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…どうしようか。
そういう視線を投げ掛けると、ツカサもナナヤも困ったような顔をして。
葛葉とサンが私に寄り掛かって眠っている。
頼みの風華も、昼ごはんの片付けに行ったまま帰ってこない。
「呼んでこようか?」
「あ、いや、まあ…」
「仕事だったら迷惑だもんね。風華、医務班って言ってたし」
「そうか…」
「桐華はどうした」
「さっき、姉ちゃんが席を立った間にどこかへ行ったぞ」
「はぁ…。昼寝か…」
自分の部屋の方を見てみる。
…あの屋根縁にのびのびと寝ている桐華が見えたようで、少し腹が立った。
「とにかく、どっちか頼む」
「うん」
「起こさないようにな」
「分かってる」
そして、ツカサはサンを抱き上げて。
これで少し自由になったので、葛葉を抱っこして。
…重いな、やっぱり。
しっかり成長してくれてる証拠だ。
「どうするんだ?」
「部屋に運ぼう。とりあえず、布団に寝かせてやりたい」
「分かった」
「今日の訓練は?」
「やりたいか?」
「んー」
ナナヤは葛葉の寝顔を覗き込んで。
そして、ニッコリと笑う。
「この子たちの寝顔を見てる方が面白い」
「じゃあ、今日の訓練は終わりだ」
「えっ。いいのか、そんなので?」
「これから、時間はたっぷりとあるんだ。焦ることはないだろ?」
「でも…」
「即戦力になろうなんて、百年早い」
「だからこそ!今、訓練を休んだ分だけ、戦力となれるときが遅くなる…」
そこで少し言い澱んだので、城に向かってゆっくりと歩き出す。
ツカサが言いたいことは分かるけど。
ナナヤはツカサの手を引いて、一緒についてきてくれた。
「焦ってたくさんやるより、きちんと構えてやる方が効率はいいぞ」
「きちんと構えて、たくさんやる方がいいんじゃないか!」
「ああ、そうだな。でも、今、お前は、きちんと構えられているつもりなのか?オレには焦ってるようにしか見えないが」
「………」
「役に立とうとしてくれるのは嬉しいが、そのせいで空回りしてるようなら、オレはお前に申し訳が立たない」
「えっ、なんで…?」
「お前をそう駆り立ててる一因が、オレにあると考えてるからだ。現に、お前たちを城に連れ帰り、さらに班へ入るように薦めたのはオレだからな」
「姉ちゃんは…」
「関係ないか?じゃあ、余計にダメだ。衛士長として、心に焦りや迷いのある者に訓練を受けさせることは出来ない。怪我をされても困るからな」
「………」
城の廊下で、佐之助と擦れ違う。
何かを言いそうにしていたが、雰囲気を察したのか、そのまま通り過ぎていった。
「…じゃあ、どうすればいいんだよ」
「ツカサ。それは、ツカサ自身が考えることなんじゃないかな。私は…お姉ちゃんほどツカサの心の動きは見えないけど…。でも、それでも、ツカサは今焦ってる。それは、分かるよ」
「………」
ナナヤは真っ直ぐにツカサの目を見て。
それで何か思うところがあったのだろうか、一瞬目を逸らすと、サンをナナヤに預けてどこかへ走っていってしまった。
「…行っちゃったね」
「そうだな」
「どうするの?」
「とりあえず、こいつらを部屋に運ぼうか」
「そうだね」
ずり落ちかけた葛葉を抱え直して、階段を上がっていく。
そういえば、佐之助は何だったんだろうか。
リュクラスの事件だろうか。
まあ、大事なことならあとで報告してくるだろう。
それより、まずはこいつらだな。
部屋に戻ると、予想通り、桐華は屋根縁で日向ぼっこをしていて。
葛葉を布団に寝かせたあと、何か腹が立ったので、上から敷き布団を五枚ほど重ねておいた。
さっき集まっていたチビたちは、祐輔と夏月以外はここで昼寝中。
それでたぶん、祐輔と夏月は医療室で昼寝だな。
「…お姉ちゃんってさ」
「ん?」
「お姉ちゃんってさ…」
「なんだ」
「なんだろ…。ここまで出てきてるのに、出てこない…」
「どうしたんだ」
「ううん。別にね、お姉ちゃんは変だとか、そういうことを言いたかったんじゃないよ?」
「オレは変か?」
「あはは…。少し…ね」
「そうだろうな」
「みんなのことを本当にすぐに信用しちゃうし、みんなに優しいし…。ホント、お姉ちゃんって変だなって思う。絵に描いた理想のお姉ちゃんみたいな気がして」
「理想からは程遠いよ。理想の人間なんていないしな」
「うん。桐華さんに意地悪するもんね」
「あれは意地悪じゃない。天誅だ。オレを差し置いて昼寝をしに行く桐華が悪い」
「ふふふ。そうやって言い訳するところも、理想のお姉ちゃんじゃないなぁ」
「ああ」
「…お姉ちゃんってさ」
「ん?」
「理想のお姉ちゃんでありたいと思うことはある?」
「あるよ。いつでもだ」
「そっか」
「ナナヤはどうだ?イナとか、キリやシュウに対して、理想の姉でありたいと思うか?」
「…私には無理だよ。理想のお姉ちゃんなんて」
「諦めたのか?」
「そう…かな。私は…」
「諦めたやつが理想に近付くことはない。その点で、お前は姉として失格だな」
「えっ…」
「出来ないと分かっていても、一所懸命に目標を目指す。それが、こいつらの手本となって、こいつらも理想を目指して一所懸命になれるんじゃないのか?」
「………」
「先を生きる者として。あとから来る者の手本となり、目標となる。それが、姉としての務めなんだと、私は考えている」
「…うん」
「お前も目指してくれるか?理想の姉を」
「もちろん、だよ」
「ふふふ。それでこそ、理想の姉だ」
「うん!」
ナナヤは私に抱きついてきて。
そして、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「それで、何を聞きたかったか、分かったのか?」
「全然。まあ、いいじゃない。そんなこと」
「そうか…?」
なぜか意地悪い笑みに変わったナナヤの頬を引っ張っておく。
それから、私もナナヤを抱き締めて。
…どうしたんだろうな。
少し、泣いているようにも見えた。
だから、強く。
ナナヤの涙を受け止めてあげられるように。