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「なんだ、つまんない」
「思わせ振りだったからな。期待外れだったか?」
「そりゃそうだよ…」
「私が何の話をしてると思ってたの?」
「そりゃ、好きな人の話とか…」
「してたとしても、話さないよね、そういうのは」
「してたの?」
「してないよ」
「ホントに?」
「桜。風華がさっき言ってたじゃない。話してたとしても言わないって。風華って頑固だから、しつこく聞いても一緒だよ」
「むっ、頑固って何よ」
「頑固は頑固だよ。そのままの意味」
「頑固なんかじゃないよ!守秘義務を守ってるだけ!」
「守秘義務ってことは、話してたんだよね?」
「話してないよ!」
「ホントかなぁ」
「ははは。たぶん、そんな色気のある話にはならないよ。堅物のツカサもいたし、同年代の寄り集まりならともかく、光もいたしな」
「なぁんだ、ホントにつまんない」
「まあ、つまるつまらんの問題じゃないと思うけどな…」
噂話とか好きだよな、こういう年頃の子は。
いや、女はこういうものなのか?
…私も女だが。
「そういえば、兄ちゃんとはどうなの?」
「何が」
「何もないの?」
「何があるんだよ」
「まさか、洗濯のときにしか会わないとかないよね?」
「それくらいしか会わないな」
「えぇっ!」
「何のために王妃になったの?」
「いや…。王妃になったからといって、特に何があるというわけでもないし…」
「王妃ってね、王さまより権限握ってるんだよ?」
「桜、お前、そんな知識をどこで仕入れてくるんだ」
「え?えっと…」
「王妃に特別な権限が認められてるわけじゃない。王が不甲斐なかったり、尻に敷かれてるようなやつなら、実質王妃が王の権限を握っているようなものだが、うちはそうじゃないだろ。それに、国へ正式に結婚を発表したわけでもない。だから、オレが王の代理をすることもないし、権限を握ることもない」
「んー。姉ちゃんって、政務に縛られるようなタチじゃないもんね」
「まあ…そうなのかな」
「ていうか、いろはねぇ、すでに衛士長だし」
「あー、そうだね。姉ちゃんは、実地でガンガンやる方か」
「そうなのか…?」
「お姉ちゃん!」
「はぁい。…姉ちゃん、よろしく」
「ああ…」
風華はまたサンに呼ばれて。
渡された擂り粉木と、擂り鉢の中身を見る。
もうだいぶ水分も飛んで、粘質になってきている。
匂いは相変わらずだが。
…私は、行動派なんだろうか。
確かに、座して待つような性分ではないが。
政務は…。
………。
政務に縛られてる自分が想像出来ない時点で、私は向いてないんだろうな…。
桜は、唐突に開かれることになった伝令班の集会に徴集されていった。
集会の内容は気になるが、桜を迎えにきた縁にはおっとりとかわされてしまい、結局は聞きそびれてしまった。
そして、イナの服を縫い上げたユカラは、また体力を使い果たしたサンと一緒に昼寝中。
私は手持ち無沙汰になってしまったので、医療室の屋根縁から広場を見ていると、門に近い端っこの方でマオがセトにもたれ掛かって座っているのを見つけた。
脇には小さい箱もある。
救急箱だろうか。
マオは、セトに何か話し掛けているようだが、それはさすがに聞こえない。
「何か見えるの?」
「見てみればいいじゃないか」
「いいよ。どうせ、マオを見つけただけなんでしょ」
「ああ」
「何してる?」
「見てみればいいじゃないか」
「…どこにいるのよ」
「セトのところ」
「んー…?あれ、マオなの?」
「ああ」
「よく分かるね。私は全然分からないや」
「オレは、目は良いからな」
「目はって、鼻も耳もいいじゃない」
「そうかもしれないな」
「そういえば、伊織と蓮の家が出来たって知ってた?姉ちゃんがカシュラに行ってる間に」
「いや。初耳だな」
「見に行く?」
「そうだな」
立ち上がって、伸びをする。
少し背骨の関節が鳴った。
それから、ユカラとサンを起こさないように部屋を出て。
「場所は変わってないよ」
「まあ、そうだろ」
「結局、大工さんにやってもらったんだ」
「それが確実だろうな」
「うん。大工さんは、誰の家を作るんだって言ってたけど」
「まさか龍の家とは思わないだろ」
「ビックリしてたよ。セトのための家なのかって」
「あぁ…。そっちか…」
「うん。セトは、下町でも有名だからね」
「あれだけ大きければな」
「そうだね」
階段を降りていく。
この階段だけは唯一どの階にも繋がっているが、他は一気に上がられないようにと一階ずつ別の階段を使わないといけないから面倒だ。
まあ、この階段も普段は隠し階段になってるから、それはそれで面倒だが。
「この階段って、変な位置にあるよね」
「緊急避難用の隠し階段だからな」
「えっ?でも、完全に開放してあるじゃない」
「他の階段では不便だし、今のところ、ルクレィでは戦はないからな」
「でも、下調べとかされてて、ここを封鎖されたらどうするの?」
「ここだけが避難経路じゃないからな。一番楽な経路であるというだけで」
「ふぅん…」
「まあ、それらが使われることのないよう、祈るばかりだ」
「そうだね」
そして階段を一番下まで降りて、すぐそこの裏口を出る。
…まあ、この裏口は緊急時には使われないんだけど。
とりあえず、裏口から右に曲がって。
「こっちだよ」
「ああ」
「ほら、見て」
「ほぅ、立派なものだな」
正面から見るとよく分かる。
本当に、ちょっとした家だった。
それこそ、人が寝泊まり出来るくらいの。
「中も見てみる?」
「そうだな」
「伊織たちはいるかな」
「いないんじゃないか?」
「まあ、どっちでもいいんだけどね」
風華は引き戸を開けて、中に入っていく。
少し低い位置に取っ手があるのは、あいつらに合わせた設計だろう。
バネか何かを仕込んであるのか、勝手に戸が閉まる仕掛けになっていた。
中は暗く、閉めきった窓からほんの少しこぼれ日が入ってくるくらいで。
「真っ暗でしょ。でも、あの子たちは、こっちの方が落ち着くみたい」
「まあ、暗い洞窟で生活していたんだしな」
「うん。窓、開けるね」
入り口に近いところから、順に窓を開けていく。
それほど広くもないので、いくつか開けた時点で中の様子は分かったんだが、いちおう全部開けてからもう一度見てみる。
中はなんとも殺風景で、ただ真ん中に伊織と蓮が寝るらしい布団が敷いてあるだけだった。
「板敷きだから足を洗わせてるんだけど、やっぱり土を上げちゃうんだよね」
「たまにでも掃除をしてやればいいじゃないか」
「うん。そのつもりだよ。あの子たちにも手伝わせて」
「自分の寝床を綺麗にしておきたいっていうのは、誰にでも共通して言えることだしな」
「うん。まあ、たぶん、二人にとっては、これでも綺麗なんだろうけど」
「人間が潔癖すぎるんだ。どの程度が汚れていると考えるかはそれぞれだが、だいたいは自分が普段生活して汚れる程度であれば、汚れているとは思わないな」
「狼としての経験?」
「それもあるが、まあ少し考えれば分かることだ」
「んー、そうかもね」
風華は、なんとなく取り出した箒で適当に土間へ土を落としていく。
まあ綺麗にしておくに越したことはないからな。
たまに、こうやって綺麗にしてやればいいさ。
私も箒を取って、適当に掃いておく。