183
地面に寝転んで空を見る。
結局、ダッカは桜の組が勝った。
桜が上手いものだから、ツカサ以外はまともに蹴られなかったのが主な原因なんだろうな。
もう少し手加減してやればいいのに。
でもまあ、何事にも全力で取り組むのは良いことだ。
不平不満も出なかったし。
あれはあれでよかったのかもしれないな。
「………」
「どうした」
「………」
寝てると思ったんだろうか。
顔を覗きこんできたが、すぐに引っ込んだ。
「…今、何歳なんだ?」
「…十六」
「桜と同じだな」
「………」
「他のやつらは?」
「イナが十、マオが十三。キリとシュウの双子は十二、ナナヤが十四」
「だいたいそんなものか」
「………」
「出身はどこだ」
「…分からない。みんなそうだ。いつの間にか、あそこにいた」
「ふぅん…」
「………」
「………」
「紅葉姉ちゃんは…」
「ん?」
「紅葉姉ちゃんは…信じていいのか?」
「さあな。それはお前次第だ。信用に足らないと判断したら、信じなくてもいい」
「………」
「はっきりと、信頼出来ると言ってほしかったか?」
「………」
何も言わなかったが、そうなのかもしれない。
信じられると思ってくれるのは嬉しいが、信じる信じないは、対象とされる私が決める、決められることではない。
本当にツカサ次第だ。
「………」
「どうだったんだ、盗賊団での生活は」
「………」
「言いたくないか」
「…気の休まるときがなかった。あいつらは、何かにつけて俺たちに因縁を付けたり、手を出そうとしたりした。イナもマオも、何度も危ない目に遭いかけた。でも、この御守りが守ってくれたんだ。いつも」
「どういうことだ?」
「この御守りには、不思議な力があるんだ。その力のお陰で、俺たちは気味悪がられて、なかなか手出しもされなくなってきた」
「気味悪がられて…?どんな力なんだ?」
「…強い猛獣になれるんだ」
「猛獣?変身、ということか?」
「うん…」
ツカサはついに言ってしまったという風に俯いて。
…何かの動物に変身する、というのは、前に響か誰かに聞いた反転の術式…とかいうのに似ている気がする。
自分と縁の深い動物に反転する、というものだったか。
それ自身を見たことはないが、風華も響も水を操ってみせたし、ユカラにも何回も見せてもらったんだから、そういうものも実際に存在するのかもしれない。
いや、実際に存在するんだ。
この目で見てきた通り。
「紅葉姉ちゃん…」
「その御守りはお前たちを守ってくれたんだろ?お前たち自身が、その力を恐れていたらダメなんじゃないか?」
「でも…」
「自分たちだけが特別なのは怖いか?」
「………」
「じゃあ、この御守りはいらないだろう。オレが捨てておいてやるよ。この御守りさえなければ、お前たちが特別だということもなくなるだろ?」
「えっ…」
首飾りに手を伸ばすと、ツカサは反射的に弾く。
驚いて怯んでいる間に、もう一度、手を伸ばす。
「ウゥ…」
すると、ツカサは後ろに飛び退いて、次の瞬間には真っ黒な犬になっていた。
…どうやら、前に聞いた通り、自分と同じ種族に反転するらしいな。
とりあえず、唸るツカサにヒラヒラと手を振ってみせ、また寝転ぶ。
「今、咄嗟に使ったということは、その力はお前に必要な力なんだろう。必要な力は存分に使うといい。怖い力じゃない。生きるための力なんだから。それに、その力は特別なものでもない。オレが知ってるだけでも、あと三人は使える」
「……?」
「ユカラってのが、その一人だ。朝ごはんのときにいただろ?マオくらいの子だ」
「………」
「また見せてもらえばいい。変身出来るかは知らないけど、もっと別のことは出来る。何もない空中から武器を取り出したりな」
「………」
ツカサはまた元の姿に戻る。
許してくれたんだろうか。
隣に座って、拗ねたように尻尾を振る。
「…ずるいよ」
「何がだ?」
「………」
「すまないな。オレは素直じゃなから」
「…自分で言わないでよ」
「ふふ、そうだな」
「………」
郵便屋だろうか。
空を忙しく飛び回っている。
いつの間にかツカサも寝転がっていて、一緒に空を見ていた。
…本当に、真っ直ぐに言いたいことが言えたらいいんだけど。
たぶん、私の根底から染み込んでることだろうから、なかなか難しいのかな。
たくさんの火の粉を散らしながら、カイトが目の前に降りてくる。
不思議と、火の粉は地面や私たちに当たる直前で消えて。
「ここにいたのか」
「どこにいてもいいだろ」
「桜たちは、向こうと合流したぞ」
「そうか。全員いたのか?」
「桜、イナ、マオだけなら、全員いたことになるな」
「そうか」
「昼は一緒に食べるのだろう?」
「ああ」
「時間になったら報せようか?」
「いや、いいよ。表通りの店にするんだろ?」
「たぶんな」
「じゃあ、良い頃合いになったら探しに行くよ」
「分かった。まあ、すぐに見つかるだろう」
「そうだな」
カイトは軽く羽ばたいて、また火の粉を散らす。
…そういえば、ツカサは何も喋らないけど、どうしたんだろうか。
同じことを考えていたのか、カイトはツカサの方を向いて。
「何も喋らないな」
「………」
「ふむ」
「本物の…火の鳥…?」
「ああ。そうだな」
「わぁ…。本物…」
ツカサはおそるおそる近付いて、カイトに触ってみる。
どういう感想を持ったのかは分からないけど、本当に純粋な子供の目でカイトを見ていた。
「大きい…」
「お前くらいなら乗せられるな」
「ホント?」
「ああ。乗ってみるか?」
カイトに聞かれ、少し考えてからフルフルと首を振る。
まあ、まだ信じられないというのもあるのかもしれない。
それでも、フワフワの羽根を触り続けていて。
「………」
「………」
ツカサが火の鳥にどういう憧れを持っていたのかは知らないけど。
ベタベタ触りまくるツカサと、されるがままのカイトと、周りに集まってきた子供たち。
何か、不思議な空気になっていた。