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「隊長~!こっちに来ませんか~?」
「いや、遠慮しとくよ」
「そうですか~」
宴が始まって数分もしないうちに、農民だとか衛士だとかの境界はなくなったようだ。
でも私は、農村秘伝の酒を少々貰ってきて木陰に座っていただけだった。
何か、実感が湧かなかったから。
これが夢なんじゃないかって、まだ考えていた。
「お嬢さん。お一人ですか?」
「ああ。今のところはな」
さっき聞いた声。
蜂起の首謀者、利家の。
「宴に行って来いよ。今日はもうずっと宴だろうし、参加しとかないと損だろ?」
「そういう犬千代こそ、なんだってこんなところにいるんだ。また明日…じゃなかったのか?」
また明日…のところは、利家に似せてみた。
すると、利家はクスリと笑って。
…その笑顔に、少しドキリとしてしまった。
「そのつもりだったんだけど、宴が楽しそうだったからな。ちょっと出てきたんだ」
「出、て、き、た?」
「あ…」
声からすると、さっき水を操って火を消した"風華"らしい。
相当怒ってるみたいだけど…。
「兄ちゃん?後始末、まだ残ってるよね?なんで逃げたの?」
「あ…いや…宴に参加しようと思ってだな…」
「もう!そうならそうって言えばいいのに!」
「え…?」
「何してるの?二人とも!早く行こ!」
「ああ」
風華に怒られると思ってたらしい利家は、拍子抜けしたらしい。
しばらく呆然としていて、フッと気付いたように、私たちの後を追ってきた。
…たしかに、あんな楽しそうな宴は、参加しないと損しそうだな。
日も傾いてきたころ、広場の真ん中に、いつの間にか大きな焚火が燃え盛っていた。
「じゃあ、いきますか!」
「おーい!衛士の誰か!風華の相手をしてやれ!」
「なんだ?」
「呑み比べだよ。村じゃ風華に敵うやつは、もういないんだよ…」
呑み比べだな。
「オレが行こう」
「よっ!隊長!大蛇っぷりを見せ付けてやってください!」
「ああ、任せとけ!」
「あんなこと言ってるぞ!風華!あの女隊長なんか潰してやれ!」
「もっちろん!」
かくして、私と風華の呑み比べ大会が開催された。
空になった容器を逆さにしてみせる。
もう何杯呑んだだろうな。
「お~い!もっと強い酒はないのか~!」
「ふふ…紅葉もやるね…」
「ふん。こんなのまだまだ序の口だ。どうだ?風華はもう限界か?」
「こんなの…まだまだ…」
「無理するなよ」
「無理なんか…してないもん…」
「お~い!医務班!待機だ!」
「全員潰れて寝てますよ!」
「むぅ…仕方ないな…」
「医務班なんて…いらないよ…。紅葉の方こそ…限界なんじゃないの…?」
「オレ?オレは全然平気だけど」
「どうか…な…」
と言ったところで、風華は倒れてしまった。
「言わんこっちゃない!おい!医務班を叩き起こせ!」
「はいっ!」
「大丈夫か、風華!」
「うん…ちょっと…無理…」
「まったく…」
風華を担いで、医療室まで運んでいく。
利家はというと…こっちも酔い潰れていた。
「紅葉…ホント…強いんだね…」
「ん?オレ?自分ではそんな強いって印象はないんだけど、気が付いたらみんな寝てるから、いつも一人で呑んでたな」
「今…酔い…回ってるの…?」
「ん~、酒を呑んでも、水を飲んだときと変わらんな…」
「…ホント…鉄の肝臓だね…」
「なんだそれ」
「はぁ…ヤマタノオロチもびっくりな酒豪っぷりだよ…」
「隊長!すみません!」
「解酒剤でも調合してやれ。あと、風華。酒は禁止だ。お前にはまだ早い」
「え…バレてた…?」
「当たり前だ」
「どういうことですか?」
「どうでもいいから、早く調合を」
「あ…はい…」
ゴリゴリと薬草を磨り潰す音だけが、しばらく続いた。
…医療室には、金にものをいわせて買い集めさせた薬品が、無駄に並べられている。
何に使うのか分からない、得体のしれないものも多数見受けられるが…。
「あれは…リグナの毒を中和するための…血清…」
「え?」
「紅葉…なんか…見てたから…。でも…管理の仕方がなってない…。貴重な血清なのに…」
そう言って、身体を起こして薬棚に向かおうとする。
「おい!安静にしてろ!」
「ダメだよ…これは…ちょっとした温度変化で…成分が変わるんだから…」
「オレがやるから、お前は寝てろ!」
「あぅ…ごめん…」
「調合出来ましたよ」
「ほら、それ飲んで」
「うぅ…嫌な匂い…」
「自業自得だ。そんなんで、今までどうやって村人を負かしてきたんだ…」
「先に中和剤を飲んで…。でも…紅葉は全然潰れなくて…」
「そんなことをしてたのか」
「だって…美味しそうだったもん…」
「もうやるなよ。あと四、五年ってところだろ。我慢しろ」
「うぅ…お酒…」
「バカ」
風華の頭を軽く叩く。
…まあ、分からんでもないけど…な。
「うぇ…マズ…」
「良薬口に苦し。今までの罰だと思えばいい」
「罰…。あ…あの血清は…暗くて涼しい場所に置いといて…」
「はいはい」
床下の収納庫に入れておく。
ここならいいだろ。
「あ…あと…あそこの薬は…」
そのあとはずっと、風華の指示の通りに薬品を保管する作業に追われた…。
ん…?
朝か…。
いつの間に寝たんだろう…。
風華の指示がやっと終わって…。
それからは覚えてない…。
「おはよ!姉ちゃん!」
「ああ…おはよう…。もういいのか?」
「うん。あの薬、ホント効くね!」
「あれは…オレが昔…」
しまった…。
「昔…何?」
「なんでもない…」
「えーっ!気になる!」
「オレは気にならない」
「そりゃ、姉ちゃんは自分で知ってることだもん!」
「もうこの話は終わり終わり」
「うぅ~、気になる~!」
風華くらいのとき、私も同じように酒を呑んで倒れて、そのとき教わった薬だなんて言えない…。
未成年の飲酒は禁止されてます。
二十歳になってから呑んでください。