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「どうだ。それにするのか」

「お前、元に戻ってきたな」

「…いつまでも緊張し通しでは失礼だからな」

「そうか」

「…それにするのか?」

「ああ、そうだな」

「分かった。包んでおくから、向こうを見てきたらいい。もうそろそろ決まってるだろう」

「どうも」

「…ああ」


知己は白檀のお香を取り、丁寧に包んでいって。

途中でこちらを見て、追い払うように手を振る。

分かったよ。

行ってくればいいんだろ。

適当に尻尾を振って店を出て、隣の店に入る。

やはり丸鷹屋とは違い、雑多な匂いが混じってるな。

しかし、まあこれはこれでいい気がする。


「どうだ。決まったか?」

「あ、姉ちゃん。もういいの?」

「ああ。お前たちはどうだ?」

「うん。こっちもいいよ」

「そうか。お前は何にしたんだ」

「私は撫子」

「撫子か。お前にはピッタリかもな」

「えっ?」

「大和撫子って言うだろ?」

「や、大和撫子って、そんな…」

「お世辞だよ、風華」

「ナナヤ…。人がせっかくいい気分になってるのに…」

「まあ、風華は理想の大和撫子からは程遠いかもな」

「姉ちゃんまで…」

「あはは、なんか可笑しい~」

「むぅ…」


風華はナナヤを睨んで八つ当たりする。

でも、ナナヤは軽く笑って受け流して。


「それで、光は何にしたんだ?菫畑か?」

「うん、そうだよ」

「そうか。ナナヤは?」

「私は桜花かな。私と光は焚き染め用じゃないけどね」

「ああ、分かってる」

「じゃあ、この三つで包むよ」

「あ、はい。お願いします」

「はぁい」


竜哉は紙を三枚広げて、それぞれに包んでいく。

…知己の店の紙より安っぽいかんじだな。

まあ、紙の方がお香より高級だなんてことがあっても困るしな。

やはり、同等くらいがちょうどいいんだろう。


「紅葉さんは白檀にしたんだろ?やっぱりお目が高いねぇ」

「母さんの香りを追っているだけだ。別に高くないさ」

「そうかな~」

「なんだ」

「白檀って、割と古典的な香りだからね。避ける人も多いよ」

「ふぅん…」

「白檀は兄貴の店にしかないから、値段が高いってのも理由かな」

「姉ちゃんは、お金持ちだもんね~」

「使わないから貯まっていただけだ」

「貯金かぁ。僕はなかなか出来ないんだよなぁ」

「まあ、いかにも散財家ってかんじだしな」

「あっ、酷いなぁ。僕は散財家じゃないよ。お香とか花の本を買うんだ。それで、新しいお香を作れないかって、兄貴と考えるんだ。あと、親への仕送りもあるし、食費とかもあるし。自分の手元に残るのが少ないから、すぐに使っちゃうんだよ」

「へぇ。意外と真面目なんだな」

「はは、言うねぇ」


それぞれの包みを小さな箱に入れて、それから、何か綺麗な袋に入れる。

ちりめんだろうか。

なかなか趣味のいいかんじだな。


「豪華初回購入特典、匂い袋だよ。匂い袋用のお香もオマケで入れとくね。みんなのお香と同じ匂いだから」

「どうも。それで、いくらなんだ」

「二千円だよ。菫畑が五百円、桜花が七百円、撫子が八百円」

「ああ。…二千円、だな。足りてるか?」

「…待て。こっちのも合わせて頼む」


知己が入ってきた。

手には、三人と同じちりめんの匂い袋を持っていて。


「こっちも二千円だ」

「わっ、やっぱり高いね」

「香木はな。少量でも結構値が張るんだよ。こっちのは、その辺に生えてる草を練り込んだりしてるから、安めなんだ」

「研究の賜物ということだな」

「ん?まあ…そうだが…?」

「こいつに聞いたんだよ」

「…そうか。納得した」

「じゃあ、合計四千円」

「確かに」

「毎度あり!また来てくれよな!」

「ああ。ありがとう」

「ありがとうございました」「ありがとね」「ありがと」

「どういたしまして」


そして、二人に見送られて五十鈴屋をあとにする。

外はもう、真っ暗だった。


「わぁ、遅くなっちゃったね」

「そうだな」

「お腹、空いた…」

「そうだね。早く帰ろっか」

「うん」


お香の匂いは薄れ、各家庭の匂いが漂う裏通りを歩いていく。

たまに賑やかな声が聞こえるのは居酒屋だろうか。

まだ夜は始まったばかりだというのに、最初からあれだけ飛ばしていては、明日が大変なんじゃないだろうか。

まあ、私の知ったことではないんだけどな。



風呂に入って寝間着に着替えると、いかに匂いが染み付いていたのかが分かった。

美希が嫌がっていたのも納得だ。


「良い香りだね」

「そうだな」

「光、やっぱり感覚が鋭いんだね」

「まあ、あれだけ匂いが混じってる中では、なかなか選びにくかっただろうけどな」

「そうだね。いっぱい焚いてもらったもんね」

「しかし、みんな、すぐに眠ってしまったな」

「うん。なんか、ちょっと勿体ない気もするけど」

「それだけ安心出来る香りということだろう」

「そうだね~」


風華は、私の横に座って。

そのときに、同時に香りも運んでくる。

光が選んだ菫畑は、落ち着いた、繊細な香りだった。

まるで、光自身を投影してるような。


「そういえば、ちゃんと焚き染めてあるのか?」

「うん。八重さんがね、薫物(たきもの)の方法を教えてくれて」

「そうか」

「明日が楽しみだよ」

「そうだな」


もう一度、空を見上げる。

月も綺麗だし、この良い香りのお陰で、今日はぐっすり眠れそうだな。

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