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「ふぅ…」
「疲れたか?」
「んー…」
「洗濯物って、あんまりしたことない?」
「そうだな…。こんなにたくさんは…」
「大所帯だからな、ここは」
「ふむ…」
「疲れたなら休んでていいよ」
「むぅ…」
「なんだ、負けず嫌いだな」
「………」
「いいんじゃない?喋ってばかりで進まないよりは」
「まあ、そうかもしれないが」
「ごめんね、手伝わせちゃって」
「………」
ユタナは何も言わずに、黙々と洗濯を続けていて。
でも、足はかなり痺れてきているらしく、少し震えていた。
「サンに会わないのか?」
「………」
「足が痺れて話せないか?」
「痺れてない…!」
「少しずつ体勢を変えるんだ。そうしたら、痺れないから」
「最初に言ってくれ…」
「ははは。それもそうだ」
「うぅ…」
「お母さん!」
「おっ、サン。ちょうどいいところに来たな」
「……?」
「ほら、こいつに見覚えはないか?」
「あっ!お姉ちゃん!」
サンはユタナに抱きつくと、嬉しそうに翼をはためかせて。
一方のユタナは、驚いたような、戸惑ったような、そんな顔をしている。
「お姉ちゃん、いつ来たの?」
「えっ?あ、さっき…だけど…」
「サンね、アルとお姉ちゃんに話したいこと、いっぱいあるんだよ!」
「そ、そうか…」
「お姉ちゃん。これからはずっと一緒?」
「そう…だな…」
「えへへ」
どうしたんだろうか。
久しぶりの再会だろうに、ユタナの表情は固い。
風華も気付いてるらしく、目をやると小さく頷いた。
…何かありそうだな。
この兄妹には。
洗濯も終わり、一度医療室に。
今日もツカサは市場に出ていって、ナナヤも同行している。
…今日は都合がいいが、いつになったら本格的に訓練を始められるんだろうな。
別にいいけど。
「ちゃんと焚き染められてるかな」
「ああ。いい匂いだ」
「そっか。よかった」
「風華は香の趣味があるのか?」
「ううん。趣味ってわけじゃないんだけど、医療室に籠りっきりだとさ、匂いが染み付くらしいんだ。だから、それを消すためにね」
「ふぅん…」
「ユタナはお香に興味があるのか?」
「いや…。でも、香道とかあるだろ?そういうのもするのかなって…」
「香道はしないな。ただの趣味だ」
「そうか」
「お姉ちゃん、あのね、あのね」
「サン。すまないが、少し待っててくれないか?あとでゆっくり聞くから」
「お姉ちゃん…」
「いいじゃないか。久しぶりなんだろ?聞いてやれよ」
「でも…」
「オレの話はサンのあとだ。な?」
「お母さんも、お姉ちゃんにお話あるの?」
「ちょっとだけな」
「そうなの?」
「ああ。でも、お前の方がたくさんあるだろ?だから、オレはあとでいいよ」
「うん。分かった」
ユタナは少し驚いた顔をしていた。
なぜだかは相変わらず分からないが、それも一瞬で消え、サンの話に耳を傾ける。
…一所懸命に話すサンを見ていると、こっちにも力が入ってくるな。
話すことは、日常の発見や嬉しかったこと、他にも、昨日食べたものなんかも。
言ってしまえば、ごくごく些細なことではあるが、サンにとっては姉に報告すべき大切なことなんだろうな。
このときばかりは、ユタナも掛け値なしの笑顔だった。
少し興奮気味に話していたとは思っていたが、サンはほとんど唐突に、糸が切れたように眠ってしまった。
一気に力を使い果たしてしまったんだろうな。
ユタナは、サンの頭をそっと撫でている。
「話は…なんだ」
「分かるだろ?言わなくても」
「…サンは、どうやってここに来たんだ?」
「どうやって来たかは知らないが、屋根縁で寝ていた。ある日突然な」
「そうか…」
「ユタナは、本当にサンのお姉ちゃんなの?」
「ああ。サンは、私の愛すべき妹だ」
「じゃあ、なんで…」
「なんでサンだけがここに来たのか」
「うん…」
「それが、私たちの失敗だ。私もアルも、まだまだ子供だ。だから、幼いサンを養ってやれない。そう考えて、ある孤児院に預けた。必ず迎えにくると誓ってな」
「………」
「初対面の者に話すことではないことは分かってる。でも、サンはこんなにもあなたたちを信じている。だから、話していいかとも思うんだ」
「そんなことはいいから続けてくれ」
「…サンを預けてしばらく経ったあと、孤児院を騙って補助金を掠め盗る詐欺が横行しているという噂を聞いた。その筆頭が、その孤児院だったわけだ。子供を集めるだけ集めてどこかへ消えてしまうとか、集めた子供に重労働をさせてるとか、そんな不穏なものもあった。すぐに行動に出たが、孤児院のあった古寺には誰もいなくて、ただ痩せ細って生気のない子供たちが横たわっていただけだった」
「そんな…」
「サンを探したがどこにもいない。子供たちは衰弱しきっていて話せない。もしかして、詐欺師たちに連れていかれたんじゃないかって、必死に探しまわった。最後には、その詐欺師どもは、何かカシュラの方であった事件に関連した大捕物で全員逮捕されたが、結局、サンはいなかった。アルと私が絶望に打ちひしがれていたとき、しかし、光明が見えたんだ。ここユールオに来て、ふと立ち寄った店で、私たちに似た小さな子が城にいたって話を聞いた。最後の望みだとこの城に侵入して、今に至る」
「そうか」
サンがここに来たとき、消失することに対して並々ならぬ恐怖をいだいていたのも、たぶん、大好きな兄や姉がいなくなってしまったことに由来するんだろう。
最初は、親を喪ったことに由来するんだと思ったが…。
「そういえば、親の話を聞かないな」
「親は…サンが生まれて間もなく死んだ。両親とも、事故でな」
「事故…」
「私も小さかったから、ほとんど覚えてないんだ。アルも話さないし。その話はこれ以上詳しいことは分からない」
「そうか」
「…これくらいでいいか?」
「ああ。充分だ」
「うん」
「それで、どうするんだ」
「えっ?」
「身寄りがないなら、ここに住めばいいし」
「………」
「まあ、難しいだろうから、ゆっくりと考えればいい」
「………」
ユタナはもう何も話さなくて。
ただ、サンの頭を撫でているだけだった。