22
「うにゅ…」
「あ、起きたか?」
「お母さん…」
「オレはお母さんじゃない」
「………」
「………」
「うぅ…お母さん…」
「また泣くのか?」
「うっ…くっ…泣かない」
「よしよし、えらいな」
頭を撫でると、気持ち良さそうに額を擦り付けてくる。
ホントに可愛いな…。
「ん~」
「あ、そうだ」
「え?」
「いや、なんでもない」
葛葉には首輪が似合いそうだ。
明日にでも買いに行こうかな。
「ねーねー」
「…え?オレのことか?」
「うん。ねーねーは、あぶらげ好き?」
「油揚げか?…まあ、好きな部類に入るだろうな」
「じゃあ、これ、あげる」
「ん?ありがとう…」
稲荷寿司を渡される。
…え?
こんなベタベタのものをどこに入れてたんだ…?
ていうか、ねーねーって…。
「葛葉も食べる~」
また稲荷を取り出す。
えっと…食べればいいのかな?
葛葉も食べようとてるし…。
「いただきま~す」
「…いただきます」
変な匂いはしないな…。
腐ってるわけでもなさそうだ。
…一口。
ん?
なかなか美味いな…。
調理班の稲荷より断然美味しい。
「もう一個~」
「どこに入れてるんだ?」
「ふむ。ほほはお」
二個目の稲荷を頬張りながら、ちょうど死角になっていた場所から弁当箱のようなものを取り出す。
帯に繋がってるのか?
村から持ってきたんだろうか。
「これ、空が作ってくれたの」
「ほぅ。空がねぇ」
って、空のことは、ねーねーとは呼ばないんだな…。
「ねーねーも、もう一個食べる?」
「ああ、貰おうか」
三個目に取り掛かっている葛葉から、また稲荷を貰う。
もうこの稲荷で終わりみたいだけど、来る前はどれだけ入ってたのかな…。
結構大きな弁当箱だし…。
「もう一個~」
「え?」
さらにもう一個、同じような弁当箱が出てきた。
「その弁当箱で何個目なんだ…?」
「えっと、三個目だよ」
「三個目!?」
道中で食べてきたんだろうけど、こんなにぎっしりと稲荷の詰め込まれてるんだ。
弁当箱の重さは相当なものなんじゃないのか…?
「はい、ねーねーにも、もう一個あげるね」
「あ、ああ…ありがとう…」
「ん~、美味しい~」
「そ、そうだな…」
葛葉の向こう側にまだまだ山積みになってる弁当箱が思い浮かんで怖くなった…。
三個目で終わりだよな…?
「あぁっ!葛葉!ごはんの前は何も食べちゃダメって言ったでしょ!」
「あぅ…お母さん…」
と、風華が帰ってきた。
葛葉は必死で弁当箱を隠そうとするが、もう遅かった。
「今日はこれで終わりだからね!」
「あぁっ…あぶらげ…」
「もう…空姉ちゃんも、葛葉にこんないっぱい持たせて…。すぐに来れるのに…」
「近いのか?」
「城下町を抜けて四半刻くらい歩いたところだよ」
そんなに近かったのか…。
知らなかったな…。
「あぁっ!もう!五個も持たせてたの!?」
「あぅ…葛葉のあぶらげ…」
「五個…」
「葛葉、これ、衛士さんと食べなさいって言われなかった?」
「………」
「どうなの?」
「言われた…」
「もう…ふたつも開けちゃって…」
「うぅ…」
「まあ、食べちゃったのは仕方ないね…。次からは、ちゃんと我慢するのよ」
「…うん」
風華が、弁当箱に挟まってたらしい手紙を見せてくれる。
その手紙には綺麗な字で、
『葛葉が食べちゃうだろうから、多めに作ってます。
まあ、ふたつくらいなら食べても大丈夫かな。
この稲荷は、豊作感謝祭で、村のみんなで作ったものです。
紅葉と衛士のみなさん、あと、利家と桜、チビたちと一緒に食べてください』
と書いてあった。
誰がこの手紙を見るか分かっていて、さらに、葛葉が食べる量も計算してる…ということは、空は相当頭が切れるんだろうな。
是非とも参謀についてほしいところだが…。
「夕飯まで何も食べちゃダメだからね。分かった?」
「うぅ…」
「返事は?」
「…うん」
「よろしい。じゃあ、姉ちゃん、私、これ厨房に届けてくるね」
「ああ」
そして、医療室を出て行った。
また二人だけになってしまったな。
…そうだ。
「葛葉、ちょっと待ってろよ」
「うん」
立ち上がって、中庭に面した窓に向かう。
そして、ちょっと特殊な笛を吹く。
「隊長、どうしました?」
すぐに伝令の一人が来て。
うん、良い仕事をしてるな。
「望たち、どこかで見なかったか?」
「えっとですね…。あ、来ました」
「ねぇ~、その笛、貸して~」
「ダメです。この笛は大切なものなんです」
「えぇ~…」
「望、他の二人は?」
「桜お姉ちゃんの部屋でまた寝てるよ~」
「そうか。まあ、望だけでもいい。ちょっとこっちに来てくれないか?」
「うん」
「香具夜。ありがとう。戻ってくれ」
「はっ!では、失礼します」
「あと、笛だけど、一個都合してやれ」
「あ…はい。分かりました」
笛に興味を持ったみたいだし、早いかとは思うけど、ちょうど良いかもしれない。
伝令班で少し仕事をさせてみよう。
また後々に別の班が良いとなれば、変えれば良い話だしな。
「どうしたの?」
「ん?いや。望に、ちょっと仕事をしてもらおうかと思ってな」
「えっ!仕事!?」
目をキラキラ輝かせる。
うん、仕事にも興味を持てるなら、良い兆候だな。
「でも、まずはこっち。この子は葛葉って言うんだ」
「葛葉?」
「この子は望」
「望…」
「葛葉は走るの好き?」
「えっと…あんまり好きじゃ…ないかな…」
「じゃあ、寝転ぶのは?」
「それは…好き…かな…」
「じゃあじゃあ、良いところがあるんだ!一緒に行こ!」
「あ…うん…」
望は、どうやったら友達になれるか、ということを熟知してるらしい。
葛葉は人見知りが激しいみたいだけど、望にかかればそんなことは問題にはならないんだろう。
ちょっと強引だけど、楽しい時間を共に過ごせば関係なくなる。
そして、いつの間にか友達になってる、ってなかんじなんだろうな。
まったく、驚くべき才能だ。
その才能、少し分けて…いえ、なんでもないです。
小さい子には、本当に驚かされます。
魔法を使ってるんじゃないかってくらい。