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罠はなんとも巧妙ではあったが、巧妙であるから分かりやすかった。
定石に沿って、きちんと仕掛けてある。
たまに違うものがあっても、対処出来ないものはない。
でも、知識がなければ突破は難しいだろうということも分かる。
「その縄の向こうに、さらに細い糸が張ってあるだろ?」
「うん」
「縄を乗り越えると、その先の糸を切ってしまい、罠が発動するようになってる。罠の本体は、あそこにある」
「鳴子?」
「そうだな」
しかし、さっきから鳴子ばかりだな。
行く手を阻むというより、自分たちが素早く逃げられるように…というかんじ。
あるいは、別の理由が…。
「姉ちゃん」
「静かに。もうそろそろみたいだ」
「えっ?」
「ユカラ、探知出来るか?」
「あ、うん。…二時の方向に一人、十時の方向に三人いる。三人組の方は斧を持ってるよ」
「よし。佐之助、純香。三人の方を頼めるか?」
「はい」「了解です」
「ユカラと信介はここで待機してくれ。ユカラは引き続き探知を続けて、いざとなれば森を抜けてくれ。信介は、最短路を案内」
「うん」「分かりました」
「ユカラ、もう一度、四人の詳しい情報を」
「うん。三人の方は斧を持ってて、今は木を切ってる。他に武器になりそうなものは持ってないけど、たぶん運搬用と思われる縄がある。一人の方は見張りみたい。よく分からないけど…とにかく、周りに気を配ってる」
「分かった。ありがとう。じゃあ、作戦開始だ」
合図と共に、佐之助と純香は静かに走っていく。
まだ罠もあるようだが、問題ないだろう。
ユカラに目配せをして、私も目標へ向かう。
蜘蛛の巣のように張り巡らせられた罠の目を潜り抜け、接近する。
想像してたよりも近くにいて、気を配ってる割には簡単に背後を取れた。
「動くな」
「……!」
ユカラから預かった逆刃刀を首に押し付ける。
こいつが罠師だろうか。
「今、鳴子を鳴らしても遅いぞ。向こうも終わってるはずだ」
「な、なんで…」
「なんでだろうな。まあ、あとでゆっくり話をしようじゃないか」
悪あがきだろうか、作動した護身用か道連れ用と思われる罠を避けて。
…丸太落としか。
まさか、ここの木じゃないだろうな。
バタバタと暴れているが、見たところ望と同じくらいの歳だろうか、力は強くなく、押さえつけるのは難しくなかった。
それにしても、あっさり捕まったな。
まあ、氷山の一角でしかないだろうけど。
佐之助と純香が抑えた三人は、ただちにカシュラの警察に送られた。
どこの下っ端かは知らないが、あの様子ならすぐに口を割るだろう。
そして、罠師。
これは宿に連れ帰って。
「何、これ。女の子?」
「男だ!バーカ!」
「なっ!このチビ…!」
「お前もチビだろ、猫娘!」
「こんの…!あんたよりおっきいもんね!」
「喧嘩するな、お前ら。話が進まないじゃないか」
「いろはねぇ!こんな生意気なやつなんて、牢屋に入れとけばいいんだよ!」
「ことと次第によってはそうなるな」
「若い芽を摘むのかよ!」
「若くても、腐った芽なら摘まないといけないだろうな」
「ぐっ…」
「腐ってる芽だよ、こいつ!」
「なんだと!」
「あー、もう!お前ら、少し黙れ!両方とも牢屋にブチ込むぞ!」
「………」「…チッ」
「チビ其の壱。何か文句があるのか」
「………」
「どうも、佐之助」
「いえいえ」
「…ヤクザだな」
「あながち間違いではない」
「えっ?」
「まあ、その話は置いといてだ。事情を説明してもらおうか。あと、名前も」
「ボクは雇われただけ!あっちの三人組に!」
「名前は?」
「………」
「お前には名前がないのか」
「………」
「それで、あの三人の素性は?」
「盗賊団の下っ端だよ!憎たらしい顔で小太りのおっさんが取り仕切ってる盗賊団の!」
「お前の名前は?」
「………」
「ねぇ。なんなの、こいつ?自分の名前も言えないの?」
「五月蝿い!チビ猫娘!」
「あっ、またチビって言った!」
「チビだからチビだ!」
「だから、喧嘩をするな!」
佐之助は二人の頭を一発ずつ殴る。
まったく、こいつらは…。
いちおう事情聴取なんだから、もう少しなんとかならないのか。
「縄を解いてくれよ!家に帰るんだ!」
「帰る家があるのか?」
「あ、あるよ!」
「どこだ。盗賊団の隠れ家か?」
「うっ…」
「雇われたなんて嘘だろ。悪いことは言わないから、そんなところには戻るな」
「縄を解け!帰るんだ!」
「…お前、隊長が言ってることをよく考えてみろ。下っ端が捕まったんだから、隠れ家にはじきに警察やらなんやらが押し掛けて、盗賊団はすぐに全員逮捕される。禁地の木を切ったんだ。もしかすると、一生牢屋から出られないかもしれないぞ。今帰れば、お前もその仲間入りだ。さっき、若い芽を摘むのかと言ったな。隊長がお前を警察に引き渡さなかったのは、若い芽を摘みたくなかったからだ、と俺は考えているんだが、どう思う」
「………」
「隊長の意向を無視して、お前は盗賊団の下に帰るのか?」
「………」
「よく考えて、自分で行動するんだ」
そして、佐之助は縄を切る。
でも、小さき罠師は下を向いたまま動かなかった。
夕飯も風呂も済み、冒険の疲れか、子供たちはもう寝た。
そして、明かりもそろそろ消え始める頃、街の外にたくさんの火がチラチラと見えた。
早速、大捕物を仕掛けるらしい。
巻き込まれた子供があいつだけならいいが、まだいる可能性もある。
その場合は、やはりどこか信頼出来る場所へ預けるか、城へ連れて帰ることになるだろうな。
「ボクは…どうなるの…?」
「しおらしいな。さっきまでの威勢はどうした」
「怖いよ…」
「何が怖い?牢屋に入れられることが、か?」
「………」
罠師は小さく頷く。
…そういえば、祐輔も似たようなことを言っていた。
牢屋に入れられるのが怖いということは、自分のしたことがどういうことなのか、分かっているということ。
多少なりとも良心の呵責を感じているということ。
「大丈夫だ。お前は牢屋には入らない。更正の見込みがあるからな」
「でも…」
「佐之助って分かるだろ?お前と桜を殴ったやつだ」
「あいつ…」
「お前はあいつをヤクザと言ったが、正しくは、お前と同じ盗賊だったらしい。オレは知らないんだが、佐之助やオレの母さんから聞いた話だ」
「………」
「それが今では、衛士として立派に働いてくれている。なぜなら、佐之助は自分の過ちに立ち向かい、乗り越えてきたからだ」
「ボクも…ボクも出来るかな…?」
「ああ。出来るさ」
「………」
暗くてよく見えなかったが、罠師は震えているようだった。
…今は泣けばいいさ。
明日からは笑ってくれよ。
あと、桜と喧嘩をしないように。