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昼ごはんが終わる頃、ちょうどツカサたちが帰ってきた。
サンは、みんなに三編みを褒めてもらって上機嫌だった。
「これは?」
「それはいい」
「うん」
「あっ、これだ。サン!こっちに来なよ!」
「いないぞ」
「えっ?どこに行ったの?」
「さあな」
「もう…」
どこに行ったんだろうな。
警察署の中にいるのは確かだけど。
「これは?」
「それはいる」
「お姉ちゃん、これは?」
「いるよ。ありがと」
「うん」
しかし、こんなにたくさん、よく溜め込んだな。
ビー玉とか、おはじきとか。
…まだ掛かりそうだな。
「ちょっと散歩がてら、サンを探してくるよ」
「あ、うん。ごめん。まだ掛かる」
「気にするな。ゆっくり吟味してくれ」
「うん。ありがと」
軽く尻尾を振って答える。
それから、保管庫を出て。
さて、サンはどこにいるかな。
望がついているとはいえ心配だ。
「隊長」
「ん?伊兵衛か」
「はい」
「また留守番か?」
「いえ。今日は非番です」
「じゃあ、なんでここにいるんだ」
「ちょっと忘れ物を取りにきたんです。このキセルを」
「キセル?お前、煙草を吸うようになったのか?」
「いいえ。これは、大切な形見なんです」
「形見?初耳だな」
「こっちに来てからの話ですからね」
「ふぅん…」
「聞きたいですか?」
「話したいのか?」
「はい」
「じゃあ、話せばいい」
「まあ、立ち話もなんですから、仮眠室にいきましょう。望ちゃんもサンちゃんもいますよ」
「そうか」
割とすぐに見つかったな。
それにしても、仮眠室で何をしてるんだろうか。
昼寝か?
「これ、お世話になった大先輩のキセルなんです」
「ふぅん。上司か?」
「はい、そうなりますね。でも、気さくな方で、そういった上下関係に全く拘らない人でした。そのあたりは隊長に似てますね」
「そうか?」
「ええ。それで、今は退職されてるんですが…」
「待て。生きてるのか?」
「はい。あ、形見なんて言ったから、亡くなってると思いました?」
「ああ。思いっきり」
「それは…すみません」
…誰に謝ったんだろうか。
その大先輩にか、私にか。
「まあ、話を戻しますね」
「ああ」
「その方は、僕がこっちに来たときにはもうかなり高齢で、あと一年で退職するってところだったんです。その…高齢だったというのもあり、現場とかのきつい仕事は出来ないとなって、新米の指導係をやっていたらしいんです」
「ふぅん…」
「その年に入ったのは僕だけで、手厚い指導を受けることが出来ました」
「厳しかったのか?」
「ええ。でも、優しかったです。ここも隊長に似てますね」
「そうか?」
「はい。…それから一年、その方からいろんなことを教わりました。いろんなことを」
「………」
「途中経過は飛ばさせてもらいますね」
「ああ」
「なんやかんやで、あっという間に一年は過ぎて、いよいよ退職の日になりました。朝から天気が良くて、散歩に連れ出されたんです。一年の感想とか想い、あとは成績発表なんかもあったんですけどね。中の上だと言われました」
「半端だな」
「ええ。これからまだまだ伸び代はあるし、逆に落ちていくことも出来る、ということで、こういう評価だったらしいです」
「なるほどな」
「はい。…その日の時間は、驚くほどにゆっくりと過ぎていきました。たくさん、たくさん、話しました。今まで話せなかったようなことも。それで、最後に、署の屋上で夕焼けを見たんです。いつか、前の隊長と一緒に城で見た夕焼けと同じくらい綺麗でした」
「母さんと夕焼けを見たのか?」
「はい。飼っていた犬が死んで落ち込んでいたときに、前の隊長が励ましてくれたんです。それで、そのときに、夕焼けを見ながら話をしたんです」
「ふぅん」
「隊長みたいに、強くて、優しくて。憧れだったんですよ?」
「そうか」
「はい。それで、話を戻しますが。その夕焼けの中、このキセルを渡してくれたんです。これは、先代から受け継いだものだって」
「先代?」
「はい。先輩の先輩です。これは、ずっと受け継がれていってるものだから、私もいつか、これを渡せるような後輩を育てるんだって、そう言われました」
「………」
「あとは、後悔しない人生を歩めって。どうやったら出来ますかって聞いたら、自分で考えろって。あはは、そりゃそうですよね」
「まあな」
「本当に、漢気溢れる方でした」
「そうだな」
「あ、そうか」
「ん?」
「なんで、あの人についていけたんだろうって、ずっと考えていたんです。優しいとは言いましたが、かなり厳しい方で、その人の下に就いて辞める人も多かったらしいんです。でも、僕はついていけた。他の人より精神面で勝っているとも思えないのに」
「なんでなんだ?」
「隊長にそっくりなんです。まあ、隊長の方が優しいですが。でも、隊長にそっくりだから、私もついていけた。隊長は、僕の憧れですから」
「憧れ、ねぇ」
「はい。憧れです」
「オレは、そんなに漢気が溢れているか?」
「はい!あっ、いえ…」
「オレはいちおう女なんだがな」
「すみません…。つい口が滑って…」
「………」
「でも、憧れであることに変わりはありません。隊長は、いつまでも僕の憧れの隊長です!」
「…そうか。ありがとうな」
「いえ。…生意気なこと言って、すみませんでした」
「はは、いいよ」
漢気が溢れているって聞いて、少し傷付いた気がしないでもないけど。
…とりあえず、仮眠室に着く前に話は終わってしまった。
そのあとも、伊兵衛は自慢の先輩の話を続けていたけど。
よほど好きなんだな。
その先輩のことが。
私もそうなれるように、見習いたいものだ。