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イナは少し不機嫌そうに尻尾を振る。
でも、桜はそんなことはお構い無しのようだ。
「いろはねぇさ、いくらまで出してくれるの?」
「昨日渡した分で終わりだ」
「えっ。じゃあ、何も買えないじゃない」
「買わなくていいよ!」
「お前、いくら使ったんだよ…」
「使ったというか、ユカラが管理してて、ボクは直接使えないんだよね」
「まあ、その方がいいだろうしな」
「えぇ…。酷いなぁ…。それにしても、この服、イナに似合うと思わない?」
「女物だろ、それは」
「女物だから似合うんでしょ?」
「女物なんて着ないぞ!」
「朝はその気だったのに」
「ち、違う!店員さんのって、喫茶店のあのお兄さんみたいなのだと思ってたんだ!」
「可愛いのって言ったじゃない」
「格好良いのって聞こえたの!」
「どう聞き間違えるのよ」
「こんなだったら、姉ちゃんとツカサと一緒に行くんだった!」
「何よ。そんな汚い服を着てるから、似合う服を探しにきてあげてるのに」
「汚くない!姉ちゃんがいつも洗ってくれてるもん!」
「あー、とりあえず、イナ。いちいち叫ぶな」
「うぅ…」
まったく…。
勘違いしていたと分かったんだから、桜も引き下がればいいのに…。
「まあ、お金も生地もないし、やっぱり城に帰ってからかな」
「帰ってからもいらない!」
「どんなのがいいかな。やっぱり、こういうのがいい?」
「イヤだって言ってるでしょ!」
「はぁ…」
そういえば、ナナヤはどこに行ったのかな。
店の中にはいるだろうけど…。
棚の背が高くてよく見えないな…。
「いろはねぇ、どう思う?」
「可愛い服もいいけど、ちゃんと格好良い服も作ってやれよ」
「可愛い服はいらないって!」
「そうか?似合うと思うけどな」
「えっ…」
「まあ、イナが嫌なら着なくてもいいけどな」
「うーん…」
「…いろはねぇって、そういうの、上手いよね」
「何がだよ」
「なんでもな~い」
「……?」
「でも、着てくれるなら、張り切って作るよ」
「………」
「ね?」
「たまになら…いいよ…」
「やったね。ありがと、いろはねぇ」
「…何がだよ」
「あはは、うん」
「………」
「まったく…」
イナには悪いことをしたかな。
でもまあ、私自身、楽しみでもあるんだけど。
イナは、また少し不機嫌そうに尻尾を振っていた。
桜は生地屋に寄ると言って、イナを引っ張っていってしまった。
服を作るための生地を探すらしいけど…。
ナナヤは少し助走をつけて跳び上がり、空中で何かを掴むような動作をする。
どういうことなのかは分からないけど、嬉しいんだろうということは分かった。
「どうしたんだ?」
「ん?んー…。ほら、歳上のお姉さんと一緒に歩く機会なんて、今までなかったから」
「そうなのか?」
「うん。盗賊に入る前は、そんなこともあったかもしれないけど、全然覚えてないし。入ってからは、言わずもがな、だよね」
「…そうか」
「マオも、私と同じくらいでしょ?大人のお姉さんって憧れるなぁ」
「大人か、オレは?」
「私から見ればね。そりゃ、紅葉お姉ちゃんよりも、もっと大人な人もいるだろうけどさ」
「でも、大人といえば、静香だっているじゃないか。あいつは、オレよりも歳上だぞ?」
「静香さんは…なんていうか、近寄りにくいよ」
「お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかった」
「あはは。紅葉お姉ちゃん、そんなこと言うけどさ、まともに話したのって今日が初めてじゃない。なんか変なの」
「そういえば、そうだったな…」
「んー。でも、私もなんだか初めてじゃないようなかんじがするんだよね~」
また跳び上がって、今度は宙返りをしてみせた。
着地を決めると、ニッと笑ってこっちを見る。
「どう?すごいでしょ?」
「そうだな。まあ、うちの戦闘班ならみんな出来ると思うけど」
「戦闘班?」
「ああ。城下町の見回りとか、城の警備とかの要だ」
「ふぅん…。誰かと戦うの?」
「まあ、そんなときもあるだろうな」
「大変だなぁ」
「今はもう、そういった状況も限られてくる。旅団天照が城に来たときとか、強盗なんかが出たときくらいだな。…前王のときは、これに限らなかったけど」
「なんで旅団天照?あの宿の経営主だよね?」
「ああ」
「なんで戦うの?」
「桐華って知ってるか?」
「団長?」
「そうだ。そいつが、城に来るたびに何かしら問題を起こすから、とりあえず押さえ込むことになるんだけど、なかなか言うことを聞かなくて、結局力ずくになってしまうんだ」
「へぇ…」
「困ったやつだ。団長なのにな」
「確かに…」
まったく、あれはやめてほしい。
まあ、何回言い聞かせても効果はないんだけど。
「あ。旅団といえばさ、私、クーア旅団に憧れてるんだ」
「ん?クーア旅団?なんでだ?」
「だってさ、クーア旅団って、あの盗賊団と違って、弱い人のために働いてるでしょ?義賊っていうのかな。そういうのにすっごく憧れるなぁ。それに、団長は女の人らしいし」
「ナナヤ。義賊とはいえ、盗賊は盗賊だ。法律で裁かれるべき罪を犯してるのには変わりはない。その辺をきちんと理解しておけよ」
「はぁい…」
「…でも、その女団長に憧れて、目指すべき目標にすることは良いことだ」
「えへへ。そうかな」
「ああ」
ナナヤの頭を撫でる。
ナナヤは照れたように笑って。
…タルニア、えらく人気のようだな。
これを知ったら、なんて言うだろうか。
まあ、少し笑うくらいで、あんまり表には出してくれないだろう、ということは分かる。