20
「わぁ~、何これ~」
「お母さん、ありがとう」
「どういたしまして」
望と響が厨房から戻ってきたので、それぞれに小袋を渡す。
望には首輪、響には足輪。
二人とも、よく似合っていた。
…それにしても、会ったこともない子の装飾具を、こんなに似合うように作れるものなんだろうか。
大きさもちょうど良いかんじだし。
「えへへ、首輪だ~」
「似合ってるよ、望」
「わたしは?わたしは~?」
「響も似合ってる」
「うん、ありがと~」
喜んでくれて良かった。
あとは…
「私が渡してきてあげよっか?」
「な、何のことだ?」
「まあ、自分で渡せるっていうなら、それでもいいけど~」
「何を渡すんだ?」
「はわっ!に、兄ちゃん!もう…びっくりするじゃない…」
「紅葉、これ、伝令、頼めるか?」
「あ…うん…」
風華ほどではなかったけど、私も相当びっくりしてしまった…。
と、風華が肘でつついてくる。
…分かってるよ。
「い、犬千代…。これ…」
「ん?何?」
「あ、開けてみて…」
「……?うん」
「………」
「…これは?」
「オ、オレから…なんだけど…」
「そうか。ありがとう。…つけてみてもいいか?」
「…うん」
利家のは、風華と同じ、首飾り。
ただ、細工が少し違っていて、こちらは剣を模したものになっている。
「わぁ、格好良いね!」
「そうだな。ありがとう、紅葉」
「う、うん…」
「あ。急ぎの仕事があったんだった…。ごめん、紅葉。また後でな。これ、ありがと」
「ど、どういたしまして…」
「じゃあな」
軽く手を振って、向こうへ走っていってしまった。
「ちゃんと渡せたね」
「うん…」
「じゃあ、私は兄ちゃんをからかいに行くかな~」
「か、からかう…?」
「ふふ、じゃあね~」
「あ、待って!どういう意味なの!?」
それには答えず、ニコリとして、走っていった。
…どういう意味だったんだろ。
すごく気になる…。
「ぅむ…」
気が付くと、望と響も、光の横で寝ていた。
…私はどうするかな。
うーん…桜の部屋に行こうか…。
っと、その前に伝令だ…。
四つの部屋を順に覗いていくと、右奥の部屋に桜はいた。
「…ん?」
「あ、起こしたか?」
「ううん…ちょっと目が覚めた…」
「入っていいか?」
「良くないわけないじゃない…」
「そうか」
扉を開けて中に入る。
桜は布団にくるまって寝転がっていた。
「首輪は外してるのか?」
「うん…壊しちゃいけないもん…」
「そうか」
「せっかく、いろはねぇ に貰ったんだから大切にしないと…」
「ありがとう」
「えへへ…なんで いろはねぇ がお礼を言うのさ…」
「オレが贈ったものを大切に想ってくれてる。だから、ありがとう」
「うん…」
頭をゆっくり撫でてやると、心地良さそうな表情を浮かべて、また眠りに落ちていった。
…チビたちに桜。
そろそろ私も眠たくなってきた…。
ちょっと寝るかな…。
目が覚めると、布団が掛けられていて、桜はいなかった。
今何時くらいなんだろ…。
とりあえず、布団を畳んで部屋の扉を開ける。
「あ、いろはねぇ、起きたんだ」
「ん?」
隣の部屋から桜の声がした。
「何してるんだ?」
「お裁縫だよ」
「ほぅ…どれどれ」
「どう?」
桜に渡されたのは、小さな袋。
首輪が入っていた袋だ。
桜が首を傾げると、チリン、と鳴った。
袋の下の方には桜色の糸で、綺麗に「さく」という字と、「ら」の途中と思われる字が刺繍されていた。
「上手いな。こういうのは得意なのか?」
「うん!あ、いろはねぇ にも、何か作ってあげよっか?」
「ああ、頼むよ」
「何がいい?あれかなぁ、髪留めとか!」
「そうだな…でも、髪はあまり気にしないかな…」
「えぇ~、そんなに長いのに、勿体無いなぁ…」
「桜は伸ばさないのか?」
「うーん…一回、伸ばしてたときもあるんだけど、すっごく邪魔になったからやめちゃった」
「自分で切るのか?」
「ううん。風華が切ってくれるんだ~。としにぃ の方が上手いんだけどね」
「ふぅん」
「でも、そうなると、何がいいかな…」
そういえば、私は、特別に何かを欲しいと思ったことがないかもしれない。
母さんは、帯止めとか、簪とか、とにかく可愛いものには目がなかった。
夜勤組だったり外回りのときなんかは、それを嬉しそうにつけていた。
でも、なんでだろう。
私は母さんの身につけるものを可愛いとか格好良いとか、そんなことを思いこそすれ、自分も欲しいと思ったことはなかった。
…母さんは、そういったことに興味を持ってほしかったみたいだけど。
狼としての生活が長かったからかな。
とにかく、装飾具や、贅沢品と呼ばれたりするものについては、だいぶ疎かった。
「何考えてるの?」
「ん?ちょっとな」
「……?」
「やっぱりいいよ。その気持ちだけで充分だ」
「ダメだよ!ボクが、いろはねぇ のために、何か作ってあげたいの!ねぇ、何が良い?たいがいなんでも作れるからさ」
「うん、ありがと。でも、ホントに…」
「………」
桜が一瞬、泣きそうな顔をする。
「ボクからの贈り物は受け取ってくれないの…?」
「いや…そういうわけじゃ…」
「でも…でも…」
そして、ついに泣き出してしまった。
「いろはねぇ…うっ…うぅ…」
「桜…泣くなって…」
「だって…うぅ…」
「桜…」
考えるんだ。
私が今、欲しいものは?
なんだ。
考えろ…。
………。
「あ、そうだ」
「……?」
「これだよ」
懐から箸を取り出す。
…桜に一番最初に貰った朱塗りの箸。
毎食後に、綺麗に洗ってはいるが、清潔しておくべきものだ。
懐に直接入れるのは気が引けるので、今は適当な布にくるんでいるんだけど…。
「これを入れる袋を作ってくれないか?」
「これ…ボクがあげた…」
「ああ。大切に使ってるよ」
「これを…入れる袋がいいの…?」
「ああ。作ってくれるか?」
すると、袖で涙を拭いて、ニッコリとする。
「うん!頑張って作るね!」
「ああ。頼んだぞ」
「うん!」
そして、桜をギュッと抱き締め、頭をガシガシ撫でる。
「えへへ、痛いよ~」
やっぱり、笑顔が一番!だな。
桜は嘘泣きが出来るほど器用ではありません。
泣いてるときは、本気で泣いているんですね。