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昼ごはんはいつも通りだった。
まあ、こいつは一度起きれば大丈夫なんだけど。
「はぁ、今日は酷い目に遭いました」
「お前が早起き出来ないのが悪いんだろ」
「そんなことないですよ。人間、朝ごはんを抜いたくらいじゃ死にませんよ」
「そういう問題じゃないだろ。朝ごはんは、一日を元気に過ごすために必要な要素だ」
「えぇ~、そうですか?」
「お前は、いつも朝ごはんを食べないからな」
「あはは、そうですね~」
「香純お姉ちゃん、朝ごはん食べないの?」
「起きたら昼だからね。自然と昼ごはんになるんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「こいつは一日の半分以上ら寝てるからな。…日当たりの悪い部屋なのがダメなのか?」
「あの部屋がいいんですよ。ここも近いし」
「少し遠くても、東向きの部屋にしたらどうだ。三階くらいの」
「えぇ…。そんなところにいたら、太陽の光が入ってくるじゃないですか…」
「じゃあ、オレたちの部屋に来るか?毎朝起こしてやるぞ」
「遠慮しておきます」
「いや、これは隊長命令だ」
「えぇ…」
「まあ、それは冗談としてもだ。お前の寝坊は目に余るぞ」
「んー。でも、もうどうしようもないんじゃないでしょうか」
「そうでもないんじゃないか?今日だって、ちゃんと起きたじゃないか」
「それは、隊長が起こしに来たからじゃないですか…」
「だから、毎日でも起こしにいってやろうかと言ってるんだ」
「うぅ…。もう勘弁してくださいよ…」
「誰のせいで、昼まで飢える者が出ると思ってるんだ」
「すみません…」
「次に寝坊したら、本当に辰紀に言うからな」
「隊長~…」
香純は昼ごはんを私たちの前に置くと、椅子にぐったりと座り込んでしまった。
翼をつまらなさそうに羽ばたかせながら。
…まあ、それよりまずは昼ごはんだな。
「いただきます」
「いただきま~す」
「はぁい…」
「そういえば、伝令班の集会についてだけど」
「あ、知ってますよ。香具夜さんが、独断と偏見で開いたとかなんとか」
「オレに何も言わずにな」
「えぇ~、そうなんですか?」
「ああ」
「うちの班長も、いきなり集会を開いたりしないですよね?」
「さあな。あいつはあいつで、負けず嫌いなところがあるから。調理班朝寝坊徹底撲滅期間とか制定しないかな」
「あはは、無理ですよ。業平さんも朝に弱いですし」
「お前よりかはマシだがな」
「もう…。それはなしですってば…」
「とにかく、毎日朝ごはんが遅くなるのは問題だな。最近だと、早いのは美希か灯のときくらいじゃないか?」
「美希さん、早起きですもんね。さすがは元旅人ってかんじです」
「お前も旅に出ろよ。そしたら、朝に強くなるかもしれない」
「私は体力がないんで無理ですね」
「旅をしていれば、自然と付くんじゃないか?」
「えぇ…。私、料理を作るくらいしか能がないですし…」
「じゃあ、護衛にオレがついていこうか?」
「い、いいですよ…」
「遠慮することはない。お前の朝寝坊が治るなら、どこへだって行くぞ?」
「望も、一緒に行きたい!」
「ん?ああ、そうだな。望も一緒に行こう」
「旅って、思ってるより大変ですよ?何日もお風呂に入れなかったりするし…」
「お前は、風呂に入られないから旅に行きたくないのか」
「臭ったりするのって嫌じゃないですか…」
「大丈夫だ。今でも充分臭ってるから」
「えっ、嘘っ」
「自分の匂いは自分では分からないものだな」
「うぅ…。どこが臭うんですかぁ?」
服の袖やら、自分の翼やらの匂いを嗅いでみる。
でも、さっぱり分からないようで。
「そんなに臭いますか、私…?」
「ああ。臭うな。だから、旅に出ても問題ない」
「そ、そういう問題じゃないです!」
「まったく…。嘘だよ、嘘。信じるなよ」
「嘘…って、信じますよ、そんなの!隊長、狼ですし!」
「まあ、普段通りのお前の匂いがするというだけで、特別体臭がきついだとか、そういう意味で言ったわけではない」
「えっ、私、いつも臭ってます?」
「誰しも、自分自身の匂いというものを持ってる。それは、普段は特に認識されるわけでもないし、気にすることもない」
「えぇ…」
「旅の途中であっても、身体を拭いたりして、常に清潔に保っておくのは大切なことだ。病気になっても、すぐにどこかの街へ行けるとも限らないしな。お前の気にする不潔さや体臭は、旅をする上では避けては通れないかもしれないが、それを回避することも出来るはずだ」
「うーん…」
「ということで、旅に出ようか」
「えぇっ!」
「嫌なら早起きしろ」
「うぅ…。どっちも私には無理です…」
「軟弱なやつだな」
「軟弱でいいですよ…」
「いや、よくない」
「え?」
「朝ごはんのためにも、明日からはオレが起こしにいくとしよう」
「結局、そこに戻るんですか…」
香純はため息をつく。
まったく、からかいがいのあるやつだ。
…しかしまあ、朝寝坊しないように、毎朝叩き起こしにいくなんて、オレはこいつの母親じゃないんだけどな。
まあ、いいさ。
いつまでも続くようなら…覚悟してもらわないとな。




