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「寝床に侵入するとは感心出来ないな」
「………」
「いるのは分かってるから出てこいよ」
でも、頑なに出てこようとはしない。
仕方ないので、起き上がって気配をたどる。
そして、闇の一角を掴み、気配の元凶を引きずり出す。
「………」
「そう睨むな。なんだ、何か用なのか」
「………」
「眠たいから早く済ませてほしいんだが」
「………」
サンによく似た男の子は、何か抵抗することもなくジッとしていたが、ずっとこちらを睨み付けて何も喋らない。
まったく…。
何の用なんだろうな…。
「サンが気になるなら見ていけばいいだろ。とにかく、そんなところに立っていられると、気になって眠れないんだよ」
「サン…」
「まったく…」
魔霊の少年は、サンを見つけると優しく頬を撫でて。
そして、すぐにどこかへ消えてしまった。
はぁ…。
夜中、闇に紛れながらの登場は勘弁願いたいな。
昼間に堂々と来てくれれば歓迎するのに。
とりあえず、もう一回眠ることにする。
眩しい光を感じ、目が覚めた。
どうやら、夜は明けたらしい。
向こうの山の上から太陽が覗いている。
「ふぁ…」
「おはよ、姉ちゃん。今日はちょっとゆっくりだね」
「まあな…。毎日夜明け前に起こされてもたまらないし…」
「それはそうかも」
「ふぁ…。朝ごはんにするか…」
「そうだね。…って言っても、たぶんまだ準備出来てないだろうけど」
「そうだな」
まあ、そうは言いながらも廊下に出る。
チビたちはまだ寝ているし、起こすこともない。
抜き足差し足忍び足。
「姉ちゃんって、足音がしないよね」
「させる必要もないからな」
「たまに、肝を潰すようなことがあって嫌なんだけど」
「何か悪いことでもしたのか?」
「してなくても、急に背後から声を掛けられたらビックリするでしょ」
「注意が足りないな」
「姉ちゃんじゃないんだから、気配だけで気付くなんて無理だよ」
「じゃあ、気配を察知する訓練でもすればいい」
「嫌だよ、そんなの」
廊下の角を曲がる。
すると、ちょうど香具夜と出くわして。
夜勤組だったらしい。
「はぁい、こんにちは」
「まだ夜明けの時間帯だけど」
「あれ?おっかしいなぁ」
「…お前、いつになく調子いいな」
「違うよ、姉ちゃん。寝てないから気分が高揚してるんだよ」
「そうそう。夜勤組でさ~。こう、ね。やるぞーって」
「…お前、もういいから早く寝ろ」
「大丈夫大丈夫。養蜂農家は蜂蜜食べ放題だから」
「お前はいつ養蜂農家になったんだ。それに、売り物を自分で全部食べる商人がいるかよ」
「んー…」
目の下に隈を作って、頭を抱えだす。
…香具夜って、こんなに睡眠不足への耐性はなかったっけ。
なんか、かなり壊れたかんじだけど…。
「あ、そうそう。怪しいのがいたからねぇ、地下牢に入れておいたよ」
「地下牢?桜の部屋か?」
「じゃあね~」
「あ、おい、待てって!」
「いいじゃない。寝不足で完全にネジが外れちゃってるみたいだし…」
「はぁ…。仕方ないな…」
「まあ、朝ごはんの前に行くところが決まったじゃない」
「そうだな…」
行き先変更。
桜の部屋に。
地下牢…もとい、桜とユカラの部屋は真っ暗だった。
唯一の明かり取りの窓も閉まってるし、火を灯してるわけでもないから当然だけど。
とりあえず、窓を開ける。
「やっぱり暗いね」
「地下牢だからな」
「桜、寝てるのかな」
「見てみたらどうだ」
いつも桜が寝ている部屋を覗くと、少し間の抜けた顔で眠ってるのが見えた。
ユカラも、隣で眠っている。
香具夜が捕まえたという人物の姿は見えないが…。
「あ、こっちに誰かいるよ」
「ん?」
「わぁ、金髪だ」
「葛葉とサンだって金髪じゃないか」
「そうだけど…」
夜のあいつではないな。
この子もサンによく似ている。
やはり、サンの姉だったりするんだろうか。
とにかく、扉を開けて中に入る。
よく眠っていて可哀想だが、起こして事情を聞くしかないだろう。
「おい、起きろ」
「ん…?」
「起きろ」
「マァ…?」
「マァ?」
「んー…」
「おい、寝るな。起きろ」
「ウェアアムアイ…?」
「なんだって?」
「フーアーユー…?」
「…風華。何か分かるか?」
「外国の言葉だよ。えっと…英語かな?」
「分かるのか?」
「ううん」
「なんだ…」
「前に読んだ本に、ちょっと書いてあっただけだし。そんなの、外国人を見るのだって稀なのに、外国の言葉なんて分からないよ」
「じゃあ、どうしようもないな…」
「うーん…」
「私、この国の言葉、話せる…」
「なんだ。それなら、最初から話してくれればいいのに」
「姉ちゃん…」
「単刀直入に。お前はサンの何だ?」
「姉だけど…」
「やっぱりそうか」
「えっ、どういうこと?」
「夜に来たやつは誰だ」
「アル…だと思う…」
「アル?名前か?」
「アルヴィン…。私の兄だ…」
「そうか」
「あなたの名前は?」
「私はユタナ…。アルに連れられてきたんだけど、途中ではぐれて…」
「置いていかれたのか」
「………」
「姉ちゃん…」
「まあいい。帰り道は分かるのか」
「…分からない」
「どこから来たんだ」
「ずっと向こう…」
「それじゃあ分からないな」
「………」
力なさげに答えるが、ユタナの赤い瞳は真っ直ぐにこちらを見ていて。
けど、アルヴィンのあの挑戦的な目とは違う。
初対面の私を疑うことはなく、それでいて、心は許さず距離を置いている。
そんな瞳だった。
「私をどうするんだ…」
「どうもしないさ。ところで、朝ごはんはどうだ」
「………」
「いらないのか」
「…いる」
「じゃあ、一緒に行こう」
「………」
手を引いて、しっかりと立たせる。
風華より少し歳下といったところか。
それでも、背丈は風華と同じくらいだし、歳の割には大人びているな。
…さて、どんな事情があるんだろうな。