19
外周を二周りほどすると、ちょうど昼ごはんの時間になった。
桜と一緒に厨房へと向かう。
「あ~…お腹空いたなぁ…」
「口に出すから、余計そう感じるんだ」
「だって…お腹空いたんだもん…」
「ほら、もっとしっかり歩いて。いつまで経っても厨房に着かないぞ」
「いろはねぇ…昼ごはん、ここまで運んできてよ…」
「断る」
「うぅ…ケチんぼ…」
「じゃあ、桜はオレがここでへばったら持ってきてくれるんだな?」
「う…それは…」
「桜もケチんぼだな」
「なし!さっきのなし!」
「ふふふっ」
そんなことを言ってる間に、厨房に着く。
「あ、お母さん、桜お姉ちゃん」
「ん?光だけか?」
「うん。望と響は、市場に、行ったよ」
「えぇ~っ!ボクも行きたかった!」
「行ったじゃないか」
「仕事で、じゃない!」
「で?昼ごはんも向こうで食べてくるって言ってたのか?」
「ううん。お姉ちゃんに、お昼までには帰ってきなさい、って言われてた」
「もう昼だけど…」
「食べてたら、戻ってくるんじゃないですか?…はい、光ちゃんの分、出来たよ」
「いただきま~す」
「はい、どうぞ」
「まあ、そうかもしれないな。じゃあ、オレたちにも」
「了解しました」
「早くね~」
「ふふ、分かってますよ」
早速調理に取り掛かる。
「桜さん、その首輪、どうしたんですか?朝はしてませんでしたよね?」
「うん!姉ちゃんに貰ったんだ!」
「そうですか、隊長が。へぇ~」
「…なんだ」
「いや、珍しいなぁと思って」
「何が」
「誰かに贈り物をするなんて、滅多にしませんからねぇ」
「そうなの?」
「そんなことない」
「みんなに酒を振舞う…なんてことはあっても、特定の一人に特別なものを贈る…なんて、私はまだ一回しか見たことないですね」
「あっ!」「誰に贈ったの?」
「えっとですね~…」
「言うなよ!」
「ふふ、分かってますよ。というわけで、内緒ですよ、桜さん」
「えぇ~っ!気になる~!」
「わたし、分かったよ」
「え?誰?誰なの?」
「うんとね、お母さんの、お母さん」
「いろはねぇ のお母さん?えぇ~、どうかな~」
………。
勘というのは恐ろしいものだ。
桜は信用してないみたいだから良いけど。
「ふふ、それはもう置いておきましょう。隊長も大変ですし。さあ、出来ましたよ」
「やった!」
「おかわり、ありますからね。光ちゃんも遠慮せずに」
「うん」
「じゃ、いただきま~す!」「いただきます」
「どうぞ~」
今日の昼ごはんは、ご飯に味噌汁、あとはエタカの鉄板焼きとホウレン草のお浸しだった。
「ん~!美味しいね!」
「ああ、美味い」
「ありがとうございます」
「おかわり、ちょうだい」
「はいはい。ご飯ですか?味噌汁ですか?」
「ご飯」
「はい、ただいま」
「ボクも~!」
「ちゃんと、よく噛んで食べてるのか?」
「食べてるよ~」
ホントなのかな…。
見てなかったから分からないけど、あの短い間に、どうやって茶碗いっぱいに盛られたご飯を食べたんだ?
…やっぱり、ほとんど飲み込んでるとしか思えない。
「はい、光ちゃん。どうぞ」
「ありがと~」
「ボクも~」
「桜さん、味噌汁でご飯を流し込んじゃダメですよ。夕飯以外は、急がなくても簡単には無くなりませんから」
「やっぱり、ちゃんと噛んでないんじゃないか」
「うぅ…だって…」
「早食いの癖は直した方がいいですね~。はい、どうぞ」
「うん、ありがと」
「隊長はどうします?」
「ああ、じゃあ、貰おうか」
「はい」
そして、光はモクモクとご飯三杯を、桜はガツガツとご飯五杯を平らげた。
私は…やめておこう。
「はぁ~、お腹いっぱい」
「うん…」
「ん?光、眠いか?」
「うん…」
「じゃあ、部屋に戻ろうか。桜はどうする?」
「うーん…ボクも部屋に戻るよ」
「そうか」
「じゃあね。ご馳走様でした~」
「ご馳走様」「うにゅ…」
「お粗末様でした」
光を背負い、厨房を出る。
桜とは反対方向なので、ここで別れる。
「じゃ、また後でね~」
「ああ」
「これ、ありがと」
チリン、と鈴を鳴らして、走っていった。
「あ!お母さん!」
「ただいま~」
「お帰り。昼ごはんか?」
「うん!あ、光、どうしたの?」
「ごはん食べたら眠くなったみたいだ」
「ふぅん」
「お昼ごはん~」
「あ、うん!じゃあ、望たちもお昼ごはん食べたら、部屋に行くね!」
「ああ。でも、ゆっくり食べるんだぞ」
「分かってる!」「うん」
そして、二人は厨房の中へと入っていった。
…さて、戻るか。
ん?
もう届いたのか。
相変わらず良い仕事をしてくれる。
光は…また後でで良いか。
ぐっすりと眠っている光を、ゆっくりと布団に下ろす。
「ぅん…」
っと、起こしたか?
…大丈夫みたいだな。
ふふ、可愛い寝顔だ。
あ、そうだ。
忘れないうちに…。
えっと…これかな…。
うん、これだ。
白地に銀の龍の刺繍がされた小袋を、枕元に置く。
「あ、姉ちゃん。帰ってたんだ。お昼ごはん食べたの?」
「ああ。風華は?」
「食べたよ、私も。…光、寝ちゃったの?」
「うん。お腹いっぱい、ごはんを食べてたからな」
「ふふ、可愛い」
「あ、そうだ。風華。これ」
風華に、小袋のひとつを渡す。
「え?何これ」
「開けてみて」
「うん…」
袋の中に入ってたのは、首飾り。
「これ…」
「風華にだ。昨日、桜にこれを貰って、思いついたんだけど」
銀の腕輪を見せる。
「もしかして、これ、水晶の勾玉…?」
「ああ。どうだ?」
「うん、ありがと。すごく綺麗…」
「そうだな」
「でも…これ、すっごく高かったんじゃないの…?」
「…風華。お前の悪い癖だ。すぐに値段を気にする。金の話に持っていく。値段なんてどうでもいいだろ?オレが風華に贈りたいから贈る。それだけのことじゃないか」
「あ…ごめん…」
「謝るところじゃないだろ?」
「ふふ、そうだね。…ありがと、姉ちゃん」
「どういたしまして。ほら、着けてみて」
「うん」
風華は髪が長いからな。
後ろで留められるようにしてもらって正解だった。
「どう?」
「うん。似合ってる」
「えへへ、ありがと、姉ちゃん」
「うん」
昨日のような、何か思うところがあるような笑顔は、そこにはなかった。
ただ純粋に、贈り物を喜んでくれている、そんな笑顔。
うん、やっぱり、こっちの方がいいな。
そして、思わず
「わわっ!何!?」
「ふふっ、なんでもないよ!」
風華を抱き締めてしまった。
革屋に依頼を出したのは、この日の朝。
桜の手紙と一緒に持っていってもらった、ということになっています。
水晶の勾玉ということは、革屋と言いながら宝石の加工もやってるんですね。