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しばらく考える時間が欲しいと、ユタナはどこかへ行ってしまった。
サンは相変わらず眠ったままで、起きる気配はない。
ユタナに会えたことが、よっぽど嬉しかったんだろうな。
「そういえばさ、夜中、誰か来てたよね」
「えっ、嘘?」
「夜中どころか、一晩中、お前たちの向かいの部屋で寝てたんだぞ」
「そうなの?」
「えぇ~っ、嘘だぁ。ボク、全く気付かなかったよ?」
「お前は注意散漫だからな」
「そんなことないよ!」
「ほら、今だって手元を見てないから、指を刺しそうになってる」
「え?あっ、いたっ!」
「そら見ろ」
「うぅ…」
桜は刺した指を咥えて、少し大袈裟に痛がる。
すかさず風華が消毒をして、絆創膏を貼り付ける。
その間に、ユカラはさっさと縫い進めていって。
「桜はね、一度にひとつのことしか出来ないんだよ。歩きながら何かしてると迷うし、喋りながら裁縫をすると作業効率が格段に落ちる」
「そうは言うが、お前も縫い目がずれてるぞ」
「えっ、あれ?」
「一度にたくさんのことは出来ないと分かってるんだから、最初からひとつのことに絞ればいいんだよ。話すなら話す、裁縫なら裁縫。一極集中だ」
「でも、裁縫もしたいし、お喋りもしたいし」
「それじゃあ、両方とも満足に出来ないな」
「むぅ…」
「それより、何を作ってるんだ?」
「服だよ。イナたちの」
「対応が早いな」
「まあね~」
「桜って、よく服を作るよね。葛葉のも作ってくれたし」
「うん。みんながいつも使うものだからね~」
それを言い終わると同時に、一気に縫い進める。
さっきのを聞いて、喋ってない間に出来るだけ進めようという魂胆だろうか。
「それで、サンはなんで寝てるの?」
「お前たちの部屋で寝てたやつと会ったからだ」
「生き別れた兄弟とか?」
「ああ」
「えっ、適当に言っただけなのに…」
「ユタナっていってね、さっきまでいたんだけど」
「ふぅん…。なんか、ユカラに似てるね、名前の響きが」
「ユは一緒だし、あとの二文字も母音が合ってるからな」
「呼ぶときには気を付けないとね」
「ユカラ、ユタナ…。うーん…。難しいかな…」
「そんなぁ…」
「まだ、ユタナたちがここに住むと決まったわけじゃないんだから」
「えっ、そうなの?」
「今、それを考えるために出ていったんだよ」
「へぇ…」
「どこに?」
「さあな。分からないけど」
「聞かなかったの?」
「なんで聞くんだよ。一人で考える時間が必要なんだろう?」
「あ、そうだよね」
「まあ、だいたい分かるけどな」
「どこ?」
「それを言うとでも思うのか?」
「思わないけど」
「じゃあ、聞くなよ」
「いいじゃない、形だけなんだし」
「応答も形のうちだ」
「えぇ…」
「それより、お前。また指を刺すぞ」
「え?あっ、いたっ!」
「…さっきと同じだな」
「いろはねぇが話し掛けるのが悪いんだよ!」
「オレのせいにするな」
桜は、また風華に消毒してもらって。
いつも、こんな調子なんだろうか。
「いろはねぇのせいだからね!いつもはこんなんじゃないから!」
「桜、姉ちゃんと話すのが嬉しいんだよ。姉ちゃんはいつも誰かと一緒にいるし、桜はいつも部屋に籠って裁縫してるし」
「ユカラ!」
「事実じゃない。会う機会が少ないから、寂しいんだよね」
「寂しくない!」
「まあ、今日はやることもないし、ゆっくり付き合ってやれるかな」
「だから、寂しくないもん!」
「桜、もう指に刺さないでよ?」
「え?あっ、いたっ!」
「三回目だね」
「ユカラ、五月蝿い!」
ユカラはクスクスと笑う。
本当に、桜の不調は私のせいなんだろうか。
もしそうなら、私は喋らない方がいいんだろうか。
ふむ…。
「あたしはまだまだなんだけど、桜は普段は指なんて刺さないんだよ。喋ってても、少し遅くなるくらいでさ。あたしはこうやって縫い目を揃えるのが精一杯なのに。それなのに、今日はもう三回も刺してるでしょ?風華はたまに来るしさ、そのときはいつも通りだから、やっぱり姉ちゃんがいると集中出来ないんだなって」
「ふぅん…」
「ユカラ!」
「今日のユカラ、なんか調子いいよね」
「そうかな」
「うん」
「あたしも、姉ちゃんとゆっくり話せて嬉しいのかな」
「そうなのかな?」
「たぶんね~」
「なんだ、大人気だな、オレは」
「人望に厚いんだね。姉ちゃんって、たぶん、人に好かれやすい体質なんだよ」
「体質…?」
「姉御肌だし、子供好きだし。クサいセリフも平然と言ってのけるし」
「褒めてるとは思えない言葉だな」
「あはは、ごめん。つい、本音が」
「………」
「やっぱり、今日のユカラ、なんか変だね」
「変!ユカラはずっと変!」
「あっ、酷いなぁ」
「ずっと変なら、変じゃない気もするけど」
「いろはねぇも変だもん!」
「お前なぁ…」
「それより、桜。手、止まってるよ?」
「五月蝿いなぁ!今始めようと思ったところ!」
「あっ。危ない」
「いったーっ!」
針は勢いよく桜の指を刺した。
さっきまでとは違い、今度は血も滲んできている。
…この服、イナが着るんだったか。
縫い目も揃ってないし、是非とも縫い直してほしいものだな。
まあ、今言うとまた怒るだろうから、とりあえずは黙っておく。