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ツカサは、よっぽどこたえたのか、夕飯の間もずっと俯き加減で。
一方、マオは、少し怒っているようにも見えた。
「どうしたの?この子たち」
「直接聞けばいいじゃないか」
「えぇ…。聞きにくいよ…」
「じゃあ、聞くな」
「ねぇ、紅葉がいじめたの?」
「いじめてない」
「ふぅん?じゃあ、なんで?」
「………」
桐華…。
聞きにくいと言いながら、興味津々じゃないか…。
「そうだ。明日でもう帰るんだよね?」
「ああ」
「夜には着きたいから、朝早くに出るよ」
「一番心配なのはお前だけどな」
「え?なんで?」
「朝、起きられるのか?」「あー、どうかな」
「お前な…」
「あはは、大丈夫大丈夫。遙に起こしてもらうから」
「お前な…」
「いいじゃん。こういう関係がいつまで続くか分かんないんだし。甘えられるときは精一杯甘えとかないとね」
「それが原因で仲が悪くなったりするかもしれないとか思わないのか?」
「なんで?」
「………」
まあ、思わないだろうな。
桐華もそうだけど、遙もそういうやつじゃないし。
相性の良い組み合わせ…ということか。
「ツカサ、どうしたの?元気ないね」
「うん…」
「紅葉にいじめられた?」
「………」
フルフルと首を横に振る。
だから、いじめてないって…。
ていうか、聞きにくいとかいいながら、普通に聞いてるじゃないか…。
そういうやつだとは分かっているが、やはり理解不能だな。
「紅葉にいじめられたら、すぐに言いなよ。ぼくがとっちめてやるから」
「お前がオレに勝てたことなんてないじゃないか」
「あれ?そうだっけ?」
「ああ」
「ごめん…。力になれないみたい…」
「………」
「そもそも、誰もお前に期待してない」
「あれ?」
「まったく…」
今のやりとりで、みんなの表情が少し弛んだ気がした。
…桐華は、自分の空気を感染させる達人だな。
本人は全く意識してないんだろうけど。
暢気に歌なんか歌っている桐華にお湯を掬って掛けてやる。
すると、ムッとしたような顔をして、手で作った水鉄砲で反撃してくる。
「もう…。あんたたちは何やってるの?」
「水の掛け合い」
「それは見れば分かるけど…」
「じゃあ、口出しするな」
「紅葉も何言ってるのよ。遊ぶならもっと向こうに行きなさい」
「向こうは熱いから嫌だ」
「はぁ…。紅葉って、桐華とお風呂に入ると子供っぽくなるよね…」
「そうか?」
「そうだよ」
呆れ顔で、遙は湯船に浸かる。
…そんなに子供っぽいのか?
私には分からないけど…。
「紅葉って何歳だっけ。二十歳?」
「ああ」
「そう。じゃあ、もうダメだね」
「何がだ!」
「何だろうね。ユカラとマオはまだまだ大きくなるから大丈夫だよ」
「…遙お姉ちゃんくらい?」
「それは分からないけどね。最悪、桐華か灯くらいにはなると思うけどねぇ」
「なんでオレの方を見るんだよ!」
「だって、ねぇ」
好きでこんな胸をしてるんじゃないのに…。
ていうか、なんでこんなに責められるんだよ…。
胸がないのは罪なのか?
だとしたら、なんて理不尽な罪なんだ…。
「それでさ、男湯ってどうなってるのかな」
「何、桐華。気になるの?」
「うん」
「そんな率直な…」
「ねぇ、覗いてみようよ」
「覗きは男子の特権でしょ?」
「そんなことないよ!ぼくたちにも許されるはずだよ!」
「桐華。力強く言うのは良いが、壁のすぐ向こうが男湯だし、丸聞こえだぞ」
「じゃあ、ちょうどいいじゃん」
そう言って、壁をよじ登り始める。
…まあ、私は止めないけど。
遙も困ったような顔で肩をすくめている。
ユカラとマオは顔を真っ赤にさせて、桐華の方をチラチラと見て。
「あーっ!ツカサ!」
「………」
「こっちこっち!」
「………」
「どう?男湯って。女湯とどう違うの?」
「………」
「ねぇ、聞こえてる?」
「と、桐華さん!?」
「あっ、翔!ちょうど良かった!男湯ってどんなかんじ?」
「何やってるんですか!早く戻ってください!」
「誰と喋ってるの、兄ちゃん?」
「あ、弥生もいるんだ!男湯ってどんなかんじなの?」
「えっ?普通…だけど…」
「そっかぁ。普通かぁ」
「…何してるの?」
「んー、覗き」
「………」
「とりあえず、戻ってください!危ないですから!」
「いいなぁ。ぼくも、もうちょっと小さかったら、男湯に連れていってもらえるのに」
…誰にだよ。
まあ、もうそろそろ潮時か。
「うわっ、誰?足、掴んでるの!」
「降りろ。もう充分見ただろ」
「やだ!向こうに行く!」
「バカなことを言ってるんじゃない」
桐華を引きずり落とす。
それでも、まだ駄々をこねて暴れているけど。
「もう充分だろ。お前は危険すぎる」
「何がよ」
「その思考回路が、だ」
「だって、みんなだって気になるでしょ?」
「気にならない」
「えぇ…」
「まあいいじゃない。ね、桐華。そろそろ上がろっか。いろいろ話もあるしね?」
「えっ?」
遙はニッコリと笑いながら、桐華の肩をガッチリと掴む。
本能的に、経験的に、危険を察知した桐華は、助けを乞うような視線を投げ掛けてきて。
「はぁい、こっちよ~」
「やだっ!助けて!紅葉!助けて!」
「みっちり怒られて、しっかり反省することだな」
「いやぁ~!」
そして、二人は脱衣場に消えていった。
まったく…。
「…オレたちも上がるか」
「…うん」
すっかり茹で上がったユカラとマオを連れて、脱衣場に向かう。
桐華の断末魔が聞こえる気もするが、たぶん気のせいだろう。
きちんと身体を拭いて、脱衣場に戻った。
桐華は、かなりみっちりと絞られたらしい。
こっちに来て、子供たちに混じって眠っている。
「ホントに、子供みたいなやつだろ?身体以外は」
「………」
「はは、お前には刺激が強かったか?」
「…少し」
「そうか。まあ、ナナヤでも十四だしな」
「うん…」
「一緒に風呂に入ることはあったのか?」
「うん…。俺たちだけ別に時間が設けられて、でも、十五分とかそんなだったから、みんなで入ってた…」
「そうか」
「………」
じゃあ、男女で分かれて入ったのは初めてということか。
初めてなのに覗かれて災難だったな。
風呂嫌いにならなければいいが。
「…紅葉姉ちゃん」
「ん?」
「俺たち、邪魔かな…?」
「今のままではな」
「…どういうこと?」
「それは、お前たち自身が考えることだ。カイトにも言ったんだけど」
「カイト?」
「あぁ、すまない。こっちの話だ」
「……?」
「衛士になりたいという心意気は嬉しい。すぐにでも働いてほしいくらいだ。でも、今のままじゃダメだ。昼に言ったことが理由だ」
「…あ」
「ん?」
「分かった、気がする」
「そうか」
「明日、みんなともう一回相談してもいいかな」
「ああ。いつまでも待ってるよ」
「ありがと」
ツカサは、少しだけ尻尾を振った。
…ほら、分かってくれただろ?
私の見込んだ通りだ。
「お休み、紅葉姉ちゃん」
「ああ、お休み。明日は早いらしいからな」
「うん」
明日が楽しみだ。
ツカサたちの答えが聞ける。
それから、久しぶりに城のみんなに会える。