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「暇だなぁ」
「さっきから何回目だよ、それ。そんなだったら、みんなと街へ行けばよかったのに」
「そうだね」
「まったく…。どこに行きたいんだ」
「さすが、いろはねぇ!話が速い!」
「そんなのはいいから」
「んー、街中へ行くんじゃなくて、ボクはいろいろ見て回りたいんだ」
「散策か。まあいいだろ。準備しろ」
「やった!」
そして、桜は部屋を飛び出していった。
…あいつらに付いていっても、充分散策になるだろうに。
よっぽど、この三人が気になるんだろうか。
「お前らも付いてくるよな」
「………」
「あの…私たちは…」
「桜はお前たちと行くのを楽しみにしてるみたいだし」
「…はい」
「………」
「イナ、起きろ。散歩に行くぞ」
「んぅ…」
「散歩だ。行きたくないか?」
「んー…。行く…」
「ほら。ツカサも来るよな?」
「………」
よく見てないと分からないくらい、小さく頷く。
…暗いな、こいつらは、まだ。
あの双子並とは言わないが、もう少し心を開いてくれてもいい気もする。
「…ごめんなさい」
「え?」
「………」
私が考えていたことを察知したのだろうか、ツカサは呟くように謝った。
…そういうことじゃないんだけどな。
まあ、少し進展、といったところだろうか。
イナは、寝惚け眼で窓の外を見ていた。
ツカサは相変わらず何も喋らなかったけど。
イナとイナの姉ちゃんは、だいぶ元気になったようだ。
盗賊団から解放されたということ、自分も仲間たちも助かったということが、ようやく実感出来たのかもしれない。
あるいは、その空気を感じ取っているのだろう。
「桜!見て!」
「わっ、おっきいミミズ!」
「でしょ!土掘ったらいた!」
「そっかぁ、土かぁ」
何に納得したのか、熱心に頷く桜。
…本当に、何に納得したんだろうか。
「………」
「ツカサ!カナブン捕まえた!」
「…そうか。よかったな」
「うん!」
「でも、カナブンもミミズも、俺たちと同じ、たったひとつの生命を一所懸命生きているんだ。あとで、ちゃんと逃がしてやれよ」
「うん。分かってる」
「そうか。それならいい」
またイナは桜たちのところへ走っていき、地面をほじくったりして。
…ツカサがあれだけ喋ったのを見たのは初めてだな。
本来は、確かに、みんなの良き兄なんだろう。
一瞬、こちらを見て、また目を逸らす。
恥ずかしがることもないのにな。
「そういえば、あの女の子の名前はなんていうんだ?」
「……?」
イナと一緒に土をいらっている、イナの姉ちゃんを指す。
ツカサは分かったという風に頷いて。
「マオ」
「マオ?」
「うん」
「ふぅん…」
「………」
必要最低限のこと以外は喋ってくれないか。
まあ、朝の無愛想なかんじから考えると、かなりの進展だな。
腹が減って、機嫌が悪かったんだろうか。
…しかし、広いな。
昔、ここに都があったらしいが…。
見渡す限りの広場…というか、原っぱだな。
城の敷地くらいはあるんじゃないだろうか。
でも、カシュラの人々にとっては生活の一部のようだ。
飛脚が通ったり、歩くのに疲れた連雀商人が休んだり、近所に住んでるらしい子供たちが元気に遊んでいたり。
「おねーちゃん」
「ん?」
「これ、あげる」
「ありがとう。蔓草の王冠か。上手く作ったな」
「えへへ」
「そら、たくさん遊んでこい」
「うん!」
無邪気なものだな。
どこかの小さな女の子はイナたちを見つけると、一緒になって遊んで。
ツカサを見てみると、優しく笑っていた。
でも、見られていることに気がつくと、すぐにそっぽを向いて。
と、首のところに、何かの飾りらしきものが見えた。
「何なんだ?その首飾りは」
「………」
「そうか。内緒か」
「…誰にも言うなよ」
「何なんだ?」
「これは、みんなを守る御守りなんだ」
「ふぅん…?」
「紅葉姉ちゃんは信用出来るみたいだから、言うんだぞ」
「そうか」
「………」
「………」
「………」
「どうした?」
「………」
「……?」
もしかして、紅葉姉ちゃんと言ったことに突っ込んでほしかったんだろうか。
どちらにしろ、何も喋らないから、真意のほどは分からないけど。
ツカサはそれから、ジッと遠くを見つめて、また黙りこんでしまった。
近所の子供もたくさん集まってきて、みんなでダッカを始め出した。
球はボロを集めて丸めたものだから比較的柔らかかったが、それでも、当たれば充分痛いだろうことは想像がつく。
「はーいよー、やー、やー、やー…取った!」
「交代~」
「絶対に抜けると思ったのに…」
「速く配置について~」
「はぁい」
桜は位置につくと、外野から回ってきた球を軽く内野にも回して。
次の蹴者であるイナが配置についたところで、合図を送る。
「えーっと、三回の表。始めるよ~」
「やー」
ダッカは、私も昔にやったことはあるけど、やっぱり掛け声は"やー"で変わりないんだな。
さて、桜が構えて、一投目。
僅かに掛けられた回転で、地面を転がる球はイナの手前で軌道を変え、捕手の手に。
「よしっ!」
「あぅ…」
捕手から球を返されると、すぐに二投目へ。
今度は回転は掛かっておらず、ただ、速く走る球だった。
これにも上手く合わせられず、イナは空振り。
あっという間に三投目。
さて、どうなるかな。
桜は充分に間を置いて、最後を決めにいく。
「あっ!」
「よしっ!」
決め球のつもりが、回転の掛けすぎで、捕手が処理しきれずに"抜け"となってしまった。
捕手が球を追い掛ける間、イナは塁を進んでいく。
「やー!取った!止まれ!」
「二塁~」
「速いなぁ…」
足の速い者を相手にする場合、三投目だけに適応される"抜け駆け"には気を付けないといけないが、イナは今までからっきしだったので、そういった判断も難しかったのかもしれない。
まあ、桜の読み負けということだな。
「………」
「ツカサだ!下がって!」
「やー」
ツカサは、さっきの順番では特大の"大越え"をやってみせた。
警戒するのは当然だが。
桜の一投目。
空振りをさせるというより、芯を外させるような回転。
それでも、ツカサは正面から捉えて…一塁側へ転がすように、抑えて蹴る。
「先に一塁!」
「やー!」
「………」
一塁でツカサは"枠外"に。
しかし、その間にイナは三塁へ。
"送り"だな。
枠をひとつ犠牲にすることで、次に確実に得点出来るように走者を進める。
後退守備で長打は期待出来ないから、良い判断だったな。
さて、三塁に走者を置いて残り二枠。
みんな、そろそろ勝手も分かってきて、いよいよ面白くなってきたな。