繋ぐ機会が減っていく。
それはとても哀しいこと。
でも、必要なことなのかもしれない。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもないよ」
必要なことだとしても、やっぱり、大事なことだと思う。
たまには、手を繋いでみるのもいいよね。
いいよね。
でも、手を繋いでくれる人が十三歳下の従弟しかいないのは秘密です。