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ツカサと話をしてると少し長くなってしまい、とりあえず佐之助と静香のことは切り上げて、朝ごはんを食べに宿へ戻る。
厨房からは、もう良い匂いが漂ってきていて。
…ツカサは、昨日と比べても、積極的に話し掛けてくれるようになった。
さっきの話が済んだあとからは特に、会話の切れ目がないくらいで。
「紅葉姉ちゃんは、どこ生まれなの?」
「さあな。ただ、一番最初に見つかったのはリュクラスだったらしい」
「えっ…?リュクラス?」
「ああ。驚いたか?」
「だって、リュクラスって森しかないし…」
「狼に育てられてたんだ。ユールオの城に行く前はな」
「ふぅん…?」
「信じられないか?」
「ううん…。でも、そんな話、聞いたことないから…」
「そうだろうな」
ツカサは顎に手を当てたり頬を触ったりしながら、考えているようだった。
まあ、信じられないと思うさ。
そんな奇妙な話。
「あ、ユカラ。おはよ」
「おはよ…。二人とも、早起きだね…」
大欠伸をしながら、ユカラが前から歩いてきた。
綺麗な髪はボサボサになっていて、なんとも残念なかんじ。
「眠…」
「もうみんな起きてるのか?」
「ううん…。姉ちゃんとツカサと、佐之助さんと静香さん…今起きてる人しか起きてない…」
「そうか。まあ、とりあえず、お前は顔を洗って髪を鋤いてこい」
「うん…」
ユカラはまた欠伸をすると、廊下を歩いていった。
…洗面所は反対方向なんだけどな。
まあいい。
「あっ」
「ん?」
「ユカラに不思議な力を見せてもらうの、忘れてた」
「…あとでいいだろ」
「あ…うん…。そうだね…」
「とりあえず、みんなを起こしにいこう」
「うん」
長い廊下を歩いていく。
…そういえば、私たち以外に誰か泊まっているんだろうか。
まあ、泊まってるんだろうな。
これだけ大きな宿だし、カシュラにも観光する場所はたくさんある。
まあ、ガラ空きでも維持出来るだけの機構はあるみたいだけど、たぶん必要ないんだろうな。
そんなことを考えてると、部屋に着いた。
部屋は静かで、まだ誰も起きてないらしいことを物語っている。
ツカサが戸を開けて中に入っていったので、私も続く。
「起きろ、朝だぞ。イナ」
「んぅ…」
「ほら、起きて」
「うん…」
「サン、起きろ。朝だぞ」
「やぁだ…」
「やだじゃない。朝ごはん、食べないのか?」
「んー…」
「マオ、朝だ。起きろ」
「あ…ツカサ…。おはよ…」
「おはよ。みんな起こすのを手伝ってくれ」
「うん…。分かった…」
「祐輔、夏月。起きろ」
「お姉ちゃん…」
「祐輔。朝だぞ」
「うん…。夏月、起きろ。朝だぞ」
「ねむたいの…」
「ダメだ。起きないと、朝ごはん食べられないぞ」
「………」
「寝るな、起きろ」
「やぁだもん…」
夏月は時間が掛かりそうだな。
サンは寝ぼけて私にしがみついてるし…。
すぐに起きたのは、マオ、イナ、祐輔か。
「桜、灯。起きろ。もう朝だぞ」
「寝るの!」
「お前は叫ぶな」
「眠たい。朝ごはんいらない」
「調理班のお前が何言ってるんだ。起きなかったら、氷水を掛けるぞ」
「それでも起きない!」
…それだけ元気があれば、すぐにでも起きられるだろうに。
とりあえず灯の布団をひっくり返して、誰も寝てない敷き布団を上から何枚か重ねておく。
毎回、これで起こされると分かっていながらグズるんだから、もしかしてこれが好きなんじゃないかと疑ってしまう。
…今日は、オマケでイナも乗せておこう。
何が何だか分からないイナは、キョトンとしていて。
でも、頭を撫でると笑ってくれた。
「桜。起きろ。朝だぞ」
「んー…。あと十二分…」
「なんでそんなに半端な時間なんだ…」
「………」
「寝るな。起きろ」
「むぅ…」
「キリ、シュウ、起きろ!朝だぞ!」
「………」
「起きろ!」
「ツカサは望を起こしてくれ。こいつらを起こすいい方法があるから」
「う、うん…」
「マオとイナは、もう朝ごはんに行ってくれて構わないぞ」
「ううん。私は、みんなと行きたいな」
「ボクも!」
「よし。じゃあ、灯を起こしておいてくれ」
「はぁい」
「さて、キリ、シュウ。十数える間に起きたら、ツカサの恥ずかしいことを教えてやる」
「紅葉姉ちゃん!?」
「十、九…」
「起きた起きた!」「教えて!」
「起きたな。じゃあ、教えてやるから、顔を洗ってこい」
「はいっ!」「了解!」
そして、双子は部屋を飛び出していった。
まったく…。
昨日といい、なんで寝たフリなんてするんだろうか…。
「い、紅葉姉ちゃん…」
「大丈夫だ。ほら、望を起こしてくれ」
「う、うん…。望、望。朝だよ」
「ぅん…」
「朝だよ、望」
「ツカサ…?」
「朝ごはん、食べに行こ?」
「うん…」
キリやシュウを起こそうとしてたときとは全く逆だな。
あれだけ変わるのかと思うくらい。
まあ、キリとシュウがさっさと起きないからだろうけど。
「お姉ちゃん。夏月、起きたよ」
「ふぁ…」
「そうか」
「暑い~…。なんで、いつも敷き布団を積み上げるのよ…」
「灯は、その起こし方でないと起きないからだ」
「そんなことないよ…」
「あとは?桜とサンか」
「うん」
「サン。ほら、いつまでしがみついてるんだ」
「んー…」
「はぁ…。仕方ないな…。サンはこのまま連れていくから、あとは桜だ」
「桜お姉ちゃん、起きて」
「まだ七分ある…」
「さぁて、あたしの出番かな~」
と、ユカラが帰ってきた。
さっきは反対側に行ってたけど、髪も綺麗になっている。
ツカツカと桜の布団の横まで歩いていくと、一気に枕を引き抜いた。
「あっ、やぁん…。なんで、枕を取るのさ~…」
「早く起きないからだよ!」
「あと六分くらいなんだから、寝かせてよ…」
「ダメ。だいたい、時間を計ってるんだから起きられるでしょ」
「んー…」
呻きながら、桜は渋々布団の中から出てくる。
…桜は枕がないと寝られないのか。
今度起こすときのために覚えておこう。
「全員起きたな」
「うん」
「じゃあ、朝ごはんを食べにいこうか」
「うん!」
「キリとシュウは?」
「まあ、分かるだろ」
「まあ…そうだね」
「よし。行こう」
サンを抱え上げて、部屋を出る。
灯や桜は年長組のはずなのに、欠伸ばかりして。
歳下のイナやマオの方がしっかりしているじゃないか。
…まあ、とにかく、朝ごはんだ。
朝ごはんを食べないと、一日は始まらないからな。