23
医療室で何をするわけでもなく宙を見つめる。
葛葉はここに留まるんだろうか。
望や響みたいに、旅から旅の生活をしてるわけでもないし、やっぱり帰るのかな。
…光ってどうなんだろうな。
なんであんなところに隠れてたんだろう。
かくれんぼ…というわけでもなさそうだったし。
何をしてたんだろ…。
…それはまた本人からゆっくり聞けばいい。
「ふぅ…」
それにしても、風華は何をしてるんだろうか。
稲荷を厨房に届けるだけなのに…。
道草を食ってるのかな。
まあいいや。
響と光の様子でも見に行くか。
桜の部屋って言ってたよな。
…そういえば、ここにはあまり入ったことがなかったな。
少し戸を開けて、隙間から覗いてみる。
すると、正面に利家がいて。
「ん?」
しまった…!
目が合ってしまった…。
「なんで入ってこないんだ?」
「あ…うぅ…」
諦めて、戸を開けて中に入る。
「あぁ、紅葉か。風華かと思った」
「う、うん…」
「議会は五日以内に召集出来ると思う。各村から代表を一人ずつだから…二十四人が泊まる場所がいるんだけど、大丈夫か?」
「ああ。それくらいなら大丈夫だ」
「まあ、僕のところみたいに近い村なら泊まる必要もないんだけど…」
「何か他にいるものはないか?」
「うん。今のところはない」
「そうか」
「ところで、なんで覗いてたんだ?」
「え…いや…あ、あんまり入ったことないなぁ…って思って…」
「そういえばそうだな」
うぅ…。
なんでだろ…。
議会がどうこうとか話してたときはそんなことはなかったのに、いざ、こういう普通の会話になると、すっごく緊張する…。
「そうだ。これ、紅葉が作ってくれたのか?」
首飾りを見せる。
「いや…市場の革屋が…」
「革屋?」
「うん…。母さんのお気に入りの店だったんだけど。新しく弟子を取ったって聞いたから…」
「ふぅん。紅葉のお母さんって、どんな人?」
「…生みの親は覚えていない」
「育ての親は?」
「立派だった。二人とも」
「二人?」
「ああ。物心ついてしばらくまでは、狼に育てられてたんだ」
「へぇ」
「…あんまり驚かないんだな」
「子供を守りたい、育てたいって感情は、どの親も同じ。狼であろうが人間であろうと、それは変わらない。それで?もう一人は?」
「ここの衛士長だった」
「今の衛士長は紅葉だから…」
「うん。もういない」
「そうか」
「…犬千代は不思議だな」
「え?なんで?」
「オレが衛士長の母さんの話をすると、みんな暗い顔をしたり謝ったりするんだ。なのに、犬千代は平然としている。…あ、悪い意味じゃなくてだな」
「うん。紅葉が暗い顔をしてるならともかく、どこか誇らしげな顔をしてた。ということは、紅葉は母親に誇りを持っているということ。じゃあ、僕が暗い顔したり、謝ったりするのは失礼な話だろ?」
「ああ。そうだな」
「だから、僕はそうしなかった」
「くっ…ふふふっ」
「…何がおかしいんだよ」
「いや、何かは分からないんだけど…ふふふっ」
「ふふ、変なの」
うん。
自分でも変だと思う。
でも、なんだろうな…。
この、心の底から湧いてくるような楽しさは。
「やっ!」
「わわっ!?な、なんだ!?」
「なんでもない~!」
ギュッと抱き締めた。
何かは分からない。
この感情を言葉で言い表すことなんて、きっと出来ない。
けど、こうやって伝えることは出来る。
もっとも伝えたい相手に。
もっとも近い距離で。
どれくらい時間が経ったのか、利家と談笑していると
「利家さん、隊長。夕飯、出来ましたよ」
「うん。すぐ行くよ」「ああ、ありがとう」
「では、失礼いたします」
「はぁ~、紅葉とこんなに話したのって、初めてじゃないか?」
「え?そうか?」
「だって、僕はここに来てからずっと、この部屋に軟禁状態だったし…」
「そうかな…」
久しぶりなかんじはするけど、初めてとは思わなかった。
何か、昔からずっと知った仲のような、何かそんなかんじ。
「"記憶"かぁ…」
「え?」
「聞いたことあるよ。別の世界での"記憶"が、急に流れ込んでくることがあるって」
「あ、オレも聞いたことがある」
「そうなのか?じゃあ、結構有名な話なのかな」
「そうだな」
「別の世界では、僕と紅葉はきっと、すっごく仲良しだったんだろうな~」
「なんでそう思うんだ?」
「紅葉のことが、好きだから」
「え…っ!?」
顔が熱くなる。
…今、利家が、私のこと、好きって、言った?
「ははっ、冗談だよ、冗談」
「え…?」
「ふふ、紅葉、顔、赤いぞ?」
「嘘だったの…?」
「………」
「え?」
「さ、夕飯、食べに行こうか。桜と望に全部食べられるぞ」
「ちょっ!ねえ、嘘なの!?犬千代ーっ!」
さっき、何を言ってたの!?
聞こえるように言ってよ!
利家ーっ!
光が顔を覗き込んでくる。
「お母さん、どうしたの?」
「なんでもないっ!」
「あぅ…」
「なあ、紅葉。機嫌、直してくれよ」
「じゃあ、あの時なんて言ったか教えてよ」
「え…うーん…」
「もういいよ!犬千代なんて知らない!」
「ありゃりゃ。夫婦喧嘩始めちゃったよ。一方的に姉ちゃんの勝ちみたいだけど。ほら、光、葛葉、危ないからこっち来なさい」
「え…?隊長って利家さんと…?」
「マジで…?」
「誰が夫婦だ!」
「怖いね~。ほら、桜と望も手を出せないでしょ?」
「だ、出せないことないもん…」
ソロソロと出してきた箸を弾き飛ばす。
「ひゃぁ…」
「ふん」
「ねぇ、なんでお母さんの機嫌悪いの?」
「それはねぇ、響。兄ちゃんが悪いんだよ~」
「え、えぇ…?僕…?」
「他に誰がいるのよ」
「うぅ…。なあ、紅葉~…」
睨む。
「…すみません」
「今日はどこで寝よっか。こんな怖い姉ちゃんの横で寝たくないよね」
「うん」
「ちょっ…響…!口には気を付けた方がいいよっ…!」
「なんで?」
「あんまり刺激しちゃダメ…!」
「……?」
「の、望、桜お姉ちゃんの部屋で寝るっ!」
と言って、望は広間から出て行ってしまった。
「じゃあ、わたしも桜お姉ちゃんの部屋で寝よ~っと」
「…いろはねぇ、今日だけだからね」
「何が」
「…なんでもありません」
桜と響も、早々に広間を出て行く。
「私たちは、衛士さんの部屋で寝かせてもらおっか」
「え?わたし、お母さんと、寝たい」
「今日はダメだよ。危ないから」
「………」
「ほら。危ないでしょ?」
「…うん」
「葛葉は、お母さんとなら、どこでもいい~」
「うん。じゃあ、二人とも、先に行ってて。あ、部屋分かる?」
「私が連れて行きましょう」
「あ、香具夜さん…でしたっけ?」
「はい。覚えてもらって光栄です」
「そんな、あんまりかしこまらないでくださいっ」
「そうですか…」
「まあ、とにかく、二人、よろしくお願いしますね」
「はい。任せてください」
「もっと砕けた言い方で結構ですよ」
「じゃあ、風華さんも、砕けてくださいね」
「あちゃ~…そうだった…」
ふふふ、と笑いながら、広間をあとにする。
片付けに当たってない衛士たちは、望たちと同じようにそそくさと立ち去り、片付けに当たってる衛士たちも、なるだけ早く終わらせようとしている。
…なんなんだ。
この、危険を察知して逃げていく小動物のような状態は。
「実際、今日の姉ちゃんは危ないからね~。誰かさんのせいで」
「………」
「ふん…。ご馳走様」
「お、お粗末様でした~…」
「なんで怯えてるんだ」
「い、いえ…」
「八つ当たりしちゃダメだよ」
「してない!」
「はいはい」
…なんか、風華にだけは軽くあしらわれてるような気がする。
それはそれで嫌だ。
「ほら、姉ちゃん。星、綺麗だよ。見てみなよ」
「…言われなくても見る」
夜空にはたくさんの星が瞬いていて、天の川もよく見える。
あっちの方に風華たちの村があるのかな?
そこでも、同じ空が見えてるんだろうか。
空も、この"空"を見てるんだろうか。
"空"はどこまでも続いていて…。
…こんな広い空の下で、私は小さなことで怒ってる。
そう考えると、すっごくバカバカしくなってきた。
なんであんなことで怒ってるんだろ。
「どう?落ち着いた?」
「ああ。少しな」
「もう…。今日だけだよ?」
「うん」
「じゃあ、兄ちゃん」
「…え?」
「姉ちゃんを部屋まで連れて行くこと。それが今日の最後の仕事」
「「え?」」
「じゃあね。二人のこと、気になるし、もう行くね」
「あ!ちょっ!風華!どういうことだよ!」
「…お休み。姉ちゃん。今日は兄ちゃんで我慢してね」
「ああ。お休み」
そして、風華の足音は遠ざかっていく。
「まったく…どういうことなんだ…」
「じゃあ、犬千代。オレを部屋まで送り届けてくれるか?」
「…ああ。分かったよ」
私の手を取る。
利家の手はすごく温かくて…って、あれ?
「知ってたのか?」
「何を?」
「月光病のこと…」
「月光病?あぁ、そういえば、目が赤いな。見えてないのか?」
「あ…うん…」
「そっか。大変だな」
「え…?じゃあ、なんで手を…?」
「そういえばそうだな…。なんでだろ?」
もしかして、"記憶"なのかな。
「まあいいじゃないか。僕は紅葉と手を繋ぎたくて繋いだ。それで良いだろ?」
「ふん。好きでもないやつと手を繋ぐのが嬉しいのか」
「…まだ許してくれないのか?」
「当たり前だ。機嫌を直してほしいなら、ちゃんと白黒はっきりさせてくれ」
「………」
「うわっ!な、何!?」
「………」
グイグイ引っ張られる。
ど、どこに行くの…?
何分か連れ回したところで、急に足を止める。
「はぁ…はぁ…なんなんだ…」
「…ちょっと待っててくれ」
「え?」
ちょっと待っててって…。
ここ、どこだろう…。
…外?
土の匂いが…。
「わわっ!」
「………」
「え…?」
背中に感じる温かさ。
…今度は、はっきり聞こえた。
聞こえたよ…。
何でしょうか。
この展開は。