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「ただいま~」

「お帰り」

「あ、やっぱり帰ってたんだ」

「やっぱりってどういうことだよ」

「いやぁ、途中で姉ちゃんを見つけたとか言って、どこかに飛んでったんだよ」

「誰か止めろよ…」

「ピューって飛んでいったし、空を飛ばれたら追い掛けられないし」

「静香はどうした」

「佐之助も静香も別行動だよ」

「祐輔と夏月もか?」

「ううん。その二人は私と一緒。もうすぐ来ると思うよ」


と、バタバタと廊下を走る音がして、夏月が部屋に飛び込んできた。

遅れて、祐輔も。


「夏月!ちゃんとうがいしろ!」

「ヤ!」

「病気になっても知らないぞ!」

「いいもん!」

「夏月!」


夏月は私に正面から飛びついて。

でも、サンがまだ胡座の上で寝ていたのが見えなかったのか、思いっきりぶつかる。


「……!」

「いたた…」

「夏月!」

「………」


サンは何が起こったのか理解出来ず呆然としていたが、次第に涙目になってきて。

…まずいな、これは。


「うわあぁん!」

「あっ、サン…!」

「夏月。お前はうがいだ。祐輔。とりあえず、夏月を連れていけ」

「う、うん…」


サンが泣いたことに驚いて、こちらも呆然としてしまった夏月を連れて。

さすが兄、といったところか。

泣くのが伝播する前に、上手く連れ出してくれた。


「あちゃあ、大変だねぇ」

「うえぇ…」

「よしよし。痛かったか?ごめんな」

「うっ…うぅ…」

「よしよし」


何が起きたのか分かってなかったせいなのか、勢いは急速に衰えた。

それでも、まだ泣きじゃくってるけど。


「よしよし。痛かったな。でも、もう痛くないから」

「うぅ…」

「良い子良い子」


一気に泣いて体力を消耗したのと、寝ている最中だったのが合わさったらしく、サンはまただんだんと眠りに落ちていった。

…ふぅ。

よかった。


「………」

「ん?どうした?」

「紅葉姉ちゃんはすごいなと思って…」

「何が」

「だって、サン、すぐに寝た」

「たまたまだ。今回だけな」

「でも、すっごく優しいかんじだった」

「姉ちゃんは、いつもぶっきらぼうだもんね」

「いや…そういうわけじゃ…」

「まあ、泣いてる子供にいつもみたいに話し掛けたら、余計に泣くだけだからな」

「へぇ、姉ちゃんにも母性があったんだね」

「残念だったな」

「ホントホント」


灯はカラカラと笑って。

まったく…。

私はいちおう女なんだぞ…。

母性くらいある…かもしれない。


「………」

「どうした、ツカサ」

「俺は…何も出来なかった…。サンが泣いてることにびっくりするばっかりで…」

「兄として、言ってるのか?」

「うん…」

「…サンは子供だ。一方で、お前もまだまだ子供だ。オレも子供かもしれない。子供は、いろんな経験を通して、様々なことを学ぶ。今回がダメでも、次に。次がダメでも、そのまた次に。何回でもやり直せるのが子供だ。今度、こういうことがあったときに慌てずに行動出来たら、それでいい。分かったか?」

「…うん」


頭を撫でると、少し笑ってくれた。

ツカサの笑顔を見るのは初めてかもな。

朝、イナが言ってたように、本当は明るい子なのかもしれない。

いつかは、本当の笑顔を見せてくれるのかな。



夏月は窓際に座って、シュンとしていた。

知らなかったとはいえ、サンに突撃し、泣かせてしまったんだから。

たぶんサンは、起きる頃には忘れてるだろうし、何があったのかも分かってないだろうけど。

しかし、サンと同じくらいの歳だろう夏月は、かなり罪悪感を感じているようだった。


「………」

「………」


祐輔は灯に無理矢理連れられてどこかに行ってしまい、今、夏月の相手をしてるのはツカサ。

なんとか慰めようと四苦八苦している。

…まったく、灯はどこに行ったんだろうか。


「夏月」

「……?」

「ほら、鶴だ」

「うん…」


手先が器用で、折り紙で夏月の気を引いてみるが、上手くいってるようには思えない。

表面だけ見ると。

そして、だんだんとツカサ自身の気分も暗くなってるようだった。

どうにもならないと判断したのか、こちらに近寄ってきて小声で話し掛けてくる。


「紅葉姉ちゃん…」

「難しいか?」

「うん…」

「そうか」

「どうすればいいの?」

「そうだな…」


私がいつもやっていることを思い出してみて教えるのは簡単だろうが、それが祐輔に合うとも限らないからな…。

自分なりのやり方を見つけさせるのが一番なんだけど…。


「とりあえず、夏月が何をしてほしいのかを考えてみたらどうだ」

「うん…」


ツカサは探りを入れるためか、夏月に再接近する。

すると夏月は、僅かだが尻尾を動かした。

…もしかしたら、何というわけではなく、"兄"に傍にいてほしいのかもしれない。

頼れる、慰めてくれる、自分を受け入れてくれる、兄という存在に。

これまでがそうだったように、今も。


「夏月…?」

「………」


ツカサは、夏月の微妙な変化には気付かなかったらしい。

黙りこくる夏月に、ひたすらオロオロするばかりで。

…まあ、キリやシュウ、イナは思ってることをはっきりと言うみたいだから、こうやって黙ってしまう子は苦手なんだろうな。


「えっと…。ほら、鶴…」

「…うん」

「えっと…」


慌てるばかりで、夏月を見ることも忘れてしまっている。

せっせと鶴やら兜やらを拵えては、夏月に見せて。


「ほら、手裏剣…」

「うん」


次々と出来上がっていく折り紙たちに気が紛れてしまったらしい。

夏月は機嫌よく尻尾を振りながらツカサの作業風景を見ていたが、ツカサはやはりいつまでも気付かなかった。

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