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「次だ」
「はぁ…はぁ…。お姉ちゃん、強すぎるよ…」
「勝つためにやってるんじゃないだろ?」
「そうだけど…」
「紅葉は端折りすぎなんじゃない?基本から、まずは固めていかないと」
「正論を言ってたとしても、休んでばかりじゃ全く説得力ないぞ」
「だから、私は戦闘班じゃないって!」
「オレと同じ銀狼のくせに」
「戦闘に強い種族だと言ってもね、個人差があるんだよ!それに、野生児の紅葉と一緒にしないでって言ってるじゃない!」
「野生児ってなぁ、お前…」
「実際そうじゃない。とにかく、紅葉は基本を固めないよね」
「ここは道場じゃないからな。詳しく型を教えても仕方ないだろ。ある程度の戦い方を教えて、模擬戦で鍛える。これが一番だ」
「はぁ…。ホント、紅葉って一葉さんの娘だよね。一葉さんも、そうだったし」
「ああ」
「はぁ…。もういいよ。私はついていけない。帰るね」
「仕方ないな…」
香具夜は立ち上がると軽く手だけ振って、城の中に戻っていった。
…あいつ、いざ実戦となれば、活き活きするのにな。
「まあいい。再開しよう」
「あっ」
「え?」
「桐華さんが」
「桐華?」
振り向くと、香具夜と入れ違いに、桐華が大きく手を振って走ってくるのが見えた。
すごく楽しそうに。
…嫌な予感がするな。
「紅葉、紅葉!ぼくも混ぜてよ!」
「ダメだ」
「えぇっ!なんで!」
「これは訓練だ。お遊びじゃないんだぞ」
「分かってる分かってる。で、何してたの?」
「模擬戦です」
「ツカサ。余計なことは言うな」
「ご、ごめん…」
「模擬戦!やっぱり、ぼくも混ぜてよ!」
「ダメだ。オレたちに構ってる暇があるなら、仕事を探してこい」
「それは遙と翔が行ってくれてるからさ!」
「お前、自分で動こうとは思わないのか」
「動いたら怒られるもん」
「だからって、こっちに来るな!」
「何さ、冷たいなぁ。紅葉のケチ」
「ケチで結構。とにかく、お前がいると訓練にならない」
「いいんじゃないか、別に。俺たちのやることは、結局変わらないし…」
「うん。私たちはいいよ」
「あまり甘やかすな」
「邪魔しないからさ!ね、お願い!」
「ダメだ」
「なんで!なんでよ!」
「お前は、模擬戦の意味を分かってないからだ。何も考えず、とにかく突っ込んできて。それでは何の意味もないんだよ」
「なんで?」
「それが分からないうちは、訓練に参加させるわけにはいかないな」
「じゃあ、ぼくと一回試合してよ!」
「はぁ…。それで戻れよ?」
「うん」
と、早速戦闘態勢に入る。
まったく…。
なんで、こいつはこうも好戦的なんだろうな。
私が知ってる限り、こんなに闘いの好きな熊は他にいない。
「ほら、お前から来いよ」
「やぁっ!」
遠慮なしに、まずは正拳突き。
それを横に避け、伸びている腕を掴んで背負い投げを掛ける。
少し踏ん張られて上手く決まらなかったので、そのまま地面に倒れ込んで袈裟固めに移行しようと思ったところで、横に投げられてしまう。
もう一度体勢を立て直したところに、桐華は体当たりを重ねてくる。
それを正面から受け止め、力の方向だけを逸らして横へ転がす。
いくらか転がって立ち上がった桐華の背中に組み付いて、そのまま後ろへ引き倒す。
なんとか振りほどこうとするが、私が腕も足も抑えているから上手くいかない。
そして、桐華の首筋に噛み付いて試合終了。
「あーっ、負けた!また負けた!」
「それはいいから、早く退けろ」
「イヤだ!負けた!」
「本当に子供だな…」
適当に桐華をその辺に投げ飛ばしておく。
それでも桐華は、まだバタバタと暴れていて。
「さあ、訓練再開だ」
「………」
「どうした」
「いや…。一瞬で勝負がついたなって…」
「実戦なんて、そんなものだ。最初の一撃で勝負が決まるときだってある。さっきの桐華の正拳突きだって、喰らっていればそれで終わりだ。そのあとのオレの背負い投げだって、ちゃんと決まっていればトドメを刺せた」
「へぇ…」
「桐華はとにかく速度があるから、投げてその速度を殺してから攻めるのが基本だ。まあ、最初の一撃で崩したり見切ったり出来なければ、反撃の隙すら与えられずに勝負を決められてしまうということだな」
「受け止めたらダメなのか?」
「受け止めれば、すかさず次の攻撃が飛んでくる。正拳突きを受け止めてるんだから、鳩尾あたりを殴り上げるのが妥当だろうな」
「それを見越して行動すれば…」
「それなら、最初の正拳突きで対応する方が楽だろ?」
「あ、そっか…」
「桐華は、速度はあるけど分かりやすいから、対応出来るなら大した労もなく勝てる相手だ」
「でも、それって…」
「ああ。速度に対応出来なければ負ける」
実際、桐華を腕力で倒せるのは、私か遙くらいなものだろうな…。
それがさらに、桐華の暴走を加速させてるんだけど。
「私たちも、桐華お姉ちゃんに勝てるようになるかな」
「そうだな。いつか、勝てるかもしれないな」
「うん」
「うわぁん!これ以上、勝てない相手が増えるのはイヤだ~!」
「お前も、負けないように訓練すればいいじゃないか」
「だってぇ…。遙、厳しいんだもん…」
「訓練なんて、そんなものだ」
「うぅ…」
「じゃあ、私たちと一緒にやりましょうよ!」
「えっ?」
「ね、いいよね、お姉ちゃん?」
「新人訓練なんだがな…」
「人数が多い方が、絶対に楽しいよ!」
…そんなに目を輝かせられたら、拒否出来ないじゃないか。
ナナヤにも困ったものだ。
「はぁ…。仕方ないな…」
「やった!」
「ありがと、ナナヤ!」
「ただし、条件付きだ。訓練に付き合う以上、オレの言うことは聞いてもらうぞ。聞かなければ、即刻遙に引き渡す」
「はいは~い。任せてよ」
「その返事が一番不安だ」
「あれ?」
桐華は首を傾げる。
…不安だな、やっぱり。
しかし、桐華が加わるとなると、やり方を変えないといけないだろうな。
さて、どうするか…。