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事情聴取は、思っていたよりも長く続いた。
予想以上に根の深い盗賊だったらしく、ツカサは延々と話していた。
「裏の取引先はさっきの商会で、帳簿は隠れ家の隠し部屋の金庫の中にあります。金庫の番号は取り仕切っていたやつと盗賊長しか知りません。隠し部屋自体、知ってる者はごくごく少数だし、昨日も急な襲撃だったので、処分されていないと思います」
「ほぅ。で、番号は分かったりするんですかい?」
「弐伍参参捌漆肆壱。前にたまたま盗み見てたんです」
「ふむ」
「向こう側の帳簿は処分されていると思いますが、銀行の出入金とこちらの帳簿を合わせれば、充分な物証となると思います」
「なるほどねぇ」
「お母さん」
「ん?」
「暇ーっ!」
「いきなり叫ぶなよ…。お前は…」
「おっちゃん、遊んで!」
「すまんな。俺はちょっと取り込み中だ。あっちの目付きの悪い兄ちゃんに遊んでもらいな」
「ヤ!」
「え、サン…」
「じゃあ、望と遊んでもらいな」
「遊んで!」
「ごめんね。望、みんなのお話が聞きたいの」
「おっちゃん!」
「母ちゃんに頼みな」
「母ちゃん!」
「はぁ…。じゃあ、とりあえず外に出ようか」
「やった!」
「すまないな、ツカサ。ちょっと出てくるよ」
「うん。俺は大丈夫だから」
「ああ」
佐之助を見ると、小さく頷いてくれた。
しかし、サンはもう取調室から飛び出していて行方不明。
望の頭を撫でて、急いで追い掛ける。
「おい、サン!止まれ!」
「きゃう~」
取調室から出たとき、サンはもう角を曲がっていて、でも、跳ね返ってきた。
…誰にぶつかったんだろ。
「誰だ。警察署で騒いでる悪い子は?」
「わ、悪い子じゃ…ないもん…」
「んー?」
「悪い子じゃ…ないもん…」
「そうかな?」
「うっ…うぅ…。悪い子じゃないから…叩かないで…」
「ん?叩く?」
「すまないな。大丈夫だったか?」
「あ、隊長!」
「久しぶりだな、伊兵衛」
懐かしい声がすると思ったら、やっぱり伊兵衛だった。
部署が変更されてから何の連絡もなかったけど、ここに来てたんだな。
「お母さぁん…」
「えっ。お母さんって、隊長の…?」
「いや、オレの子供ではないよ。娘ではあるけど」
「あぁ、そういうことですか」
「サン、悪い子じゃない…」
「あ、そうだ。叩かれるってどういうことですか?」
「さっき、取り調べ担当の警察官に、悪いことをしたらその警棒で叩かれるって言われたんだ。だから、騒いで怒られたから、叩かれると思ってるんだろ」
「あぁ、なるほど」
「………」
サンは私の後ろに隠れて、伊兵衛の様子を窺っている。
警棒に手を掛け、伊兵衛は改めてサンの方を見て。
「警察署で騒ぐ子は悪い子かな?」
「悪い子じゃない…」
「ん?」
「悪い子じゃない…」
「じゃあ、嘘つく子は悪い子かな?」
「うぅ…」
「悪い子かな?」
「悪い子…」
「騒ぐ子は?」
「悪い子…」
「悪い子はどうなるのかな?」
「うぅ…。ごめんなさい…。もう悪い子じゃないから叩かないで…」
「そうか」
伊兵衛は警棒から手を離し、ニッコリと笑う。
そして、サンの頭を優しく撫でて。
最初はびっくりしてたサンだけど、次第に不思議そうな顔になって。
「悪いことをして、でも、ちゃんと謝れる子は良い子だ。良い子は叩かないよ」
「ホント…?」
「ああ。ホントだ」
「えへへ」
「もう、騒いじゃダメだからな」
「うん!」
「静かにしてたら大丈夫だから。警察署の中を探険しておいで」
「うん」
「あと、入っちゃダメって言われたところには入っちゃダメだからね」
「入ったら…?」
「この警棒で叩かれても知らないよ?」
「うぅ…。分かった…」
「大丈夫だよ。悪いことをしなかったら、みんな優しい人たちだから」
「うん…」
「ほら、行っておいで」
「うん」
伊兵衛に背中を押されて、サンはトテトテと走っていった。
まあ、あれだけ脅かしておけば、しばらくは大丈夫だろうな。
「すまないな、伊兵衛」
「いえ。久しぶりに隊長のお役に立てたみたいで、嬉しかったです」
「そうか」
「ええ」
「…仕事の邪魔をしたな」
「いえ。ちょうど暇してたところでしたので」
「盗賊の取り調べとかがあるだろ?」
「私は生活課なので、そういったものはなかなか回ってこないんですよ。今も、暇すぎて道具の点検を済ませてきたところで」
「ふぅん。でも、街の見回りとかもあるんじゃないのか?」
「あるんですけどね。昼のついでに全員見回りに行ってしまって、部署に誰もいないのもまずいので、私だけ帰ってきたんです」
「そうか。そういえば、お前は昔から貧乏くじ引きだったな」
「横から見てたらそうかもしれないですけどね。でも、今日だって、こうやって隊長と会えましたし。貧乏くじも、全くハズレしか入ってないなんてことはないみたいですね」
「はは、相変わらずだな。その前向き思考も」
「そうでなければ、自ら貧乏くじなんて引きに行きませんよ」
「確かにな」
やっぱり変わらないな。
長い時を経たはずなのに、あのときの伊兵衛が目の前にいるようで。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとな」
「そうですか」
「ああ」
「隊長は、変わられましたね」
「ん?」
「前より綺麗になりました」
「どういう意味だ」
「良い人、見つけられたんですね」
「さあな」
「当たり、ですか。ふふふ。でも、やっぱり、隊長も変わってなかったです」
「…そうかもな」
私も変わってない、か。
だからこそ、昔と同じように、こうやって話が出来るのかもしれない。
…昔と変わってないんだから。
「うわあぁん!」
「サン…ですね」
「ああ。また何かやらかしたのかな」
「そうですね。怪我なんてしてなければいいんですが。こちらです」
伊兵衛の案内で、サンのところに急ぐ。
昔と変わったところがあるとすれば、この騒がしさ。
私自身の変化ではないけど。
でも、サンを始めうちの子供たちは、少なからず変化をもたらしてくれた。
それが、たぶん、昔と変わったところなんだ。
…そしてサンは、余所見をして走って、思いっきり転んだだけだった。