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「ふぁ…」
「だらしないよ」
「まだ日も昇ったばかりじゃないか…」
「何言ってるんだよ!早朝練習は基本だろ?」
「ナナヤは寝てるし…」
「あっ、ナナヤ!」
ナナヤは、セトのたてがみに潜り込んで眠っていた。
ツカサにやる気があるのはいいけど、あまり空回りしすぎてもな…。
とりあえず、私も眠たい…。
「とりあえずだ、ツカサ。寝不足では出せる力も出せない」
「大丈夫。目は冴えてるよ」
「オレが寝不足なんだよ…」
「あ…。ごめん…」
「ナナヤもこんなだし、とりあえず、もう一睡させてくれ…」
「ごめん…」
「元気が有り余ってるなら、少し街の様子でも見てきたらどうだ」
「えっ?」
「これから、お前が守っていく街だ。しっかり見てこいよ」
「…うん!」
ツカサは力いっぱい頷くと、門の方に走っていった。
…これで、途中で起こされることもないだろう。
ナナヤの横に座って、セトのたてがみを上手い具合に布団代わりにして。
ふぅ…。
お休み…。
眩しい…。
目を開けると、正面の塀の上から太陽が覗き込んでいて。
「おはよ…。紅葉お姉ちゃん…」
「おはよう」
「ツカサは…?」
「さあな。寝る前に、街を見てこいとは言ったけど」
「こんな時間に、どこかやってるの?」
「市場の店は、もういくつか開いてるだろうな」
「そっか。…ツカサ、張り切っちゃって」
「ああ。空回りしないか心配だ」
「大丈夫だよ。ああいうときは、いつも空回りしてる」
「はは、それはいいな」
「うん」
「それで?ナナヤは戦闘班に入るのに異論はないのか?」
「そうだね。料理も出来ないし」
「料理はまた教えてもらえばいいじゃないか」
「うん、そうなんだけどね。そういうのは、マオの方が得意だよ」
「ほぅ」
「でも、班分けの話を聞いたら、きっと医務班に行きたいって言うよ。あの子、人の世話をするのが好きだからさ」
「そうか」
「うん」
「…お前も、医務班や伝令班に行きたいんじゃないのか?」
「ううん。私は戦闘班がいい。大好きなお姉ちゃんの傍にいられるからね」
「…そうか」
「えへへ」
ナナヤは、そっと抱きついてきた。
だから、私もそれに応えて抱き締める。
…当たり前のように感じる、この温かさ。
ナナヤたちは、もしかすると、こんなことを今まで感じられなかったのかもしれない。
それなら、私が…私たちが、これまでの分も。
「ありがと」
「何がだよ」
「…やっぱり、なんでもない」
「変なやつだな」
「えへへ」
顔を上げてニッと笑ってみせる。
そして、立ち上がって伸びをして。
「あ。あれ、ツカサかな」
「ん?そう…だな。じゃあ、朝食前に軽く運動しておくか」
「うん」
ツカサは門のところから手を振りながら、走って戻ってくる。
どのあたりを回ってたのかは知らないが、起き抜けなのに汗ひとつ掻いてないとはな。
かなり素質があるのかもしれない。
「よし。じゃあ、まずは外周からだ。ついてこい」
「はい!」
元気の良い返事を聞いてから、私も走り出した。
少し速めに走ってみるけど、二人とも苦もなくついてきている。
さらに速度を上げると、さすがに少しだけ遅れてるような気もするけど。
「わぁ、速いね、やっぱり」
「喋ってると、余計に体力を消費するぞ」
「はぁい」
「姉ちゃんは、いつもこんな走り込みをしてるのか?」
「いや。…そういえば、普段は何もしてないな」
「えぇ…」
「こうやって、新人訓練のとき以外は走り込みなんてしないかもしれない」
「ふぅん…」
「まあ、お前たちは体力はあるようだから」
「若いからね~」
「そうだな。オレより何年かしか変わらないけど」
「お姉ちゃんって何歳?」
「二十だ」
「じゃあ、私とは六つ違いなわけだ」
「そうだな」
「でも、弱冠二十歳で隊長ってすごくないか?」
「どうだろうな。他の隊長に会ったことがないから分からない」
「そっか…。歳上の部下も多いの?」
「そうだな。ただ、部下ではなく、兄や姉だ。お前たちが、私の弟や妹であるように、隊長と呼ばれていても、私はみんなの妹であり、姉である」
「家族…だから?」
「ああ。みんな、家族だ」
「…ごめん」
「何がだよ」
「部下なんて言って…」
「オレが衛士長である限り、衛士はみんな部下だ。ツカサの言うことは間違ってない。オレは本当は上下関係なんて作りたくないんだが、組織にはそれをまとめる者が必要だ。だからせめて、部下だとか、そういう呼び方はしたくない。それだけだ」
「…うん」
「さて、外周に時間は掛けられないぞ。さっさと済ませて朝ごはんを食べにいこう」
「はぁい」
そう…だな。
今まで、あまり意識してこなかった。
でも、私は人の上に立っているんだ。
みんなを引っ張っていかないといけない立場だったんだ。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「あんまり深刻に考えることもないと思うよ」
「え?」
「ナナヤが楽観的すぎるんだろ」
「あはは、そうかもね。…でも、私たちは家族なんでしょ?だから、私たちも一緒に、お姉ちゃんと歩いていきたいの。あ、今は走ってるけどね」
「…そうか。そうだな。ありがとう、ナナヤ」
「うん」
ナナヤは笑ってみせてくれて。
…私の周りには、たくさんの家族がいる。
私と一緒に、一緒に私が、歩いていく家族がいるんだな。