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「お腹空いたなぁ」
「まだ昼には早いぞ」
「だよね…」
「すぐに昼だから我慢しろ」
「うん…」
ため息をつく。
そういえば、獅子を見るのは初めてだけど、食べ物の好みはどんなかんじなんだろうか。
「ナナヤは何が好きなんだ?」
「え?」
「食べ物は、何が好きなんだ?」
「私は…鮭のお刺身かな」
「ふぅん…。鮭…」
「あ、お肉も好きだよ」
「そうか」
「でも、ツカサの方がお肉は好きだよ」
「男だしな」
「うん。犬だしね」
「犬は狼と似て、割と雑食だぞ。そこまで食べ物の好みに差は出ないと思うけど」
「そうなの?」
「ああ。獅子は肉はあまり食べないものなのか?」
「さあ?私以外は見たことないし。でも、私は鮭の方が好きだよ」
「ふぅん」
熊みたいなやつだ。
いや、熊といっても桐華はお茶が好きだったな。
まあ、やっぱり、種族から連想される動物とは関係ないんだろう。
「ところでさ、この指輪の話、ツカサから聞いた?」
「指輪?」
「あー、ツカサは首飾りだったかな」
「あぁ…。あれか…」
「これね、ツカサが持ってきてくれたんだ。どこからかは知らないけど。でも、これのお陰で、みんなの負担が軽くなった」
「ふぅん…」
「ね、綺麗だと思わない?」
「そうだな」
銀…?
いや、合金か。
たぶん、金と銀の。
ちゃんと手入れはしてるんだろうか。
「紅葉お姉ちゃんにあげよっか?」
「大切なものなんだろ?」
「うん。でも、いいんだ。これはもう必要ないし。これより大切なものがあるから」
「そうか。でも、これはお前が持っておけ」
「…うん。そうだね」
外された指輪を、もう一度同じ指に嵌めてやる。
すると、ナナヤはニッコリと笑って。
「欲しくなったら、いつでも言ってね」
「ああ。そのうちな」
ナナヤはまた助走をつけて跳び上がった。
…いつまでも大切にしておいてくれよ。
私が、それを貰い受けるときまで。
いつの間にか、宿に戻ってきてしまっていた。
桜たちはどうしただろうか。
あと、ユカラたちの別動隊は。
「あー、宿に戻ってきちゃったね」
「そうだな」
「お母さん!」
「ん?サンか」
「えへへ」
サンが飛び付いてきた。
ユカラたちと一緒にいたはずだけど、また一人で帰ってきたんだろうか。
心配するから、そういうことはしてほしくないんだけど…。
「紅葉お姉ちゃんの子供?」
「いや。でも、サンはオレの娘だ」
「ふぅん…?なんだかよく分かんないけど」
「まあ、そういうことだ」
「お母さん!サンね、いいもの買ってもらったの!」
「いいもの?」
「うん!えっとね…」
サンは懐を漁り始める。
でも、なかなか出てこない。
あっちやこっちや探してみるが、やっぱり見つからない。
次第に、泣き出しそうな顔になってきて。
終わりには、着物の帯を解こうとする。
「おい、サン、待て」
「だって…だって…」
「どこかで落としたんだろ。とりあえず、中に入ろう」
「うぅ…」
「大丈夫大丈夫。私たちが見つけてあげるよ」
「…お姉ちゃん、誰?」
「それもあとだ。…よいしょっと」
泣き喚くサンを担ぎ上げて、宿の中に入る。
まずは乱れた服を整えて。
「お母さんに…見せたかったのに…」
「分かった分かった。一緒に探そうな」
「うっ…うぅ…」
「ほら、涙を拭け。泣いてたら探せないぞ?」
「うん…」
サンは袖で顔を拭って。
まだちょっと泣きそうな雰囲気だけど、なんとか耐えている。
うん。
良い子だ。
もう大丈夫だな。
「じゃあ、探しにいこうか」
「うん…」
「ナナヤも来てくれるな?」
「もちろんだよ」
「よし。じゃあ、サン。来た道を戻ってみようか」
「…覚えてない」
「まあ、そうだろうな…」
「とりあえずさ、部屋までの道を辿っていこうよ」
「そうだな」
サンを抱き上げて、廊下を歩いていく。
ナナヤも必死に探してくれているが、それらしいものはない。
食堂の前に差し掛かったので中を覗いてみると、翔がいた。
何か書き物をしてるらしい。
ナナヤは先に行ってしまったが、とりあえず声を掛けておく。
「翔」
「あ、姉さん。どうしたの?」
「サンがな。何かをなくしたらしいんだが、見てないか?」
「ごめん…。ずっとここにいたから見てない…」
「そうか。ありがとう」
「力になれなくてごめん…」
「紅葉お姉ちゃん、誰と話してるの?」
「翔だ。今は、旅団天照の一員なんだが」
「やっほ~。よろしくね」
「よろしく。えっと、ナナヤだっけ」
「うん。…自己紹介したっけ?」
「いや。でも、姉さんが盗賊団から連れ帰った人の噂は聞いてたから。マオとツカサはさっき話したし、イナが一番小さいって聞いてる。キリとシュウは双子でいつも一緒にいるみたいだし、残りはナナヤだけだろ?」
「へぇ~。探偵みたいだね」
「まあ、似たようなものだけど」
「……?」
「あ、そうだ。隠れ家の一斉押収が功を奏して、盗賊団の裏の取引先はもう壊滅状態だってさ。前から目をつけていたけど、上手く立ち回られて摘発出来なかったってところがほとんどだったらしいよ。今回は警察の手が回るのが速くて、相手も対応しきれなかったみたい」
「ふぅん…」
「知りたかったんじゃないか?こういうこと」
「まあね。綺麗さっぱりなくなってくれた方が嬉しいし」
「そうだな」
だけど、ナナヤは少し寂しそうな顔をした。
嫌な場所だったとはいえ、自分が暮らしていた場所だ。
大切なものもあったんだろう。
「あ、そうだ。押収品は警察で保管してあるらしいよ。あとで、みんなで取りに行きなよ」
「……!うん!」
「あはは、よかった」
「えっ?」
「ナナヤ、さっき一瞬、寂しそうな顔してたからさ」
「そ、そうかな…」
「うん。まあ、嫌な場所にだって大事なものは置いてあるだろうから。それが気になってるのかなって思って」
「…うん。ありがと」
「お役に立てて光栄です。ところで、サンの何かを探すのはいいのか?」
「あ、そうだった。紅葉お姉ちゃん、行こ」
「ああ」
ナナヤに引っ張られて、また廊下に出る。
出る直前にもう一度、ナナヤは翔の方に向かって手を振った。
翔は軽く尻尾を振っただけだったけど、それで充分だったらしい。
…再び、サンの何かを探す旅へ戻った。