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子供がたくさん集まれば、制御が利きにくくなるのは道理で。
今の、この大騒ぎもその結果なんだろう。
「これがいい!」
「ボク、それ嫌いだもん!」
「じゃあ、食べなければいいじゃない!私が全部食べるよ!」
「あっ。危ないよ!水!」
「うわっ、ちべたい!」
「もう…布巾は…」
ここでやっと、ユカラと目が合う。
ユカラは少し苦笑いして。
「個室を取って正解だったよ…」
「そうみたいだな」
「イナのせいなんだから!」
「キリが不注意なだけでしょ!」
「灯たちはどうした」
「別行動だよ」
「ふぅん…。桜はどうした」
「席を立ってるよ。望も一緒に」
「厠か」
「…まあ、そうだけどね」
「いたっ!キリが殴った!」
「殴ってない!手が当たっただけだもん!」
「シュウはあまり喋ってないな」
「ちょっと待って。今、真剣に選んでるんだから」
「外食なんて久しぶりだから、後悔のないようにするんだって」
「ふぅん…」
「うえぇ…。キリがぁ…」
「な、何よ!イナが悪いんだからね!」
「姉ちゃぁん…」
「もう…。なんで、いつも喧嘩するのよ…」
「キリが悪いんだもん…」
「イナが悪い!」
もうそろそろ止めておいた方がいいかな。
個室とはいえ、他の客もいるんだし。
「キリが悪いの!」
「イナ!」
「あー、お前ら。ちょっと静かにしろ」
「紅葉姉ちゃん!」
「イナが悪いんだよ!」
「どっちが悪いとか、そういうことは一度置いておく。まずは、喧嘩両成敗」
イナとキリの頭を一発ずつ殴る。
すると、二人ともこういう怒られ方は初めてなのか、目を丸くしていた。
「さあ、次だ。イナの言い分を聞こうか」
「………」
「ないのか?」
「あっ、えっと…。キリが、ボクの嫌いなものを…」
「だから、イナは…」
「キリ。今はイナの言い分を聞いているんだ。お前の言い分もあとで聞くから、とりあえず黙って聞いてろ」
「………」
「イナ、続きだ」
「キリが、ボクが嫌いなものばっかり言おうとするんだ!」
「そうか。それで終わりか?」
「えっ、あ…うん…」
「じゃあ、キリだ」
「えっと…私が好きなものを頼もうとしたら、イナが嫌い嫌いって言うから、何も頼めないんだよ!イナは好き嫌いばっかりだから、そんなこと言ってたら、全然決まらなくて…」
「なるほどな。それで終わりか?」
「うん…」
「よし、分かった。じゃあ、いろいろ端折るが結論だ。各々、好きなものをひとつずつ頼め。そして、それは全部自分で食べること。あと、みんなで食べるようにと頼んだものを、どれでもいいから一口は食べること。そのふたつが条件。それを守れないなら、今すぐ宿に帰る」
「分かったよ…」「はぁい…」
「じゃあ、仲直りだ。二人とも、言うことは?」
「ごめんなさい…」「ごめん…」
「よし。それでいい」
「決めた!」
「シュウ…」
「え?」
なんだか少し場違いな空気を醸し出しているシュウに、思わず笑ってしまった。
それを機に、ピンと張り詰めていたイナとキリの間の空気も和らいで。
「………」
そして、ツカサはいつもの仏頂面だが、尻尾は機嫌が良いみたいだった。
パタパタと振りながら、お品書きを見ている。
私にとっては、それも面白かったんだけど、どうやら誰も気付いてないらしい。
まあ、この光景は私の心の中にしまっておこう。
もしかしたら、ツカサにとっては、忘れてほしいことかもしれないけどな。
家庭風の料理が、次々と卓袱台の上に並んでいく。
子供がたくさん来ているということで噂になっていたのか、毎回違う人が料理を運んできて、部屋を出て少し行ったところで、なるだけ小さく抑えられた黄色い声を上げていた。
もちろん、当の本人たちは食べるのに夢中で、全く気付いてない。
「美味しいね」
「ああ。家庭料理だな」
「そうだね。なんだか、懐かしい味がする」
「懐かしい味か。確かにな」
「まあ、あたしは、家庭料理がどんなものかは知らないけどね」
「いつも食べてるじゃないか。城で」
「あれ、家庭料理?」
「じゃなかったら何なんだ」
「んー。まあ、確かにそうかもね。家庭料理だ」
肉じゃがを口に入れて、噛み下しながら頷く。
…いつも家で食べてる味が家庭料理の味だ。
懐かしいというのは、言葉の響きから来ているんだろうな。
でも、なんのことはない。
いつもの味が、懐かしい味だ。
「…望」
「ん?」
「…溢してる」
「あ、ホントだ」
「動くな。拭くから」
「うん」
ツカサは布巾を取って、丁寧に拭いていく。
拭き方も上手く、最後にはほとんど目立たなくなった。
「えへへ。ありがと」
「…うん」
ん?
拭き方ばかり気にしていたが、少し赤くなってないか?
ツカサは私の方をチラリと見て、慌てて目を逸らした。
「いろはねぇ、醤油」
「残念だが、オレは醤油じゃない」
「醤油取ってって言ってるの!」
「なんだ。それなら最初からそう言えばいいじゃないか」
「もう…。根性曲がってるなぁ…」
「そりゃどうも」
桜に醤油差しを渡し、もう一度ツカサを見てみる。
すると、なぜかさっきより赤くなっていた。
落ち着こうと思って、余計に意識してしまったんだろうか。
それとも、私に知られてしまって恥ずかしくなったのか。
まあ、ツカサが望のことが好きかもしれないってのも、私の想像でしかないんだけど。
「マオ、これ、食べて?」
「いらないの?」
「うん。お腹いっぱい」
「んー。でも、私もお腹いっぱいだよ。ねぇ、ツカサはまだ食べられる?」
「………」
小さく頷く。
望はそれを確認して、ツカサの方へ器を寄せる。
すると、ツカサはさらに赤くなって。
…大丈夫だろうか。
過熱して倒れたりしないだろうな。
「………」
「ありがと、ツカサ」
「…うん」
それが、やっと出た言葉らしい。
マオはツカサの異常にうっすら気付いたらしく、首を傾げて。