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閑静な住宅街というのだろうか。
まだ住人は微睡みの中にあるらしい。
雀の鳴き声だけが聞こえてきて、散歩にはぴったりだった。
「………」
「………」
「紅葉姉ちゃん…」
「なんだ」
「………」
「………」
「俺…」
「………」
「やっぱりなんでもない…」
何を言いかけたんだろうか。
分からないけど、なんだか複雑な顔をしている。
やはり、今朝早くの警察署からの報せが気になってるんだろうか。
「………」
「………」
まあ、何も言わなかったら何も分からないんだけど。
…ツカサの証言であるということは最高機密だし、万一漏れていたとしても、衛士のド真ん中に突貫してくるやつなんて、そうそういるまい。
でも、ツカサはやはりそこが気になるらしい。
「さっき…」
「ん?」
「さっき、警察の人から報告があったでしょ…?」
「ああ」
「あれ…何だったの…?」
「知りたいか?」
「うん…」
「調査は順調。夜の間に銀行の出入金履歴の裏も取れた。令状も下りたし、これからすぐに店のガサ入れに入るんだと。向こうは大騒ぎだろうな」
そういえば、市場の方が騒がしい気もしないでもない。
まあ、気のせいだろうが。
「ルイカミナやヤマトの警察も、一斉捜査に入ったらしい。向こうが証拠を隠滅するより前に潰してしまおうということだな。ツカサのお陰で、大きな城を攻略出来そう、というわけだ」
「俺、よかったのかな、これで…」
「ん?」
「みんなで帰りたいからって、昨日はいろいろ喋ったけど…。俺、紅葉姉ちゃんたちと一緒にいて分かったことがある。家族って、大切なんだって。でも、俺がやったことは、どこかの家族を潰してしまうってことなんじゃないかって思って…。あの盗賊団にはいなかったけど、たとえば、どこかのお店の人には家族がいて、これをきっかけに崩れ去ってしまうんじゃないかって…。その人たちだって悪いことをしたとはいえ、俺にその人たちの家族を崩壊させる権利なんてないはずだし…」
「………」
「俺、本当は大変なことをしちゃったんじゃないのか?盗賊団と手を切る以上のことを…」
ツカサは、先を先を考える才能があるようだな。
この手でよくあるような、突拍子もない妄想を考えつくのではなく、現状ときちんと照らし合わせた考え方が出来るらしい。
しかし、優秀な参謀の素質も、今は負の方向へ働いてしまっている。
ツカサは必死に堪えてはいるが、目には涙が溜まってきている。
「俺…大変なことをしたのかな…」
「…確かに、そうかもしれない。でも、このまま見過ごしておくことも出来ないだろ?どこかの誰かの心配をするくらいなら、自分が手に入れた幸せを噛み締めよう。その人たちが犯した罪を消せるわけじゃないんだから」
「幸せ…なのかな、俺は…。人の犠牲の上で胡座をかいてるんじゃないかって思うんだ…」
「じゃあ、お前はどんな解決を望むんだ?」
「それは…」
「残酷なようだが、そういうことを考えると、今回はすっきりと解決は出来ない。…仕方ないと割り切るしかないんだよ」
「………」
「世間の風はそこまで冷たくない。みんな、家族を支えてくれる。そう、信じよう」
「うん…」
もうツカサは涙を隠すことはしなかった。
ツカサの優しさなんだろうな。
この涙は。
宿に帰ると、もう朝ごはんの時間らしかった。
食堂の方がかなり騒がしい。
「…何してるのかな」
「さあな。行けば分かるだろ」
「そうだけど…」
「あいつらは腹が減ってるんだ。まあ、何が起こってるのかは想像に難くない」
「………」
とりあえず、食堂に向かう。
玄関に近いから声も聞こえやすいとはいえ、これだけ五月蝿くして他の宿泊客の迷惑になってなければいいんだけど…。
「こらっ!またボクの盗って!」
「んー!」
「弱い者いじめは感心しないな、キリ?サンのを盗る気か?」
「うっ…」
「桜がまた盗った!」
「お前らもいい加減にしろ。他のお客さまに迷惑だろ」
「だって!」
「だっても待ってもない。お前ら、今度喧嘩したら、今日の昼ごはんと夕飯からおかずを一品ずつ減らすぞ」
「うぅ…」「………」
「そうだ。仲良く食べるんだ」
「あ、いろはねぇ」
佐之助と桜と。
あとは、イナ、キリ、サン、ナナヤがいた。
…ナナヤ?
「おい、ナナヤ」
「んー?」
「昨日はどこにいたんだ」
「んー、ずっと公園で寝てたよ」
「朝もいなかったじゃないか」
「うん。だから、ずっと」
「はぁ…。お前は…」
「あはは、紅葉お姉ちゃんも一緒に寝る?」
「いや。心配するから、今度からはちゃんと言ってから行くんだぞ」
「はぁい」
心配というか、完全に忘れてたけど…。
まったく、いつから公園に行ってたんだろうか…。
もしかして、昨日に望が言ってたこととも関係してくるのか?
…まあいい。
「他のみんなは?」
「部屋じゃない?まだ寝てたよ」
「そうか」
「起こしに行くの?」
「いや、先に朝ごはんにしよう」
空いてるところに座る。
すると、すぐに料理が運ばれてきて。
どこかで見てたんだろうか。
さすがに、なかなか手際がいいな。
簡単にお礼を言って、箸を取る。
「そういえばさ、イナって本当に女の子っぽいよね~」
「そんなことない!」
「ちっちゃいしさ」
「桜よりも大きいもん!」
「それはない」
確かに、一目見れば女の子だな。
ルウェとは正反対だ。
なんとなく虚勢を張ってるように見えるのも、そのせいかもしれない。
「今度、可愛い服、作ってあげよっか?」
「えっ?」
「ほら、昨日行ったお店の店員さんみたいなさ。なんか、気にしてたでしょ?」
「………」
「お城に帰ったら作ってあげよっか?」
「う、うん…」
「えっ?」
「え?」
桜は冗談のつもりだったんだろうか。
でも、イナから返ってきたのは意外な答えだった。
…イナは、少し女装の気もあるんだろうか。
まあ、可愛いのが見られるならいいけどな。