202
最後の荷物も積み終わったし、出発するか。
六人も増えたから、一台追加することになったけど。
翔たちに合図を送ると、静かに頷いて馬車を走らせる。
「ふぁ…。眠…」
「ご苦労さま。ゆっくり寝るといい」
「うん…。そうする…」
ナナヤはサンを抱き締めて、また眠りに就く。
…なんでサンを抱き締めるんだ。
抱き枕のつもりか…?
「姉さんも寝たら?」
「いや、いいよ」
「そう?」
「ああ」
「…それにしても、あの人たち、元盗賊なんだろ?」
「ああ」
「………」
「疑ってるのか?」
「…少し」
「そうか」
「怒らないのか?」
「怒ってどうするんだ。人の感じ方は人それぞれだ。翔がどう思おうと、オレは怒らないし、怒れない。ただ、誤解を解く手助けはするつもりだ」
「誤解…か」
「誤解だ。いや、偏見か?」
「ふふ、どっちでもいいよ。…でも、姉さんって、なんでそんなに信じられるんだ?疑うことってあるのか?」
「あるよ。でも、疑うより信じたいじゃないか。それに、疑うより信じる方が楽だし」
「え…。なんか、途中まで良いこと言ってたのに…」
「ははは。まあ、いいじゃないか。とにかく、オレは疑うより信じる方を選ぶよ」
「…そうだな」
翔の代わりに、ナナヤの頭を撫でる。
すると、なぜか余計に強くサンを抱き締めるものだから、サンは苦しそうに唸って。
「なんだ?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか…?」
頭を叩くと、今度はナナヤが唸り始めた。
まあ、サンの救出は出来たみたいだから、よしとするか。
馬車が少しガタついてきた。
街を出たんだろう。
幌を少し開けて外を見ると、相変わらず太陽は昇ってなくて暗かった。
…さっき出る前に見たばっかりなんだから、そりゃそうだけど。
でも、心なしか薄らと明るくなってるような気がした。
…ん?
いつの間にか寝ていたらしい。
他のみんなは寝てるけど、幌を開けなくても日はもう昇ってるということが分かった。
「起きた?」
「ああ」
「朝ごはんは?」
「みんなと一緒に食べるよ」
「そう」
遙は御者台と台車の間にある小さな窓から、おにぎりを差し出す。
食べさしのようだが…。
「食べて」
「なんでだよ…」
「私は、もうお腹いっぱいだし」
「なんで食べさしなんだ」
「私が食べたから」
「そういうことを聞いてるんじゃないだろ」
「いいじゃない。朝ごはん前の準備体操だと思ってさ」
「準備体操って…」
「ほら」
「まったく…」
おにぎりを受け取ると、返品不可というように窓の戸を閉めてしまった。
はぁ…。
なんで、私が遙の残飯処理なんか…。
桐華…は、違う馬車か…。
まったく…。
ん?
シャケか。
…まあ、少し許す。
「しっかし、やっぱり私って桐華に甘いのかな」
「なんだ、唐突に…」
「そりゃ注意もしたりするけどさ、でも、桐華のワガママにほとんど付き合ってるわけでしょ?今日だって、朝になったら起こしてって言ったから起こしたのに、結局は私が運ぶハメになっちゃったしさぁ。軽いからいいけど…」
「お前は桐華の保護者だろ」
「だからさ、そういうのが、あの子を余計に子供っぽくさせてるのかなって思うんだよ」
「そうか」
「何よ。人がせっかく相談してるのに」
「相談は押し付けるものなのか?」
「違うけど…」
「桐華は、遙が思ってる以上に自立出来てるぞ。まあ、ちゃんとした大人に対してそんなことを言うのも変だけどな」
「大人…なのかな、桐華は…」
「逆に、お前が桐華離れしないといけないかもしれないな」
「ははは…。そうかもね…」
遙は、どこか寂しそうに。
…桐華が遙に依存してるように、遙も桐華に依存している。
共に依存しあっているうちはいいが、どちらかが…桐華が遙のもとを離れるようなことがあれば、遙はどうなるんだろうか。
依存しあう状態が悪いとか、そういうことは思わないが、いつか来てしまうかもしれない日に怯えながら過ごすのか?
「私だって分かってるよ…。いつまでも、こんな状態でいちゃいけないって…。でも、私は、いつまでも桐華の側にいたい…。桐華の世話をしてあげたい…」
「…俺だって、そうですよ」
「えっ?翔?」
「俺だって、いつまでも弥生の側にいてやりたい。弥生は、いつまでも俺の妹ですから。でも、いつかは離ればなれにならないといけないときが来るんです。弥生が結婚するときかもしれないし、俺が死ぬときかもしれない。それが分かってるからこそ、甘えやワガママじゃない、本当の頼り合いってのが成立するんじゃないかって、俺は思うんです」
「………」
「すみません…。若造が偉そうなこと言って…」
「ううん。…何か分かった気がするよ。翔のお陰で。何か、分かった」
「…そうですか」
「うん。ありがとね」
「いえ…」
私の出番はなくなったようだ。
いや、もともとなかったんだろうか。
…いつかは離ればなれになるから。
だから、それが分かれば、本当に頼り合える。
確かに、そうなのかもしれない。
いつか終わってしまうのが分かっているからこそ、今を大切に出来る。
きっと翔は、そういうことを言いたかったんだろうな。