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ちょうど半刻くらい経ったところで、馬車は宿に着いた。
カルアの時間感覚は確かに正確なようだ。
新しい場所に来たということで、子供たちも大はしゃぎしている。
「おっきい家~」
「そうだな。今日からしばらく、ここに泊まるんだぞ」
「ホントに?」
「ああ。ほら、中を探険してこい」
「うん!」
元気よく走っていったチビたち…と桐華のあとについて、望と祐輔と翔も走っていく。
…桐華は何回もここに来てるんじゃないのか?
本当に、子供みたいなやつだな…。
「じゃあ、役所に行こっか」
「ああ」
「ボクは嫌だなぁ」
「それなら、子供たちと宿で待ってろよ。今日は挨拶だけだし、まあ今後も行くことはないだろ。今回の旅行を楽しめばいい」
「それでいいの?」
「そうだな。付け加えるとすれば、子供たちの面倒をしっかり見てやってくれ、くらいだ」
「うん、分かった。ありがと」
「ああ。でも、必要なときは手伝ってくれよ」
「分かってる分かってる」
そう言って軽く手を振ると、桜も宿の中へ入っていった。
あとに残ったのを見回して。
「私はどうしよっかな~」
「来ない方がいいんじゃないか?」
「えぇ…」
「それより、厨房を借りて夕飯を作らせてもらったらどうだ」
「あ、それはいいかも」
「じゃあ、それで決まりだな」
「うん。ユカラはどうする?」
「んー。どうしよっかな。姉ちゃんはどう思う?」
「お前の好きなようにすればいい。まあ、子供たちの体調管理をしてもらったら助かるかな。医療班はお前だけだし。はしゃいでるから、反動があるかもしれないし」
「そうだね、分かった。そうする」
「すまないな」
「なんで?」
「絶対に犯人を捕まえるって意気込んでただろ?」
「あぁ。いいよ、そんなの。桜と同じで、手伝わせてくれたらそれでいいから」
「ああ。ありがとう」
「うん」
灯とユカラも宿に入り、残りは佐之助と純香、あとは天照の面々。
こんなものかな。
「私たちは行きますよ」
「分かってる」
「なら、いいです」
「純香…隊長にその口の聞き方はないだろ…」
「敬語は使ってるでしょ」
「態度の問題だ」
「いいじゃない。隊長は優しいんだから」
「優しさに甘えるのはどうかと思うぞ」
「お前ら。喧嘩をするなら帰ってもらうぞ」
「あ…。すみません…」「すみません、隊長…」
「よし。遙、役所まで」
「はいよ」
馬車に乗って役所へ。
今回は、一台で充分。
さて、どうなるかな。
役所は意外にも狭かった。
天照の宿の方が大きいんじゃないだろうか。
所長室も六畳ほどで、佐之助に純香、所長、私と、四人もいると本当に狭かった。
「その問題は、当方でも調査しておりました」
「報告が遅れてた…というか、匿名の密告があったのは?」
「報告が遅れたのは、不確かな情報で中央の手を煩わせるのはどうかと思いまして、調査を優先していました。申し訳ありません。しかし、報告出来るだけの情報がまとまったので、ちょうど報告書を作成していたところでした。密告の件は知りません。ただ、ここの職員や私ではないのは確かです」
「そうか」
「おそらく、リュクラスの守人かと思われます」
「そうだろうな。それで、調査の結果は?」
「はい。確かに森林は伐採されており、犯人も旅人によって目撃されています」
「でも、逮捕には至ってないと」
「申し訳ありません」
「いや、責めているんじゃない。そこまで分かっているのに、どうして逮捕に至ってないのかが気になってるんだ」
「指名手配書を作るにしても、夜の目撃証言ばかりで、犯人の顔がはっきりしないのです。梟族等の、夜目の利く者の証言は得られていません。また、直接出向いても、犯人も犯人で予防線を敷いているらしく、鳴子等の罠に掛かってしまい、逃げられてしまうのです。細心の注意は払っているのですが、お恥ずかしながら、まだ突破出来てません」
「まあ、腕の立つ罠師がいれば、突破するのは難しいだろうな。しかし、そういうものがあるということは、確実にそこにいるということだ」
「はい」
「いつ出没する、とかは分かってるのか?」
「毎日少量ずつ切り倒されているようです。朝に向かったときには、罠もなくなってまして」
「ほぅ…。人数はいないということか…」
「おそらく。目撃証言からも、二、三人のごく少人数であることが分かっています」
「二、三人か…」
「はい。裏で手を引いている者の検討はついているので、あとは現行犯逮捕、白状させるだけなんです。どうか、ご協力よろしくお願いします」
「待て。裏にいるやつが分かってるのか?」
「はい。…いえ、正確には分かっていませんが、間違っているという可能性はないでしょう」
「誰なんだ?」
「…前所長です。前王との関わりも深く、今の王によって追放されたのですが、まだ根を張っているらしく、昔のツテを使ってリュクラスの木を切り、荒稼ぎをしてるんでしょう」
「そんなことをしてどうするんだろうな」
「買収による返り咲きか、高飛びか。真意は分かりませんが、ろくなことではないでしょう」
「買収…か」
「ええ。しかし、カシュラの者は優秀な職員ばかりです。買収されるようなことはないです」
「自信満々だな」
「はい、自慢の部下です。リュクラスの守人とは違います」
「…お前は、守人が一枚噛んでいると思ってるのか?」
「そうでなければ、どうやって厳重な警備の禁地に忍び込んで木を切るんですか」
「管轄は違うかもしれないが、ご近所さんじゃないか。どうして信じられないんだ」
「禁地は守人の管轄です。そこで悪事が横行するということは、守人の怠慢、あるいは、不正に他なりません。どうして、そんな人たちを信じられますか?」
「不正は悪、だと」
「もちろん」
「では、リュクラスを調査にあたって、お前は守人たちの許可を貰った上で調査したか?」
「不正を働いている張本人が許可を出すわけがないじゃないですか」
「じゃあ、どうやって禁地に入ったんだ」
「そりゃ、通行証明書を使って…」
「どうした?」
「いえ…」
「通行証明書は、その名の通り、通行を許可するものだ。決められた道を外れることは許されない。しかし、調査となれば道を逸れる必要があり、その場合は責任者である守人に許可を貰わないといけない。それがどうだ。不正は悪だと声高々に叫んでいるお前が、通行証明書だけで禁地に踏み入るのは不正じゃないのか?」
「そ、それは…」
「正義のため、か?便利な言葉だな、正義ってのは。全てを正当化出来る。戦ですら、な」
「い、いえ…。そういうわけでは…」
「じゃあ、どういうわけだ。すまないな。オレはバカだから分からないんだ。分かるように説明してくれないか」
「…す、すみません」
「謝っても分からないし、謝られる覚えもない。お前のやったことが正当であるということを証明してくれないか。このままでは、オレはお前を疑ったまま調査しないといけない」
「か、勘弁してください…。今後はきちんと許可を取ります、守人も疑いません…」
「まったく…。正義感が強いのは感心出来るがな、それを振りかざして周りが見えなくなるのはいただけないな。真っ直ぐすぎるんだ、お前は」
「すみません…」
「不法侵入の処分はまた今度だ。今は、事件解決に尽力しよう」
「はい…」
「声が小さい」
「はい!」
まあ、こういう真っ直ぐすぎるやつも嫌いではないんだけど。
しかし、この真っ直ぐさは、事件解決には大いに役立ってくれるだろう。
…それにしても、佐之助と純香は何も喋らなかったな。
狭いんだから、出ていってくれたらよかったのに…。