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ツカサが帰ってこないので、ユカラは一旦城に戻って。
それから、ナナヤと二人で訓練を始める。
ナナヤの覚えはなかなかよかった。
もともと素質があるのだろうか。
「いいかんじだな」
「そうかな」
「ああ」
「刀は以前に使っていたのか?」
「んー…。ときどき、練習させられてたんだ。実際に使うことはなかったけど…。渡された武器がそれだけだったから、自分に合ってるかどうかは分からなかったんだけど。お姉ちゃんが鉄拳が合うって言うなら、そうなのかなって」
「そうか。…そういえば、イナは罠の扱いにかなり長けていたみたいだけど、それも何かやらされていたのか?」
「ううん。イナは、もともとああいうのが好きでいろいろ作ってたんだけど、それに目を付けられちゃってね…。半ば無理矢理手伝わされてたんだよ。まあ、ほんの少しだけど報酬を貰えたから、断れなかったみたい。私たちの財布と盗賊団の財布は違ったから」
「なるほどな」
「うん。まあ、私たちの部屋の周りに罠を張って、他の盗賊たちが近付けないようにしてくれてたのもイナだけどね」
「そうか」
罠を仕掛けないといけないほど、治安が悪かったんだろうか。
気になるところではあるが、嫌なことを思い出させることになるかもしれないから…。
「聞きたい?」
「何をだ」
「罠を張ってた理由」
「そうだな…」
「罠を張ってたって言ってもね、特別治安が悪かったわけじゃないよ。私たちは隔離されてたし。でも、たまに、私たちが稼いできたお金を盗ろうとする人がいたから、いちおう、盗られないようにってやってただけなんだ」
「ふぅん」
「…お姉ちゃん、心配してくれたんでしょ」
「少しな」
「そんなことないと思うな。お姉ちゃんは、たくさん心配してくれてたと思うよ」
「そうか」
「うん」
「じゃあ、そうかもしれない」
ナナヤの頭を撫でる。
優しいんだな、お前は。
…と、そのとき、何か情けない音が鳴った。
ナナヤが顔を真っ赤にさせているし、腹の虫が鳴いたんだな。
ナナヤのお腹を押さえて。
「そうだな。昼ごはんにするか」
「もう!お姉ちゃん!」
「ははは。まあ、あれだけ動いたんだ。腹も減るだろ」
「うぅ…。なんで鳴るかな…」
「いいじゃないか。恥ずかしいことではないと思うけどな」
「お姉ちゃんはそうかもしれないけど…」
「さあて、今日の昼ごはんは何かな」
「あっ、待ってよ!」
とりあえず、城に戻る。
ナナヤもあとからついてきて。
そういえば、子供たちはどうしたのかな。
今日は出てこなかったけど。
城の中で遊んでるのかな。
厨房には誰もいなかった。
仕込みはしてあるみたいだけど。
鍋の蓋を開けて中を見ると、何かの煮物のようだった。
「誰もいないね」
「ああ」
「勝手に開けていいの?」
「開けるなとは言われてない」
「そういう問題なのかな…」
「そういう問題だ」
蓋を戻して、席に戻る。
それにしても暇なので、少し外を見てみる。
ちょうど、セトが大欠伸をしているところだった。
門の方へ目をやると、門番も欠伸をしていて。
まったく、平和な風景だな。
「何か見える?」
「平和な様子が見えるな」
「確かに平和だね」
「ああ」
「セトって大きいよね」
「そうだな」
「二階くらいなら届くんじゃない?」
「あいつは飛べるからな。届こうと思えば、一番上でも届くんじゃないか?」
「おっきい翼だもんね。セトに乗って、私も空を飛べるかな」
「言うだけじゃなくて、乗せてもらえばいいじゃないか」
「乗せてくれるの?」
「言えば乗せてくれるだろ」
「そうかな…」
「おい、セト!こっちに来い!」
大声で呼んだせいか、うつらうつらとしていたセトは飛び起きて、少し迷ってから、おそるおそるこっちへやってきた。
窓のところまで来ると、不安そうに翼をはためかせる。
「キュウ…」
「情けない声を出すな」
「ウゥ…」
「何か怒られるようなことをしたのか?」
「………」
「したのか」
「ウゥ…」
「まったく…。あとでそれは言っておくから」
「ゥルル…」
「分かった分かった」
「なんて言ってるの?」
「こいつが、昨日、明日香のごはんを盗み食いしたらしい」
「明日香?」
「これくらいの、ちっちゃい仔狼だ。ごはんも、相応に少ないはずなんだがな?」
「ウゥ…」
「お前にとってはたった一口のものを、なんで盗るんだ。それに、それじゃあ、昨日の明日香のごはんはどうしたんだ」
「………」
「お前なぁ…」
「なんて?」
「明日香は、昨日の晩はごはんを食べてないらしい。一日三回、朝昼晩にやるんだけど」
「じゃあ、お腹空いたんじゃない?」
「たぶんな」
「可哀想だね…」
「ああ。しかしだな、お前が食べるごはんは、自分でなんとかするって約束しただろ?それを、こともあろうか、明日香のごはんを食べて…」
「ゥルル…」
「反省するとかしないとか、それだけの問題じゃないぞ」
「まあまあ。次はもうないだろうから、許してあげようよ」
「まったく…」
「ウゥ…」
「まあいい。ナナヤに免じて、風華には黙っておいてやる。噂になって、風華の耳に入らないとは保証出来ないが。それでだ。そのナナヤから、頼み事があるそうだ」
「お姉ちゃんが通訳してくれるの?」
「少しは話す努力をしろ」
「通じなかったら、通訳よろしくね」
「通じなかったら、話す方法を教えてやるから、自分でやってみろ」
「…うん、分かった」
ナナヤはゆっくりと目を瞑って。
そして、またゆっくりと目を開ける。
さて、風華は方法を教えてからも少し時間が掛かったみたいだけど、ナナヤはどうかな。
教えないうちから、どこまで行けるか。
楽しみだ。
…それにしてもナナヤは、私とセトが話していてもあまり驚かなかったな。
なんか、少し寂しい気もする…かな。