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医療室で何をするわけでもなく宙を見つめる。

葛葉はここに留まるんだろうか。

望や響みたいに、旅から旅の生活をしてるわけでもないし、やっぱり帰るのかな。

…光ってどうなんだろうな。

なんであんなところに隠れてたんだろう。

かくれんぼ…というわけでもなさそうだったし。

何をしてたんだろ…。

…それはまた本人からゆっくり聞けばいい。


「ふぅ…」


それにしても、風華は何をしてるんだろうか。

稲荷を厨房に届けるだけなのに…。

道草を食ってるのかな。

まあいいや。

響と光の様子でも見に行くか。

桜の部屋って言ってたよな。



…そういえば、ここにはあまり入ったことがなかったな。

少し戸を開けて、隙間から覗いてみる。

すると、正面に利家がいて。


「ん?」


しまった…!

目が合ってしまった…。


「なんで入ってこないんだ?」

「あ…うぅ…」


諦めて、戸を開けて中に入る。


「あぁ、紅葉か。風華かと思った」

「う、うん…」

「議会は五日以内に召集出来ると思う。各村から代表を一人ずつだから…二十四人が泊まる場所がいるんだけど、大丈夫か?」

「ああ。それくらいなら大丈夫だ」

「まあ、僕のところみたいに近い村なら泊まる必要もないんだけど…」

「何か他にいるものはないか?」

「うん。今のところはない」

「そうか」

「ところで、なんで覗いてたんだ?」

「え…いや…あ、あんまり入ったことないなぁ…って思って…」

「そういえばそうだな」


うぅ…。

なんでだろ…。

議会がどうこうとか話してたときはそんなことはなかったのに、いざ、こういう普通の会話になると、すっごく緊張する…。


「そうだ。これ、紅葉が作ってくれたのか?」


首飾りを見せる。


「いや…市場の革屋が…」

「革屋?」

「うん…。母さんのお気に入りの店だったんだけど。新しく弟子を取ったって聞いたから…」

「ふぅん。紅葉のお母さんって、どんな人?」

「…生みの親は覚えていない」

「育ての親は?」

「立派だった。二人とも」

「二人?」

「ああ。物心ついてしばらくまでは、狼に育てられてたんだ」

「へぇ」

「…あんまり驚かないんだな」

「子供を守りたい、育てたいって感情は、どの親も同じ。狼であろうが人間であろうと、それは変わらない。それで?もう一人は?」

「ここの衛士長だった」

「今の衛士長は紅葉だから…」

「うん。もういない」

「そうか」

「…犬千代は不思議だな」

「え?なんで?」

「オレが衛士長の母さんの話をすると、みんな暗い顔をしたり謝ったりするんだ。なのに、犬千代は平然としている。…あ、悪い意味じゃなくてだな」

「うん。紅葉が暗い顔をしてるならともかく、どこか誇らしげな顔をしてた。ということは、紅葉は母親に誇りを持っているということ。じゃあ、僕が暗い顔したり、謝ったりするのは失礼な話だろ?」

「ああ。そうだな」

「だから、僕はそうしなかった」

「くっ…ふふふっ」

「…何がおかしいんだよ」

「いや、何かは分からないんだけど…ふふふっ」

「ふふ、変なの」


うん。

自分でも変だと思う。

でも、なんだろうな…。

この、心の底から湧いてくるような楽しさは。


「やっ!」

「わわっ!?な、なんだ!?」

「なんでもない~!」


ギュッと抱き締めた。

何かは分からない。

この感情を言葉で言い表すことなんて、きっと出来ない。

けど、こうやって伝えることは出来る。

もっとも伝えたい相手に。

もっとも近い距離で。



どれくらい時間が経ったのか、利家と談笑していると


「利家さん、隊長。夕飯、出来ましたよ」

「うん。すぐ行くよ」「ああ、ありがとう」

「では、失礼いたします」

「はぁ~、紅葉とこんなに話したのって、初めてじゃないか?」

「え?そうか?」

「だって、僕はここに来てからずっと、この部屋に軟禁状態だったし…」

「そうかな…」


久しぶりなかんじはするけど、初めてとは思わなかった。

何か、昔からずっと知った仲のような、何かそんなかんじ。


「"記憶"かぁ…」

「え?」

「聞いたことあるよ。別の世界での"記憶"が、急に流れ込んでくることがあるって」

「あ、オレも聞いたことがある」

「そうなのか?じゃあ、結構有名な話なのかな」

「そうだな」

「別の世界では、僕と紅葉はきっと、すっごく仲良しだったんだろうな~」

「なんでそう思うんだ?」

「紅葉のことが、好きだから」

「え…っ!?」


顔が熱くなる。

…今、利家が、私のこと、好きって、言った?


「ははっ、冗談だよ、冗談」

「え…?」

「ふふ、紅葉、顔、赤いぞ?」

「嘘だったの…?」

「………」

「え?」

「さ、夕飯、食べに行こうか。桜と望に全部食べられるぞ」

「ちょっ!ねえ、嘘なの!?犬千代ーっ!」


さっき、何を言ってたの!?

聞こえるように言ってよ!

利家ーっ!



光が顔を覗き込んでくる。


「お母さん、どうしたの?」

「なんでもないっ!」

「あぅ…」

「なあ、紅葉。機嫌、直してくれよ」

「じゃあ、あの時なんて言ったか教えてよ」

「え…うーん…」

「もういいよ!犬千代なんて知らない!」

「ありゃりゃ。夫婦喧嘩始めちゃったよ。一方的に姉ちゃんの勝ちみたいだけど。ほら、光、葛葉、危ないからこっち来なさい」

「え…?隊長って利家さんと…?」

「マジで…?」

「誰が夫婦だ!」

「怖いね~。ほら、桜と望も手を出せないでしょ?」

「だ、出せないことないもん…」


ソロソロと出してきた箸を弾き飛ばす。


「ひゃぁ…」

「ふん」

「ねぇ、なんでお母さんの機嫌悪いの?」

「それはねぇ、響。兄ちゃんが悪いんだよ~」

「え、えぇ…?僕…?」

「他に誰がいるのよ」

「うぅ…。なあ、紅葉~…」


睨む。


「…すみません」

「今日はどこで寝よっか。こんな怖い姉ちゃんの横で寝たくないよね」

「うん」

「ちょっ…響…!口には気を付けた方がいいよっ…!」

「なんで?」

「あんまり刺激しちゃダメ…!」

「……?」

「の、望、桜お姉ちゃんの部屋で寝るっ!」


と言って、望は広間から出て行ってしまった。


「じゃあ、わたしも桜お姉ちゃんの部屋で寝よ~っと」

「…いろはねぇ、今日だけだからね」

「何が」

「…なんでもありません」


桜と響も、早々に広間を出て行く。


「私たちは、衛士さんの部屋で寝かせてもらおっか」

「え?わたし、お母さんと、寝たい」

「今日はダメだよ。危ないから」

「………」

「ほら。危ないでしょ?」

「…うん」

「葛葉は、お母さんとなら、どこでもいい~」

「うん。じゃあ、二人とも、先に行ってて。あ、部屋分かる?」

「私が連れて行きましょう」

「あ、香具夜さん…でしたっけ?」

「はい。覚えてもらって光栄です」

「そんな、あんまりかしこまらないでくださいっ」

「そうですか…」

「まあ、とにかく、二人、よろしくお願いしますね」

「はい。任せてください」

「もっと砕けた言い方で結構ですよ」

「じゃあ、風華さんも、砕けてくださいね」

「あちゃ~…そうだった…」


ふふふ、と笑いながら、広間をあとにする。

片付けに当たってない衛士たちは、望たちと同じようにそそくさと立ち去り、片付けに当たってる衛士たちも、なるだけ早く終わらせようとしている。

…なんなんだ。

この、危険を察知して逃げていく小動物のような状態は。


「実際、今日の姉ちゃんは危ないからね~。誰かさんのせいで」

「………」

「ふん…。ご馳走様」

「お、お粗末様でした~…」

「なんで怯えてるんだ」

「い、いえ…」

「八つ当たりしちゃダメだよ」

「してない!」

「はいはい」


…なんか、風華にだけは軽くあしらわれてるような気がする。

それはそれで嫌だ。


「ほら、姉ちゃん。星、綺麗だよ。見てみなよ」

「…言われなくても見る」


夜空にはたくさんの星が瞬いていて、天の川もよく見える。

あっちの方に風華たちの村があるのかな?

そこでも、同じ空が見えてるんだろうか。

空も、この"空"を見てるんだろうか。

"空"はどこまでも続いていて…。

…こんな広い空の下で、私は小さなことで怒ってる。

そう考えると、すっごくバカバカしくなってきた。

なんであんなことで怒ってるんだろ。


「どう?落ち着いた?」

「ああ。少しな」

「もう…。今日だけだよ?」

「うん」

「じゃあ、兄ちゃん」

「…え?」

「姉ちゃんを部屋まで連れて行くこと。それが今日の最後の仕事」

「「え?」」

「じゃあね。二人のこと、気になるし、もう行くね」

「あ!ちょっ!風華!どういうことだよ!」

「…お休み。姉ちゃん。今日は兄ちゃんで我慢してね」

「ああ。お休み」


そして、風華の足音は遠ざかっていく。


「まったく…どういうことなんだ…」

「じゃあ、犬千代。オレを部屋まで送り届けてくれるか?」

「…ああ。分かったよ」


私の手を取る。

利家の手はすごく温かくて…って、あれ?


「知ってたのか?」

「何を?」

「月光病のこと…」

「月光病?あぁ、そういえば、目が赤いな。見えてないのか?」

「あ…うん…」

「そっか。大変だな」

「え…?じゃあ、なんで手を…?」

「そういえばそうだな…。なんでだろ?」


もしかして、"記憶"なのかな。


「まあいいじゃないか。僕は紅葉と手を繋ぎたくて繋いだ。それで良いだろ?」

「ふん。好きでもないやつと手を繋ぐのが嬉しいのか」

「…まだ許してくれないのか?」

「当たり前だ。機嫌を直してほしいなら、ちゃんと白黒はっきりさせてくれ」

「………」

「うわっ!な、何!?」

「………」


グイグイ引っ張られる。

ど、どこに行くの…?

何分か連れ回したところで、急に足を止める。


「はぁ…はぁ…なんなんだ…」

「…ちょっと待っててくれ」

「え?」


ちょっと待っててって…。

ここ、どこだろう…。

…外?

土の匂いが…。


「わわっ!」

「………」

「え…?」


背中に感じる温かさ。

…今度は、はっきり聞こえた。

聞こえたよ…。

何でしょうか。

この展開は。

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