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朝ごはんも無事に食べ終わり、洗濯も済み。
ツカサに続いて、ナナヤも逃げるように街へ行って。
何をする予定もないから、自分の部屋で外を眺めていた。
伊織と蓮は、言いつけた通りに広場へ遊びに来ているんだけど、肝心の遊び相手であるセトは乗り気ではないらしく、面倒くさそうに尻尾を振るだけで。
でも、二人はその尻尾を追いかけるだけでも、充分満足らしかった。
「何を見てるの?」
「あれだ」
「遊んでるの?」
「そうだな」
望は、柵から身を乗り出して覗き込む。
危なっかしいので、帯を引いてこちらに寄せる。
もう少し三人の様子を見てから、こちらを向いて。
「あのね、お母さん」
「ん?」
「昨日ね、伝令班の集会があったの」
「そういえばそうだな」
「それでね、バッポンテキなカイカクが必要だって、香具夜お姉ちゃんが言ってたんだ」
「抜本的な改革?謀叛でも起こす気なのか、あいつは…」
「仕事がないから暇だって」
「それは、完璧に私情を挟んでるな…」
「それで、何か新しい仕事がないか、探してこいって」
「暇なら、市中巡回でもしてくればいいのに…」
「みんな文句言ってたよ。仕事なんてしたくないって」
「…まあ、それはそれで問題ありだな」
「それでね、何がいいかなって」
「そうだな…」
仕事をしたくないと言ったやつは、是非とも摘発しないとな。
まあ、私も暇を持て余している時点で、強いことは言えないけど。
「望はね、お花のお世話がいいと思うんだ」
「花?」
「うん。お城を出て裏のところに、綺麗なお花畑があったの。前に、散歩してるときに見つけたんだけど。本当に綺麗だったよ」
「あぁ、花畑か…」
「知ってるの?」
「ああ。あそこは…」
「……?」
あそこはお墓だ、なんて言ったら、気味悪がるだろうか。
せっかく、綺麗な場所を見つけたと喜んでいるのに。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「……?」
「しかし、花の世話か。いいかもしれないな。広場の端にでも何か植えて」
「うん。この前に行ったとき、花の種を取ってきたんだ」
「ほぅ」
望は懐から小さな巾着を取り出して、中身を見せてくれる。
よく見覚えのある種。
私も、昔はこの種を使っておまじないをしたものだが。
「優月草の種だな」
「ユウガツソウ?」
「殻を割ってみろ」
「これ、殻なの?」
「ああ。その中に、本当の種が入ってるんだ」
「ふぅん」
望は袋からひとつ取り出して、ふたつに割ってみる。
中には、確かに種が入っていて。
「ふたつ入ってる」
「ああ。その種を、仲の良い二人がひとつずつ持つと、どんなに遠く離れても必ず再会出来るという伝説があるんだ」
「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、ひとつ、あげるね」
「ん?オレにか?」
「うん」
「そうか。ありがとう。でも、これに頼らなくとも、ずっと一緒じゃないか」
「うん。でも、これで、ずっとずっと、一緒だよ」
「…そうか。そうだな。ずっとずっと、一緒だ」
「えへへ」
望はそっと種を握りしめて。
頭を撫でてやると、ニッコリと笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、香具夜お姉ちゃんに言ってくるね!」
「いや、待て」
「え?」
「どうせ、また集会を開くだろうから、そのときに言えばいい。今日は、オレと一緒にのんびりしないか?」
「うん。分かった」
素直に頷いて隣に座る。
それから、巾着の中を覗き込み、尻尾をパタパタと振って。
…配り回るつもりなんだろうか。
たぶん、そうだろうな。
「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「あのね、お姉ちゃんがね、羽織に良い匂いを付けてくれたの」
「焚き染めてもらったのか?」
「うん」
「風華もすっかりお香の虜だな」
「それでね、またお母さんに好きなのを買ってもらいなさいって」
「ああ、そうだな。買いに行こう」
「でも、今日はダメだよ」
「ん?なんでだ?」
「今日は、お母さんとずっと一緒にいる日だもん。さっき、お母さんも言ってたでしょ?」
「一緒に買い物に行けばいいんじゃないのか?」
「ダメだもん」
「…そうか」
なんでだろうな。
まあ、いいさ。
望がそう言うなら、私はそれに従うだけだ。
「お母さんは、歌うの、好き?」
「そうだな…。あまり歌ったりはしないが、歌うこと自体は好きだ」
「望も、歌うの好きだよ」
「そうか」
「それでね、ユカラお姉ちゃんが、一番歌うのが上手いんだよ」
「そうなのか?」
「うん」
「へぇ…」
「でも、光も上手いんだよ。将来は歌姫だなって」
「誰がそんなこと、言ってたんだ?」
「ツカサお兄ちゃん」
「ふぅん。ツカサが」
「うん。お風呂に、一緒に入ったんだよ。ナナヤも一緒に」
「へぇ。よかったじゃないか」
「うん!でもね、桐華お姉ちゃんが来たら、ツカサお兄ちゃんはすぐに上がっちゃった」
「ふぅん…」
まあ、気になるくらいの歳なんだろうな。
…しかし、あいつら、今回はなかなか仕事が入らないみたいだな。
ここまで滞在が長くなるのも珍しい。
いや…前回までは、あの王から逃げていたのかもしれない。
護衛の仕事なんて、やたらめったらに入るものでもないしな。
「また、みんなでお風呂に入りたいな」
「ああ。入ろう」
「えへへ」
「そのときは、望の歌を聴かせてもらわないとな」
「えぇ~。じゃあ、お母さんも、だよ」
「ははは。そうだな」
ユカラと光は上手いということだが。
望はどうなのかな。
また、ゆっくりと聴かせてもらうとしよう。