177
「猪鹿蝶だよ」
「えぇ~…」
「望は、本当に引きが良いな」
「えへへ」
「ねぇ。これ、出していい?」
「ああ。やってみろ」
「うん」
サンは手札から酒を出して、月見酒を完成させる。
山札からは桐の一点。
場札の一点と合わせて取る。
「あー、サンが持ってたのか…。山札にあると思ってたんだけどなぁ…」
「花見酒が出来なくて残念だったな」
「ホントだよ…。さっきからついてないなぁ…」
桐華は自分の手札と場札を見比べて、ため息をつく。
…そんなに悪いのか?
確かに、さっきから負け続けではあるけど。
「みなさん。その試合が終わったら、お昼ごはんにしましょうか」
「はぁい」
「お昼ごはん~」
「んー、あんまりお腹空いてないかも」
「朝ごはんが遅かったからな」
「とりあえず、早く終わらせようよ」
「そうだな」
「じゃあ、俺の番」
祐輔が手札から松の五点を出して、場の一点と合わせる。
そして、山札からは雨の一点が出たが、場にはない。
…昼ごはんが近いと分かると、進行速度が上がったな。
そして、終わるまで誰も喋らなくて。
最後は望が青短も揃えて大勝ちをしていた。
逆に桐華はボロボロで。
「あー、引きが悪かった」
「ていうか、花札なんてどこから持ってきたのよ」
「ん?馬車に置いてあった」
「もう…。遊んで出しておくのを忘れてた、の間違いでしょ?」
「そうとも言う」
「まったく…」
「そっちは何してたんだ?」
「桜が裁縫をしだしたから、みんなでやってたよ」
「桜も、どこから裁縫道具なんて持ってきたんだよ」
「お城から持ってきてたの。道中、絶対暇だと思ったから」
「まあ、先を見通せるのは良いことだ」
「そうでしょ」
「そうだな」
「…なんか、ちょっと面倒くさそうに言った」
「そう聞こえたなら、そうかもしれないな」
「もう…」
眉間に皺を寄せる桜の頭を軽く撫でておく。
この程度で機嫌が取れるとも思ってなかったけど、案外そうでもないらしい。
「それで、何を繕ってたんだ?袴か?」
「穴なんてないよ…。刺し子をしてたの」
「ほぅ。刺し子」
「出来たら見せてあげるね」
「それは楽しみだ。ユカラも刺し子か?」
「うん。みんな刺し子だよ」
「布はあんまり持ってこなかったのか?」
「かさ張るから。糸なら軽いし」
「まあ、そうか」
「いっぱい持ってきたから、帰りも出来るよ」
「ふぅん…。ところで、着替えとかはちゃんと持ってきたんだろうな?」
「ん?んー…」
「忘れたんだって。用意はしてたけど」
「ユ、ユカラ…」
「そんなことだろうと思ったよ…。まあ、桜の着替えは風華から預かってるから」
「えっ、風華が?」
「準備をしてたら、桜は気を張ると必ず何か失敗するから…って、着替えを渡してきたんだ」
「へぇ…」
「あはは。ちゃんと分かってるんだね、風華ちゃんは」
「笑い事じゃないよ、はるかねぇ…」
「まあ、しっかり者のお姉さんを持って幸せだって思えばいいのよ」
「ボク、風華と同い年だけど…」
「ははは。そうだったそうだった」
「もう!」
遙は腹を抱えて笑って。
そうなんだよな。
風華と桜が同い年なんて、にわかには信じがたいけど。
「お母さん~」
「ん?どうした?」
「向こうでね、ヤモリ捕まえた!」
「ヤ、ヤモリ…?」
「どれ、見せてみろ」
「うん」
手を出すと、サンはヤモリを放して。
ヤモリは驚いたのか、ジッとしている。
「結構大きいな。どこにいたんだ?」
「んー。馬車に引っ付いてた」
「馬車か」
「うん」
「どこから引っ付いてきたんだろうね」
「さあな。でも、とりあえずだ、サン。ヤモリの家は、たぶん馬車じゃないと思う。だから、家に帰してやってくれないか?」
「家?」
「そうだ。家だ。サンにもあるだろ?」
「うん。お城」
「ああ、そうだな。サンに家があるのと同じで、このヤモリにも家があるんだ」
「どこ?」
「森の中だろうな。その辺に置いてやれば、自分で帰るだろう」
「分かった」
サンは、私の手の上にいるヤモリをそっと掴むと、地面に放す。
すると、ヤモリはスルスルとどこかへ行ってしまった。
「帰した」
「そうだな。優しいな、サンは」
「えへへ」
頭を撫でてやると、ギュッと抱きついてきて。
そして、クルリと反転して私の膝に座る。
機嫌良く足をバタバタさせて。
「あ、そういえば、ヤモリって義理堅いんだよね」
「そうなの?」
「義理堅いというか、ヤモリは家を守ると書いてヤモリと読むんだ。ヤモリを大切にすれば、家を守ってくれるってところから、義理堅いってのが来てると思うけど」
「へぇ~」
「そういえば、灯お姉ちゃんの部屋って、ヤモリがいっぱいいるよね」
「今もいるのか?」
「え?昨日行ったときにもいたけど…」
美希がいるのに、まだヤモリかが出現するのか…。
しかも、いっぱい…。
わざとなんだろうか。
それとも、もう美希も諦めてるのか…。
「飼ってるのかな」
「さあな」
「ヤモリがいっぱいかぁ。行ってみたい気もする」
「えぇっ!私は絶対嫌だからね!」
「そういえば、遙ってヤモリが苦手だったよね」
「だって、上から降ってくるんだもん!」
「あー、たまにいるよね」
「とにかく、絶対に嫌!」
「可愛いのに」
「可愛くない!」
遙は本当に嫌なようだ。
まあ、確かに、上から降ってきたらびっくりするだろうけどな。
それでも、それを帳消しにするくらいの愛らしさはあると思うけど。
感じ方は人それぞれということか。