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お面がなくなったことで光も香りを楽しめるようになり、一緒にお香選びに没頭していた。

そして、三人の好きなお香が決まりかけた頃。


「………」

「あ。兄貴。どうしたんだよ」

「…客か」

「見りゃ分かるだろ?」

「そうか。よく来てくれた」

「で、どうしたんだよ」

「…相変わらず、充分な間を開けずに試し焚きをしてるんだな」

「そうしないと、時間が足りないだろ?」


そう言って、竜哉は次のお香に火を点ける。

しかし、竜哉の兄は何を気にすることもなく、こちらへ歩いてくる。


「竜哉。官九郎さんの診断書を貸してくれ」

「うん。勝手に取っていって」

「ああ」

「診断書の貸し借りなんてするものなのか?」

「ん?ああ。うちは香の種類は置いてないから、匂いに関しての情報が少ないんだよ。だから、こっちの診断書を頼りにすることもある」

「ふぅん」

「そうそう。こちらの風華さんが、芳香療法に興味があるんだって」

「………」


竜哉の兄は風華の方を一瞬だけ見て、また診断書探しに戻る。

…ていうか、こいつの名前は何なんだ。


「ごめんね、無愛想な兄貴で」

「いえ…」

「兄貴。自己紹介くらいしなよ。嫌われるよ?」

「…知己。こいつの兄だ」

「ともみ?」

「…己を知ると書いて知己だ」

「ふむ。なるほど」

「女の子みたいな名前だね」

「…よく言われる」

「あはは、そうだよね~」

「………」

「兄貴、その名前、結構気に入ってるよね」

「………」


黙々と探し続ける。

話はいちおう聞いてるみたいだけど。


「どう?このお香は」

「そうですね…」

「私はさっきの方がいいかな。桜花だっけ?」

「そうだね。なんか、ナナヤにピッタリくる気がするよ」

「えっ、なんで?」

「久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ」

「え?何それ、お姉ちゃん?」

「光がのどかに降り注ぐ春の日だというのに、落ち着きなく桜は散っていく…という意味だったかな。まあ、桜花はお前の騒がしい性格を反映してるんじゃないか?」

「えぇ…」

「わたしは、菫畑が、いいかな」

「なるほど。大人しい光ちゃんにはピッタリかもね」

「そ、そうかな…」

「うん。あのお面を怖がっちゃうくらいだしね」

「うぅ…」

「…お前。またあのお面を出していたのか」

「いいじゃないか、別に」

「子供には、すこぶる評判が悪いぞ。どれだけ俺のところに来させたら気が済むんだ」

「子供、嫌いじゃないだろ?それに、躾にちょうどいいって、お母さん方には評判は良いよ」

「………」

「分かったって。そう睨むなよ」

「………」


もう一度、知己は竜哉をきつく睨み付けて、また探しに掛かる。

…ていうか、そんなに見つけにくいものなのか?


「オレも探そうか?」

「…いや、大丈夫だ」

「えらく時間が掛かってるみたいだが」

「竜哉は全く整理しないからな。どこに誰の診断書があるか分からない」

「兄貴が分からないだけで、僕は分かるんだよ」

「じゃあ、お前が出してやればいいだろ」

「いいのいいの。ああやって無関心を装ってるけど、実際は、僕とお客さんの会話を盗み聞きして楽しんでるんだ。な、兄貴?」

「………」

「だから、ゆっくり探さしてやって」

「まあ…そうかもな。さっきから、同じところを行ったり来たりしてるだけだし」

「………」


忠告すると、別の棚に移ったりしてみる。

面白いやつだな、こいつも。


「話を聞きたいなら、こっちに座って、一緒に話せばいいのにね?」

「お前のように、口先から生まれたわけじゃないんだろう」

「ははは。手厳しいねぇ、紅葉さんは」

「紅葉さん…?」

「ん?」


ゆっくりと、かつ、確実に、こちらを振り返る知己。

そして、完全にこっちを向くと、しばらくジッと見て、それから瞬時に顔を赤くさせた。


「どうしたんだ」

「あぁ。兄貴、ずっと衛士長さんに憧れてたんですよ。先代の一葉さんから。まあ、僕たちは一葉さんと紅葉さんしか知らないわけなんですが」

「………」

「一葉さんはねぇ、昔、よくこの店に来てくれてたみたいですよ。親父から聞いた話なんですがね。僕らは覚えてないんですが」

「ふぅん…」


そういえば、昔、なぜか眠れなかった夜に、母さんが良い匂いのするお香を焚いてくれたことがあったな。

私はすぐに安心して眠れたと思うんだけど。

そうか。

もしかしたら、あのときのお香は、ここのお香だったのかもしれない。


「あ、そうだ。一葉さんの診断書もあるんだ。見てみたら?」

「そうだな…」

「兄貴。出してあげて」

「は、はいっ!」

「…兄貴、緊張しすぎな」


知己は迅速かつ正確に、たくさんある診断書の中からひとつの診断書を取り出す。

そして、震える手でそれを差し出して。


「ど、どうぞ!」

「どうも」

「ご用があれば、何なりと!」

「ああ。ありがとう」


とりあえず、読み始める。

すっかり日に焼けた診断書は、それでもしっかりとした字で書かれていて、読みやすかった。

…どうやら、母さんは常連だったらしい。

来店回数の正の字は、追加の紙ですら何枚も埋めていた。

次に、性格の欄を見てみる。

天真爛漫。

猪突猛進。

一意専心。

うむ、よく見てるな。

次は、香りの欄。

いろんな種類を買っていたようだが、どうやら白檀に落ち着いたらしい。

白檀のところに丸印を打ってある。

その他、ずっと斜め読みをしていく。

診断書というだけあって、本当にいろんな情報が詰め込まれていた。


「あ、あの…」

「ん?」

「その白檀、まだあるんです」

「そうなのか?」

「はい」

「兄貴の店だよ。行ってきたら?」

「そうするか」

「うん」

「じゃあ、姉ちゃん。私たちは決めておくから」

「ああ。ありがとう」


礼を言って、腰を上げる。

知己は緊張し通しだったけど。

…私も、何か緊張してきた。

お母さんが好きだった匂いか。

白檀の匂い。

どんなのだろう…。

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