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夕飯になると、どこからともなくユタナが現れた。
昼ごはんはちゃんと食べたのだろうか、少し青褪めているように思う。
私を見つけると、目を合わさないようにこちらへ来て隣に座る。
そして、少し俯き加減でジッとしていて。
「ジッと待ってるだけじゃ、満足に夕飯にはありつけないぞ。最低量しか保持されてないからな。腹いっぱい食べたいなら、自分で取ってくるんだ」
「………」
「ん?紅葉。誰だ、その子は」
「サンのお姉ちゃんだよ。よく似てるだろ?」
「そういえばそうだな。名前は?」
「ユタナだ」
「ほぅ、ユタナ」
美希は、ずっと黙り込んでるユタナの顔を覗き込む。
それに気付くと、ユタナはすぐに顔を反らして。
「ははは。無愛想だな」
「お前のことを警戒してるんじゃないか?」
「そんなこと、ないよな?」
「………」
「しかし、サンに姉妹がいたとはな」
「ああ」
「ユタナは、魔霊の村に住んでるのか?」
「………」
「いや、どうやら親を亡くして放浪してたらしい」
「ふぅん?まあ、秘村に住んでいれば、サンがここに留まる理由もないしな」
「そうだ、美希。こいつらに秘村の場所を教えてやってくれないか?同じ魔霊と暮らす方が、こいつらのためでもあるだろうし…」
「んー…。それでもいいんだけどな…。ユタナ自身はどう考えているんだ?」
「………」
「黙ってちゃ分からないな」
「………」
ユタナは余計に俯くばかりで、話が次へ進まない。
…答えは、まだ出ていないということか。
「私からはなんとも言い難い。ユタナが答えを返してくれないならな」
「………」
「帰りたくなったら、私のところに来てくれ。案内は出来るから」
「………」
微かに頷く。
分かるか分からないかくらいだったが、美希にはちゃんと伝わったようだ。
ニッコリと笑うと、席を立ってどこかに行ってしまった。
…今日は、葛葉とサンを甘やかさないんだな。
「ユタナ。とりあえず、夕飯を食べたらどうだ」
「…うん」
「何か欲しいなら取ってきてやるけど」
「いや、これでいい…」
自分の目の前に置かれた最低限の分を取って、食べ始める。
…どう考えても少ないんだけど、食欲がないんだろうか。
でも、今はあまり深く突っ込まない方がいいのかもしれない。
「サンは…どうしてた?」
「今日か?」
「いや、ここに来てから」
「たくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん寝る。イタズラもするし、怒られもするし。おおよそ小さな子供がやることは全部やってるな」
「そうか」
「…でも、だからといって、サンが幸せかどうかは分からない。お前たち肉親と一緒にいる方が、サンにとっては幸せかもしれない」
「…私は、ずっと考えていたんだ。サンの話を聞いてから。これからどうしたらいいのかとか。サンが、お母さんって言ってたこととか」
「………」
「アルにもサンにも話さず、私一人で考えたことだから…はっきりしたことは言えないけど。でも、今、サンにはお母さんが必要なんじゃないかって。サン自身が、それを求めてるんじゃないかって。そういう考えに至った」
「そうか」
「私がどうすればいいかなんて分からない。でも、サンが必要としているものがここにあるのなら、私たちは、引き離したりするべきじゃないんだと思う」
「お前たちは、サンが必要としているものではないのか?」
「………」
「まあそれは、サンが必要としてるものなんて、サンにしか分からないと言い逃れ出来るが。でも、サンは、お前たちにとって必要なものなんじゃないのか?」
「………」
「すぐには答えられないだろうな。今までお前は、サンに必要とされてるとしか考えてなかったから。姉としてか、母親の代わりとしてかは置いといて」
「………」
「考える材料を増やしてしまって申し訳ないが、でも、大切なことだろ?私は、サンは実の兄妹であるお前たちと一緒にいるべきだと考えている。もちろん、ここに留まれと言ってるわけではない。魔霊の村に行くなら行く、行かないなら行かないで、兄妹三人揃って共にあるべきじゃないかと、あくまで私の意見だ」
「…うん」
「アルヴィンも来てるんだろ?一緒に、じっくり考えればいい。時間は、これからはたくさんあるんだからな」
「…分かった」
ユタナは皿に残った最後の唐揚げをご飯と一緒に口に入れ、手を合わせてから席を立つ。
そして、そのまま広間を出ていって。
…私は、もう少し食べていくとしよう。
サンが床で寝ていたので、ちゃんと布団に寝かせる。
布団は少し温かかった。
最初は、たぶんここで寝ていたんだろう。
寝相が悪いのか、単に暑かったのか。
それは分からないけど。
…今日もアルヴィンは来るんだろうな。
ユタナと上手く話が出来るといいんだけど。
「………」
そういえば、サンの吸血は時間がまちまちだな。
真夜中かと思えば、次の日は夜明け近くだったり。
月の出ている時間に…というのは変わらないが。
あと、全員が寝静まってからというのも同じだな。
そういうものなんだろうか。
今日はいつ頃なんだろうな。
まあ、いつ頃でもいいんだけど。
ユタナやアルヴィンなら、何か知ってるのかな。
「ふぁ…」
とりあえず、もう寝よう。
風華も寝てるし。
明日には、結論は出せるだろうか。
いや、出ない方が、ずっとこのままここにいてくれるから、いいかもしれない。
…さすがに無理があるだろうか。
まあ、明日になれば分かることだ。
もう一度、サンの頭を撫でて。
お休み…。