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「サンって可愛いにゃあ…」
「にゃあ…?」
「あ、いや…」
「え?」
「うぅ…。出ちゃうんだよ…。たまに…」
「たまにって?」
「なんか、突発的に出るんだよ…」
「ふぅん…」
夏月は首を傾げて。
ナナヤは、恥ずかしそうに尻尾を振っている。
「ナナヤお姉ちゃん、ヒマ~」
「そうだね。でも、私の荷物はツカサたちの馬車に積んじゃったし…」
「何かあるのか?」
「ん?おはじきとかかな」
「そういえば、そんなのもあったな」
「うん。あれ、私が集めてたんだ」
「へぇ」
「ナナヤ姉ちゃんも、おはじきで遊んだりするのか?」
「そうだね…。何もすることがなかったら、イナたちと遊んだりしてたかな」
「ふぅん」
「祐輔は、おはじきとかするの?」
「えっと…俺も、たまにかな」
「そっか」
「ナナヤお姉ちゃん~!」
「サン。五月蝿くするような悪い子なら、途中で置いていくぞ」
「うぅ…。サン、悪い子じゃないもん…」
「じゃあ、静かにしてるんだ。分かったか?」
「うん…」
「あはは。紅葉お姉ちゃんって、本当にサンのお母さんみたいだね」
「お母さんは、サンのお母さんだもん!」
「あぁ、そうだったね。ごめんごめん」
「ナナヤお姉ちゃんは、サンのお姉ちゃん」
そう言って、サンはナナヤの手をギュッと握る。
ナナヤもそれに応えて、サンを抱き締めて。
「じゃあ、サンは私の可愛い妹だよ」
「えへへ」
「ん~。可愛いにゃあ」
「あ、また言った」
「えっ?あれ?」
「…お前、もしかして、本当はわざとなんじゃないのか?」
「ち、違うよ!この癖、ホントに直したいと思ってるんだから!」
「まあ、可愛いし、直さなくてもいいんじゃないか?」
「うぅ…。そうやって、ちょっとバカにされてるかんじが嫌なの!」
「バカになんてしてないさ。可愛いものを可愛いと言ってるだけだ。お前がサンを可愛いと言ってるのと同じじゃないか」
「うぅ…」
ナナヤの頭を撫でると、不機嫌そうに尻尾を振っていた。
でもすぐに、サンが私も私もという風にせがんだので、そっちに切り替えることとなった。
「私だって、一人前の大人なのに…。子供扱いされるのが嫌なんだよ…」
「子供扱いしてるわけじゃないさ。可愛いと思うのは、相手を子供として見てるときだけじゃないだろ?可愛いは、子供だけの特権じゃないんだから」
「でも、子供を見たときとかに可愛いって思うじゃない…」
「そうだな…」
サンを抱き上げて、胡座の上に座らせる。
そして、その小さな手を握ると、嬉しそうに笑って。
「小さな花や子供を見て可愛いと思うことは多いだろう。でも、それは子供扱いしてるからなのか?」
「………」
「可愛いと思ったから可愛い。それでいいと思うんだけど。子供かどうかなんて関係ない。一人前の大人であろうとなかろうと、ナナヤは私の可愛い妹だ。それじゃダメなのか?」
「………」
「まあ、よく考えるといい。ナナヤ自身、どういう気持ちで可愛いと口にするのか。私が、どういう気持ちで可愛いと言ったのか」
もう一度、サンをナナヤの膝の上に乗せる。
ナナヤは少し俯きながら、サンの頬を引っ張ったりして考えているようだ。
…まあ、ゆっくり考えればいい。
ゆっくり理解してくれればいい。
私は、ナナヤを子供扱いする気なんてないということをな。
馬車が止まった。
何だろうと、窓の戸を叩いてみる。
「別の旅団だよ。道を聞いてるみたい」
「この辺の旅団じゃないのか?」
「そうみたいだね。あの紋章は…バヤック旅団だろうね。北では割と有名な行商旅団だよ」
「ふぅん…。なんで南下してきたのかな…」
「さあね。まあ、思うところがあったんでしょ」
前の、桐華たちが乗ってる馬車の横にそれらしき馬車が停まっていて、誰かが話している。
かなりゴツい身体の男で、雪焼けなのか、肌は割と黒くなっている。
その男が、何やら豪快に笑ったり、カシュラの方を指差していたり。
そして、丁寧にお辞儀をすると、なぜかこっちに近付いてくる。
「すいやせん」
「はい、なんでしょう」
「いやね、王妃さまが乗ってるってんで、一度挨拶しておきたくて」
「だってさ、紅葉。どうする?」
「まあ、そうだな」
「いいんですって」
「ありがとうございやす」
馬車から降りて、男の前に出る。
…ただでさえ大きいのに、同じ地面に立って目の前にすると、それよりさらに大きい。
「やあ、すいやせんねぇ。王妃さまがいるなんて知らなくて。トウカさんがわざわざ教えてくだすったんですが」
「そうか」
「いやぁ、美人さんですなぁ。びっくりしやしたよ」
「世辞はいい」
「はは、すいやせん。でも、世辞じゃなくて、ホントですから」
「どうも」
「ははは。機嫌を損ねないうちに、本題に入りやすね。越境証明が要らないってことで、通らせてもらってます、バヤック旅団団長のシュダってもんです。行商が主なんですが、最近は郵便なんかも始めやした。よろしくお願いします」
「よろしく」
「ユンディナ旅団さんを見習って、南へも手を回してみようかと、ちょっくら下見に来た次第です。まあ、このあたりまで回ってこようかと思ってるんで、以後お見知り置きを」
「分かった。ユールオに来た際には、是非とも城に寄ってくれ。歓迎しよう」
「ありがとうございやす。それじゃあ、簡単で悪いんですが、帰りのこともあるんで、これで切り上げさせてもらいます」
「ああ。またよろしく頼む」
「はい。では、また」
シュダは深々とお辞儀をすると、馬車に戻って。
ゆっくりと進み始め、横を通るときに、またお辞儀をした。
礼儀正しいんだな。
「気に入った?」
「どうだろうな」
「素直じゃないなぁ」
「まだ挨拶しただけだ」
「まあ、あの人の性格はある程度掴めたんじゃない?」
「さあな」
まあ、初見では、好感の持てるやつだったのは間違いないだろう。
バヤック旅団か。
さて、どうなるかな。