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中継点は、なんのことはない、要するに道の駅だった。
小さな建物には、食堂や土産屋がいっしょくたになって入っている。
でも、そこには入らず、私と遙は外にいて。
「静香はともかく、お前には全く反省の色が見られないんだが」
「反省してるって…」
「じゃあ、さっきの残念ってのはなんだったんだ」
「あれは…ねぇ。お約束みたいな…」
「何がお約束だ。やっぱり反省してないんじゃないか」
「それよりさ、早く朝ごはん食べようよ」
「食べられないのはなんでだ」
「紅葉が怒ってるから」
「そうだな。その原因を作ったのは?」
「…私です」
「よく分かってるじゃないか」
「もうさ、いいじゃない!反省してるって!」
「開き直るな!」
一発殴ると、遙は頭を押さえながら大きなため息をついて。
…ため息をつきたいのはこっちだよ。
「紅葉はね、ホントに粘着質だよ。いつまで小言を続ける気?」
「お前が反省するまでだ」
「反省してるって言ってるのに…」
「あ、まだやってんだ~」
「桐華!紅葉がやめないんだよ」
「ふぅん。じゃあ、遙が悪いんでしょ」
「悪くないよ。ちゃんと反省してるし」
「反省してる反省してるって口に出して言うと、全く反省してるようには見えないよ。誠実さに欠けるというか。あ、これ、経験則ね。遙は、いつもは怒る側だし、その辺は分かってるんじゃないの?」
「うっ…」
「たまには怒られるのもいいかもね。上手く怒られるコツは、自分に非があるときはとにかく謝る。今後の方針も言えたなら上出来。それでだいたい許してくれるよ。あと、自分に非がないなら、充分な言い訳を用意して、相手に納得させること。多少の穴があっても、筋が通っていれば分かってもらえる」
さすが、怒られ慣れているやつは違うな。
遙は、まともなことを桐華から聞かされて呆気に取られているけど、なんとか意識を取り戻してきたようで。
「暴走させて、ごめんなさい…」
「やっとだな」
「うん…。いつも怒ってるばかりで、でも、分かってると思ってた当たり前のことが、全く分かってなかったんだね…」
「そうそう。これで、いつも怒られてるぼくの気持ちが分かったでしょ」
「そうだね…。でも、ひとつ納得出来ないことがある」
「ん?何?」
「桐華に当たり前のことを言われたってこと!」
「え?え?」
「悔しい!ちゃらんぽらんの桐華に正論を言われてしまった!」
「えぇ~…」
「あー、なんか腹が立ってきた!朝ごはん食べに行こ!」
と、そう宣言して、遙は中に入っていった。
そして、桐華は首を捻っていて。
「なんか納得いかないなぁ…」
「まあいいじゃないか。桐華に諭されて照れてるんだよ」
「えぇ…。でも、ちゃらんぽらんって…」
「事実だろ」
「酷いなぁ、紅葉も…」
「まあ、感謝してるよ。あの状態じゃ、いつまでも分からないままだったからな」
「うん」
桐華の背中を叩いて、私も道の駅に入る。
怒られ上手。
ふと、桐華にピッタリのそんな言葉が思い浮かんだ。
朝ごはんも食べ、馬の交換も済んだ。
いつでも出発出来る状態。
「これ欲しい」
「ん?」
「これ…」
「お土産か?」
「んー…」
何かの骨で作った首飾りを持って、困ったように尻尾を振る望。
自分用に欲しい、ということだな。
「望が何か欲しがるなんて珍しいね」
「そうか?」
「あたしはあんまり見ないよ?」
「まあ、そうだな」
「これ、首飾り?望が付けたいの?」
「うん…」
「そっか。可愛いと思うよ。付けてみなよ」
「いいの?」
「試しに付けるくらいじゃ怒られないよ。そうですよね?」
「はい、お気に召したものを買っていってください」
「ね、ほら」
「…うん」
少し迷ったあと、望は鏡の前に立って首飾りを付けてみる。
ユカラは後ろに回り込み、鏡の中を覗いて。
「似合ってるよ」
「そ、そうかな…」
「うん。それ、買ってもらいなよ」
「お母さん…」
「望が気に入ったなら、買ってやるよ」
「うん…!」
望は首飾りを外して、嬉々として会計へ向かう。
それを見て、なぜか桐華がこちらに近付いてくる。
「紅葉。ぼくもあれが欲しい」
「あれって何だ」
「あの竹の水筒」
「自分で買えばいいだろ」
「お小遣いがもうないんだよ。ね、お願い!」
「遙に言え」
「絶対無理!買ってくれないもん!」
「オレなら買ってもらえると思ったのか?」
「うん」
「はぁ…。どれだよ。とりあえず持ってこい」
「うん!」
桐華はすぐさま棚に向かい、水筒を取ってくる。
なんの変哲もない、ただの水筒だった。
「なんでこれが欲しいんだ」
「今持ってるのって、大きいやつばっかりなんだ。まあ、それはそれでいいんだけど、お茶を入れたら結構重たいんだよね」
「でも、軽かったとしても、これはあまり入らないぞ」
「うん。でも、散歩に出るときくらいには便利でしょ?」
「いや、知らないけど」
「便利なの!」
「はいはい…。分かった分かった…」
「じゃあ…」
「望のと一緒に出してこい。お金はこれで足りるだろ。釣銭は返せよ」
「やった!」
桐華はお金を握りしめて会計まで走る。
まったく、なんで桐華の水筒まで買わないといけないんだ…。
「あたしも何か買ってもらおうかな~」
「欲しいものがあるならな」
「んー。ない、かな」
「そうか」
「…姉ちゃんって、やっぱり優しいよね」
「そうか?」
「うん。大切なお金を、何の迷いもなく誰かに使ってあげられるもん」
「幸か不幸か、オレは給料は貰っても使う機会がなかった。そう簡単には使い切れないくらいの量はある。そうでなかったとしても、オレにはお金より大切だと思うものがあるんだ」
「はい、紅葉。お釣り」
「ありがと、お母さん!」
「ありがと」
「どういたしまして」
「…大切なもの、か」
「ああ」
「ん?なんの話?」
「こっちの話だ」
「ふぅん?」
大切なもの。
お金でその一部だけでも手に入れられるなら、どんな買い物でも安いものだ。
もちろん、お金では手に入らないものもある。
「えへへ」
「よく似合ってるな」
「うん!あ、そうだ。サンたちにも買ってあげてもいい?」
「ああ。呼んでこい」
「うん!」
お金で買えないものは、自分から掴み取る。
そうしないと手に入らないから。
だから、精一杯、手を伸ばすんだ。