200
洗面所で合わせ鏡をして、サンに三編みを見せてやる。
サンはかなり気に入った様子で、嬉しそうにはしゃいでいた。
ナナヤも、それを見て満足した様子で。
「よかったね」
「えへへ」
「可愛いよ」
「うん!」
「…サン」
「うん?」
「この鏡、大切に使ってくれる?」
「……?」
「大切に使ってくれるなら、サンにこの鏡あげるよ」
「ホントに?」
「うん。ホント」
サンは鏡を横に置いて。
そして、ナナヤに抱きつくとニッコリと笑う。
「大切にするよ!」
「そう。ありがとね」
「えへへ」
頭を撫でてもらって、余計に嬉しそうで。
…この鏡は何なんだろうな。
特別な思い入れがあるんだろうか。
「ナナヤ。あとはもういいか?」
「あ、ツカサ。ちょっと待って」
「うん」
「じゃあ、紅葉お姉ちゃん。ちょっとまた行ってくる」
「ごゆっくり」
「うん。ありがと」
軽く手を振って洗面所を出ていった。
…何か、ツカサに合図を送ったようにも見えたけど。
ツカサはそれを見送ったあと、こっちを向いて。
「…紅葉姉ちゃん」
「ん?」
「俺たち…決めたんだ」
「何を」
「俺たち、城で衛士として働きたいんだ。だから…」
「………」
「入隊試験とか厳しい訓練とかがあるなら、乗り越えてみせるから…。だから…俺たちに、恩返しをさせてくれ!」
「恩返し、か…」
「ダメなのか…?」
「………」
哀しそうな顔をするツカサの頭を一回はたいておく。
私が言いたいのはそういうことじゃないよ。
「オレたちは、そういうのは望んでいない。前に言ったかな。忘れたけど」
「………」
「お前は、サンを助けるときに見返りを求めないだろ?今のサンに見返りを求めても仕方ないというのもあるだろうが、その前に、同じ家族の一員だからということがあるだろ。オレたちもそうだ。恩返しとか、そういうのは求めていない。そういった気負いでやるくらいなら、思いっきり遊んで食べて寝て、のびのびと育ってくれる方がよっぽど恩返しになる」
「でも…」
「でもも鴨もないんだよ。そうやって気張っているやつほど、失敗しやすい。そういう意味でも、お前たちは要らないんだ」
「そんな…」
「紅葉お姉ちゃん!」
と、マオがいきなり飛び出してきたものだから、サンはびっくりして飛び上がっていた。
やっぱり、みんなで聞いてたんだな。
さっき出ていったはずのナナヤと一緒に、イナ、キリ、シュウも出てきた。
「そんなのって酷いよ!せっかく、恩返しが出来ることを見つけたのに…」
「マオ。せっかくとは言うが、じゃあ、恩返しは押し付けるものなのか?お前の言い方では、そう取れなくもないぞ」
「うっ…。ち、違うもん…」
「オレたちに恩返しは不要だ。気にするな。言いたいのはそれだけだ。サン、行くぞ」
「う、うん…」
まだドキドキしてるサンを連れて、洗面所を出る。
ツカサとマオは悔しそうに俯いて、ナナヤとイナはおどおどとして。
キリとシュウは、そこまで気にしていないようだった。
…上手く気付けばいいが。
衛士になりたいと思ってくれるのは嬉しいが、そういうことではないんだ。
それに気付けたときには、歓迎しよう。
ツカサたちは荷物が多いから、馬車で帰らせた。
だから、私とサンと望で街の中を歩いて帰る。
しかし、割と距離があるためサンが途中で疲れてしまい、公園でひとまず休憩。
「紅葉」
「なんだ」
「お前は本当に難しい人間だな」
「お前よりはマシだ」
なんでカイトが出てきたんだろうか。
少し傾きも大きくなった太陽の下、望もサンも昼寝を始めてしまったから、まあ話し相手になってくれるのは嬉しいけど。
でも、そんな苦言から入るあたり、嬉しくないな。
「直接言ってやったらどうなんだ」
「それではつまらないだろう。答えは用意してもらうんじゃなくて、自分で見つけるものだ」
「そうは言うが、あのときの…特にツカサは、かなり傷付いてたみたいだぞ」
「だから、答えを見つけられるんじゃないか」
「どうだろうな。そのまま心が折れてしまうかもしれん」
「…そんなやつじゃないよ、ツカサも、みんなも」
「まあ、そうだろうな」
「オレは信じているから」
「ふふふ」
「なんだ、気持ち悪いやつだな」
「いやな。お前は本当に、母親にそっくりだと思って。乱暴な話し方は父親にそっくりだが」
「悪かったな、乱暴で」
「灯は父親と母親を混ぜて刺々しさを除いたような性格だが、お前は母親の性格を丸写しだな。話し方は乱暴だが」
「何回も言うな」
「事実だろう」
「まったく…」
「一葉の、家族に対する愛情は人一倍強かった。それこそ、シャルナかと思うくらいな」
「伝説上の生き物だろ」
「そうか。お前は知らないか」
「何をだ」
「いや、なんでもない」
「……?」
「とにかくだ。一葉とお前はよくにている。名前の字面が似ているからかもしれないな」
「それだったら、葛葉なんかも似てることになるじゃないか…」
「はは、そうだな。話し方は似てほしくないものだ」
「その心配はいらない。葛葉は、風華の娘だからな」
「そういえば、そうだったな。それなら安心だ」
「………」
「そう怒るな」
「怒ってない」
「そうか?」
「………」
カイトは、わざとらしく首を傾げる。
…怒ってないわけないじゃないか。
それを分かってて、わざとああいうことを言うんだからタチが悪い。
「お前も似たようなものだがな」
「似てない!」
カイトなんかに似てたまるか。
…でも、お母さんに似てると言われたのは嬉しかった。
と、こんなことを考えてると、また足を掬われかねないんだけど。
でも、やっぱり嬉しかった。