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部屋の前まで戻ってきたけど、それらしいものはなかった。
サンはいつの間にか眠ってるし。
「ないねぇ」
「そうだな」
「どこに落としたんだろ」
「さあな。とりあえず、部屋に入ろう」
「うん」
とりあえず、部屋に入る。
布団は片付けられていて、サンを置いておく場所がない。
窓際には望がいて、外を見ていた。
「望」
「あ、お母さん、ナナヤお姉ちゃん」
「私の名前、覚えててくれたの?」
「どういうこと?」
「昨日いなかったからさ、忘れてるかと思って」
「一昨日はいたよね?」
「うん、まあ」
ナナヤは、なぜか照れくさそうに笑って。
何に照れてるんだろ。
「それより、望。サンが買ってもらった何かって分かるか?」
「うん。これでしょ?」
懐から何かを出して渡してくれる。
サンを壁に寄せて、それを受け取った。
「髪紐か?」
「うん。お母さんに結ってもらうんだって、はしゃいでたよ」
「ふぅん…。それで…」
「落とすといけないから、望が預かってたんだけど…。探してたの?」
「ああ。サンは預けてたことを忘れてたらしい。どこにもないって泣いてな」
「あはは。なんか、可愛いね」
「大変だったんだから。まあ、可愛いは可愛いけど…」
そう言って、ナナヤはサンの頬を引っ張る。
すると、サンは煩そうに首を振って、目を開けた。
「んー…」
「可愛いね~」
「やぁの…」
「あはは、ごめんね」
「サン。お前が買ってもらったいいものってのは、これのことか?」
「あっ!それ!」
「望に預けてたんだろ?」
「あ…うん…。忘れてた…」
「ほら、こっちに来い。結ってやるから」
「うん!」
まあ、見つかってよかった。
サンは嬉しそうに駆け寄ってきて、私の膝の上に座る。
…脇のところを抱えて、前に下ろす。
「んー!」
「膝の上に座ったら、近すぎて結えないだろ。そこに座ってろ」
「うぅ…」
「私が抱っこしてあげよっか?」
「うん」
「ほら、こっちに来て~」
「えへへ」
サンはまた、嬉しそうにナナヤのところに駆けていって。
思いっきり抱きついたものだから、ナナヤは一瞬顔をしかめて。
「あはは…。ちょっと痛かったかな…」
「よかったな、お姉ちゃんに抱っこしてもらって」
「うん!」
「そのままナナヤの方を見てろよ」
「うん」
サンはどういう風に結えばいいかな。
三編みかな…。
ユカラと同じになるけど。
風華みたいに後ろで束ねてもいいな。
んー、でもまあ、三編みがいいかな。
「三編みにしようか」
「あ、いいね。似合うと思うよ」
「うん。ユカラお姉ちゃんと一緒だね」
「よし。じゃあ、三編みだ」
綺麗な髪だな。
結わなくてもいいくらい綺麗なんだけど。
でも、サンはとにかく、この髪紐を使ってほしいらしいから。
丁寧に結っていく。
「一夜 三日月 二上の山の
一人 見知らぬ 西への道を
登って 歩いて 山越えて
いざや 行かん 大坂へ」
「え?何の歌?」
「三編みの歌だ。知らないか?」
「知らない」
「そうか」
「なんで三編みの歌なの?」
「一夜、三日月、二上の山の。一人、見知らぬ、西への道を。この二つの区切りでは、結う順番を示している。一夜と一人は一番目の位置の髪を、三日月と見知らぬは三番目の位置を指してる。二上の山と西への道は二番目の位置だけど、次の歩いて、登って、山越えての部分で、一番目と三番目を上から被せるように結うってことを指示してるんだ」
「最後は?」
「まあ、最後は付け足しだな。大坂に行こう、ということだ」
「大坂?」
「ムカラゥの旧名だ。二上は、ルクレィの西の方にある山の名前だったらしい」
「ふぅん。ルクレィの旧名は?」
「さあな。それは自分たちで調べるんだ」
「えぇ…」
「たまに、そういうことを調べたりするのも面白いぞ。城の資料庫を覗いたり、天照の文献を借りたりしてな。帰ったら調べてみろ」
「うん、分かった」
「さて。望。髪紐を貸してくれ」
「うん。はい」
望から髪紐を受け取って、髪が解けないように結ぶ。
…うん、なかなか良い出来だ。
「これでよし。ほら、サン。出来たぞ」
「えっ!見せて!」
「サンはちょっと見えないかな…。ユカラお姉ちゃんなら、髪も長いから見えるけど…」
「えーっ!」
「鏡は持ってないのか?」
「あっ、私、持ってるよ」
「じゃあ、貸してやれ」
「うん…って、隠れ家に置いてきたんだった…」
「そうか。警察に取りに行かないとな」
「うん…」
「見たい!見たい!」
「サン。昼ごはんを食べたら、昨日のところに行こう。そこにナナヤの鏡があるから、それを貰ってくるんだ。そしたら、見えるから」
「ヤ!今見たい!」
「鏡がないんじゃ見れないだろ?分からないのか?」
「見たい!見たいの!」
騒ぎ立てるサン。
確かに、ちょっと可哀想ではあるが、見れないものは見れないんだから、ワガママを通させるわけにもいかない。
「見たい!」
「サン!」
「……!」
「ナナヤから離れて。ここに座れ」
「イヤ…」
「サン!」
「うぅ…」
言われた通りにナナヤから離れて、私の前に座る。
怒られるのは分かっているから、かなりおどおどしている。
「………」
「今、ここに鏡がないから見られないと言ってるんだ。分かるか?」
「………」
「分かるのか?」
「うん…」
「でも、昼ごはんを食べて、警察署に行って、ナナヤの鏡を返してもらえば見られるんだ」
「………」
「サンは、その少しの間も我慢出来ない子なのか?」
「………」
「どうなんだ」
「紅葉お姉ちゃん…」
「口を挟むな」
「………」
「どうなんだ、サン。我慢出来ないのか、我慢出来るのか」
「出来る…」
サンはもう限界のようだ。
涙を目に溜めて、少ししゃくり上げていて。
「…よしよし、良い子だ」
「……!」
「サンは、ワガママを言う悪い子じゃない。そうだろ?」
「うん…!」
頭を撫でて抱き締めてやると、もう止められなくなったらしくて。
わんわん大声で泣き始めた。
…サンは良い子なんだから。
ちょっとだけ悪い子になることもあるけど。
良い子良い子。
ちなみに、これを書いたのはアナログ放送が終了した日でした。
何の関係もないですが。