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ツカサは、結局帰ってこなかった。
誰かに捕まって、離れられないんだろうか。
まあ、そのうち帰ってくるだろ。
「じゃあ、始めようか」
「ツカサは?」
「いないものは仕方ない。また今度だ」
「そっか…」
「ユカラには手間を掛けるけどな」
「ううん、それはいいんだよ。でも、一番最初なのに、一緒に出来ないのが…」
「そうだな」
「まあ…仕方ないよね」
「ああ」
「じゃあ、始めよ」
ユカラは、いつでも来いという風に構えて。
…誰と闘う気なんだよ。
「んー。じゃあ、まずは鉄拳からだな」
「はぁい」
ユカラが手を挙げると、いつの間にか、その手には鉄拳が装着されていて。
それを外して、ナナヤに渡す。
「わっ、重たいね」
「使えそうか?」
「んー、どうだろ」
鉄拳を手に着けて、軽く何回か素振りをする。
…脇が開いているのはまた直せばいいけど、見たかんじ、少し扱いにくそうだな。
重すぎるんだろうか。
「んー…。重たい、かな…」
「そっか。じゃあ、もうちょっと軽いのを出してみるね」
「うん」
ユカラが手を振ると、ナナヤが着けていた鉄拳は消えて、代わりに新しいものが現れた。
ナナヤはかなり驚いたみたいだけど。
いや、正直、私も驚いた。
…前のものを消して、新しいものを上書きして出すなんて、そんな芸当も出来るんだな。
「どうかな?」
「えっ、あ、うん。軽くなったかな…」
「どんなかんじ?」
「んー…。良いかんじだけど、なんか違う気がする…」
「そう…」
「もしかしたら、鉄拳はナナヤに合ってないのかもしれないな」
「そうかも」
「じゃあ、少しずつ長くしていこう。まずは短刀だな」
「分かった。んー、短刀っていうと…この辺かな?」
しかし、そう言って出したのは苦無だった。
短刀といえば短刀だろうけど…。
城に予備がないのが問題だな…。
「なんか、忍者みたいだね」
「苦無だ。…まあ、使ってみろ」
「うん」
ナナヤは、いろいろ構えたり振ったりして、使い心地を確かめる。
んー、鉄拳よりかは動けてるな。
「面白いね、これ」
「それにするか?」
「でも、どうなのかな。どんな戦い方をするの?こんなかんじなの?」
「苦無は、穴を掘ったり、壁に突き刺して登ったりするのが主な使い方だな」
「えぇ…」
「まあ他には、小回りが利く分、順手と逆手を素早く入れ換えたりして、近接戦闘で敵を蹴散らしたり。あとは、中距離くらいなら、投げて牽制するのもひとつの手だな」
「ふぅん…。投げるのか…」
「今日は的を用意してないけどな。投げるなら、誰もいない方に向かって投げろよ」
「うん」
器用にクルクルと回したり、さっきとはまた違う構え方をしてみたり。
ちょっと投げる真似もしていたけど、気に入ったのかな。
「予備の武器として持っておくにはいいかもね」
「まあ、その方がいいかもな。いくつも持てないけど」
「でも、ここの輪っかって、紐を通すためのものじゃないの?」
「ああ。手裏剣なんかと一緒にまとめておくんだな」
「ふぅん。手裏剣…」
「忍者になるか?」
「いや、やめとくよ」
「そうか。じゃあ、苦無は予備として。ユカラ、次は普通の刀で頼む」
「うん」
そして、またすぐに新しい刀が出てきた。
上書きでなく、ナナヤの苦無はそのままで。
…しかし、術式っていうのは不思議なものだな。
ユカラは、息をするかのように簡単に出してるけど。
「これ、普通の刀だよね」
「うん」
「短刀じゃなかったっけ」
「短刀がいいの?」
「んー、まあいいか」
「ああ。もしかしたら、短刀よりもいいかもしれないしな」
「そうかな」
「とりあえず、使ってみろよ」
「うん」
ナナヤが鞘から刀を抜くと、また逆刃刀だった。
私に渡すのもいつも逆刃刀だけど、何か意図があるんだろうか。
「何これ。変な刀だね」
「逆刃刀だ。刃が峰にあるから、刀を返さないと斬れないんだ」
「ふぅん」
「まあ、斬るときは、本当に人を斬る覚悟が必要となるってことだ。それに、突きは普通の刀と同じく致命傷になりうるし、逆刃でも打撃は入るからな」
「そっか…」
「ある意味で、武器らしい武器かもしれないな。オレは、人を傷付けることを一番意識させられる武器だと思う」
「…うん」
ナナヤは一度だけ袈裟斬りと逆袈裟をして、そのまま鞘に納める。
そして、そっと目を瞑って。
「私、これにする。逆刃刀。これが、私の武器」
「いいのか?あまり吟味出来てなかったようだけど」
「うん。これにするよ」
「そうか。…じゃあ、ユカラ。苦無をあと何本か出しておいてくれるか?」
「分かった」
「ナナヤ。これからは基礎訓練と、刀の使い方の訓練のふたつを並行するから。しっかりとついてくるんだぞ」
「うん」
返事はしたけど、ナナヤはジッと立ったままで動かなかった。
考え事をしているんだろうか。
私が言ったこと。
そして、これからやることが、最終的にはどこに行くのか。
…しっかり考えておけよ。
自分が、今、やっていることの意味を。