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「ツカサと一緒じゃつまんなーい」
「…悪かったな」
「それで何回目だよ、ナナヤ」
「んー。数えてなかった」
道の駅を出るとき、夏月がどうしてもマオと一緒にいたいと言うので、祐輔と夏月がマオのいる馬車に移り、代わりにツカサと望がこちらに来たんだけど。
出発してからというもの、ナナヤは絶えずツカサに対して文句を言っていた。
でも、さすがに限界かな。
「文句を言うのは自由だけどな、あんまりしつこいのもどうかと思うぞ」
「だってぇ。ツカサってさ、ずっとムッツリしてるじゃない?」
「………」
「望は可愛いからいいけどさ。…あ、望がムッツリしてるって意味じゃないよ。純粋に、可愛いって意味だよ」
「か、可愛い…」
「そうそう。可愛い可愛い」
「えへへ…」
「サンも!サンも!」
「はいはい。サンも可愛いなぁ」
「えへへ」
望は、ツカサの悪口を言われてもあっけらかんとしているどころか、可愛いと言われて嬉しいようで、尻尾をパタパタ振っている。
一方、ツカサは余計にムッツリしてしまったようで。
ただでさえ鋭い目なのに、さらに鋭くして、サンを撫でるナナヤを見ていた。
…いや、目を細めているだけだろうか。
とりあえず、分からない。
「サン、こっちにおいで」
「うん」
「あっ、あーあ。取られちゃったよ」
「残念だったね」
「んー。じゃあ、次は弥生だね」
「えっ、わ、私は…」
「フワフワの毛だね~。さすが、猫なだけあるね」
「むぅ…。尻尾に触らないでよぉ…」
恥ずかしがる弥生を無理矢理捕まえて、いろんなところを触りたくる。
ツカサはといえば、ナナヤから勝ち取ったサンを膝の上に乗せ、手を握ってみたり、頭を撫でたりしていた。
…何なんだろうな、この光景は。
「あ、紅葉お姉ちゃんと望がくっつけば完璧だよ!」
「え?」
「ほら。私は弥生、ツカサはサンでしょ?紅葉お姉ちゃんと望で完璧!」
「完璧って…。しかも、弥生は嫌がってるし…」
「そんなことないよね~」
「………」
「ほら」
「お前が触りたくるから怒ってるじゃないか…」
「いいじゃない。ほーら!くっついて!」
「よくないだろ…」
半ば強引に、望は私の膝の上に座らさせられる。
それでも悪い気はしないのか、こっちを見て笑ってくれた。
…仕方ないな。
ナナヤのワガママに少し付き合ってやるか。
手始めに望を抱き締めてみる。
望は、私との間に挟まれて動かせない尻尾を、なんとか先っぽだけ動かして。
「えへへ」
「温かいな、望は」
「お母さんも温かいよ」
「そうか?」
「うん」
「…望のこの温かさは、望自身の優しさだ。いつまでも、この優しさを忘れないでくれよ」
「うん」
望は、そっと頷く。
それを確認してから、抱き締めた腕を解いて。
と、ナナヤと弥生がジッとこっちを見てるのに気付いた。
「どうした」
「いや、本当に親子みたいでね」
「親子だからな」
「んー、まあ、そっか。でも、本当の親子みたいだった」
「そうか」
「私は、ちゃんとお姉ちゃん出来てるのかな…。ツカサは出来てるかもしれないけどさ」
「ん?何か言ったか?」
「ううん」
「そうか…?」
そして、またサンの相手に戻る。
サンもツカサも、お互いのことがすっかり気に入ったようだった。
それを見て、ナナヤはまたため息をつく。
「ナナヤお姉ちゃん…」
「私、ちゃらんぽらんだし、全然お姉ちゃんらしくないでしょ?」
「そんなことないよ…」
「うん…。ごめんね…」
悩み多き年頃、ということか。
ただ単に、感情の浮き沈みが激しいということではないだろう。
「お前がそんなでどうするんだよ」
「えっ?」
「姉なら姉らしく、堂々と構えていろ。どうやったら姉らしくなるか…なんて考えなくても、お前がお前らしくあれば、みんなはそれがお前の姉としての姿だと認めてくれるはずだ」
「でも…」
「心配することは何もないはずだけど。妹や弟たちの手本となる必要はない。正しい道を教えてやる必要はあるけどな。それでも、お前一人で抱え込むことはない。ツカサだって、マオだって。オレもいる。みんながいるんだから」
「…うん」
「ナナヤはナナヤらしく。それが、ナナヤの、一番の姉らしさだ」
「えへへ…。ありがと」
「オレは、ナナヤの姉として、姉らしくしていただけだ」
「うん、そうだね。そっか。私らしく。姉らしく」
「ああ」
小さく頷くと、もう一度、笑ってみせてくれた。
そうだな。
ナナヤはナナヤらしく。
それが一番だ。
「それにしても、この二人は…」
「まあ、いいじゃないか。仲良きことは美しきかな、だ」
「ちっちゃい子には、ニコニコ笑顔なのにね。なんで、普段はあんなにムッツリなの?」
「小さい子にまでムッツリでも困るけどな」
「まあ、そうだけど…」
「…サン。ほら、こっちに来い」
「うん!」「えっ?」
「よしよし」
まったく…。
これでいいのか?
ナナヤの方を見ると、ニヤニヤと笑って。
それにしても、ナナヤも意地悪だな。
ナナヤは機嫌良く尻尾を振っているが、ツカサはガックリとしてしまっている。
話を聞いていなかったことに対する報復なんだろうか。
それとも、さっき、同じようにサンを取られた、今更ながらの反撃なんだろうか。
とにかく、趣味のいいものではないな。
…とりあえず、サンは悪くないんだし、頭を撫でておく。