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「…どうしたんだよ。さっきは」
「えへへ…。えっとね…」
「ん?」
「んー…。恥ずかしいから、やっぱりイヤ」
「なんだよ、恥ずかしいって」
「んー…」
ナナヤは、少し頬を赤らめて俯く。
何なのかな。
気になるけど。
「…お姉ちゃんに、憧れの人がいるって話したっけ?」
「誰だったかな」
「クーア旅団の女旅団長だよ」
「ふぅん?」
「クーア旅団は確かにいるはずなのに、目撃例がない。いつでも完璧だから、目撃もされないんだよ。でも、それでいて、奢ることなく義賊であり続けて」
「けど、盗賊は盗賊だ」
「うん。そうなんだけどね」
「それで?」
「さっき、理想のお姉ちゃんの話、したでしょ?」
「ああ」
「私の理想のお姉ちゃんが、その女旅団長だったんだ。見たこともないんだけどね」
「そうか」
「憧れでもあるし、ああいうお姉ちゃんがいたらいいなって、ずっと思ってた」
「………」
「でも、今はもういいや」
「え?」
「お姉ちゃんが、私の理想のお姉ちゃんだから。これからは、見たこともない人じゃなくて…今ここにいるお姉ちゃんが、私の憧れ」
「実際に聞いたら、どんな反応をするだろうな」
「何が?」
「クーア旅団の女旅団長が」
「どういうこと?」
「まあ、秘密だ」
「えっ。何よ、それ。すごく気になる!」
「秘密だ」
この前来たところだからな。
なかなか惜しい。
「はぁ…。気になる…」
「そのうち分かる」
「なんで、今じゃダメなの?」
「そっちの方が、オレが楽しめるからだ」
「何それ…」
「あ、そうだ。訓練のことだけど」
「話を逸らさないでよ…」
「いいじゃないか」
「………」
「………」
「で?訓練が何?」
「お前は、かなり動きが良い。しっかり訓練すれば、桐華にも並べるかもしれない」
「えっ?」
「オレは、お前には小刀から短刀、あるいは、もう肉弾戦でも合ってると思うんだけど」
「そ、そんなに動き良いかな…。桐華さん並みかぁ…」
「訓練次第で、ということを忘れるなよ」
「分かってるけど…」
「明日からは、出来ればユカラにも来てもらおうかと思うんだ。それで、お前たちに合う武器を見極めていこうと思うんだ」
「武器、かぁ…」
「どうしたんだ?」
「武器ってさ、人を傷付けるため道具じゃない。戦闘班なんだし、仕方ないってのは分かってるけど…。そういうのを使うのって、やっぱり嫌なんだよね」
「そうだな。オレだって嫌だよ」
「………」
「でも、それでも、刀を振らないといけないときだってある。相手も傷付けるし、自分も傷付くだろう。…そのときは、オレは、武器で誰かを傷付けてるんじゃなくて、武器で誰かを守ってるんだと思うようにしている。結局は誰かが傷付くんだけど、少し楽になるだろ?」
「そう…かな」
「戦闘班である限り、そういうことは起こりうる。オレと同じ理由にしろとは言わないが、自分なりの理由を用意しておいた方がいいぞ」
「うん…」
「嫌になったか?」
「…ううん。でも、やっぱり、そういうところなんだなって」
「ああ。そういうところだ」
「………」
ナナヤは私にギュッと抱きついて、しばらく離れなかった。
…私だって、最初は怖かった。
ナナヤと同じように。
でも、この仕事に誇りを持つようになってからは、もう怖くなかった。
人を斬るのが怖くなくなったんじゃない。
それは、今でも怖いけど。
そうじゃなくて、戦闘班にいることが怖くなくなった。
私は、大好きなこの城を、この家族を、守っているんだって。
そう、思えるようになったから。
…あの王だけは、どうしても家族とは思えなかったが。
「誰かを守れる強さか…」
「………」
「盗賊団にいたときは、自分の身を守るので精一杯だった。みんなも、たぶんそう。みんなを守ってるつもりで、誰にも守られてなかった。あ、この指輪には守られてたのかな…」
「………」
「私…みんなを守りたい。みんなを守れるくらい、強くなりたい」
「…ああ」
「お姉ちゃん。私、覚えは悪いかもしれないけど…。でも、一所懸命やるから!だから、みんなを守れるように戦う術を…守る術を教えて!」
「ああ。もとよりそのつもりだ」
「うん…!」
「それじゃあ、明日からは、血を吐くような地獄の猛特訓だな」
「え、えぇ…。それはさすがに…」
「冗談だよ。さっきも言った通り、ユカラ立ち会いのもと、お前たちに合う武器を探す」
「そういえば、なんでユカラなの?」
「言わなかったか?ユカラは、いろいろ事情があって、お前たちがなんらかの動物へ変われるのと同じ力を使って、自由自在に武器を出し入れ出来るんだ」
「へぇ…」
「刀から槍、薙刀や鎖鎌までなんでもござれだ」
「なんか興味ある」
「まあ、また今度見せてもらえ。そうでなくても、近いうちに見れるわけだけど」
「ユカラが忙しかったら?」
「実物にはやはり劣るが、訓練用の木刀だとか竹槍の用意はある。まあ、実物もあるけど、なかなか出しにくいからな」
「なんで?」
「普段から手入れはしてるけど、使ったら使ったで特別な手入れが必要だからな。その点、ユカラのはいつでも新品同様だ。どういう原理かは知らないけどな」
「ふぅん」
「まあ、そういうわけで、ユカラが一番頼りになる」
「あはは。でも、ちょっと可哀想だよね。武器を出すだけで、あとは退屈な訓練を見てなきゃいけないなんて」
「そうかもな」
いや、でも、風華ならともかく、ユカラは意外と楽しんでくれるかもしれない。
しかし何より、まずはユカラの協力を要請するところからだな。