173
「速度を上げろ。見通しのいいところまで出るんだ」
「分かってる」
翔は馬を急がせる。
遙たちの方も、ちゃんとピッタリとついてきてるな。
「私が周辺を焼き払ってもいいんだが」
「そんなことをして、オレたち自身も逃げられなくなったらどうするんだ」
「まあ、それはそうだがな」
そして、カイトはまた急上昇して。
馬防具や、翔を守るカルアの盾に矢が当たる。
しかし、追っ手にしては早いな。
城に密偵が紛れこんでいたのか?
「前方、視界が開けてる。あそこで止まるんだよな」
「ああ。カルア、桐華。用意」
「はい」「はいよ」
密偵がいたとしても、たったの二十人程度で掛かってくるとは、またなめられたものだ。
やはり、別の何かということか?
「止まるぞ。三、二、一…」
草原の、大きく開けた広場の真ん中で急停止する。
夏月とサンは、それぞれ祐輔と望がしっかり抱き止めて。
弥生は見えないが、たぶん翔がちゃんとしているだろう。
カルアを残し、私と桐華は外に飛び出た。
「姉ちゃん!これ!」
「おう」
ユカラが投げて寄越したものは逆刃刀だった。
業物だろうか、かなり立派なもので。
…武器なら本当になんでも持ってるんだな。
そして向こうも、戦闘班の二人が出てきていた。
「佐之助、純香。お前たちは車周辺。オレと桐華で根元を叩いてくる。カイトは飛び道具に気をつけてくれ」
「はっ」「了解」
「そら、来たぞ」
カイトがそう言うと、空中で矢が燃えた。
牽制してるらしい。
矢が次々と燃えていく。
「桐華」
「うぃ~っす」
矢の飛んでくる方向、そして、何かが燃えている方向へ進む。
たぶん、カイトが弓ごと焼いたんだろう。
「ぼくは右ね」
「獲物が多いからか?」
「もちろん」
桐華は左から来た誰かに、文字通り鉄拳制裁を加え。
…仕方ないな。
人数では完璧に劣ってしまうけど。
桐華と分かれ、軌道を左に修正する。
「はっ!」
草陰から出てきた誰かを斬りつけると鈍い音がした。
逆刃刀だから、斬れたということはないだろう。
それでも、骨くらいは折ってしまっただろうか。
転げ回っているそいつは、見知った顔ではない。
やはり追っ手ではなく、どこかの雑魚盗賊団らしい。
それなら、それでいい。
「ふぅ…」
飛び道具を失って近距離戦闘に切り替えたせいか、ほとんど散り散りになっているようで。
追いかけるための馬や馬車があるだけだった。
それでも、馬車のひとつから人の気配がしたので、中を見てみる。
中には大柄の男がいて、どうやら金を数えているらしかった。
「どうだった。金目のものはあったか」
「素寒貧だな」
「なんだ、お前。その口の利き方…は…」
「それはこっちの台詞だ」
こっちを振り返る前に、刀の柄で頭を強く殴っておく。
すると、あっさり気を失って。
…図体と態度だけがでかいのか、こいつは。
「紅葉~。何か金目のものはあった?」
「お前は、こいつらよりも盗賊らしいな」
「名もない弱小盗賊なんて、盗賊のうちに入らないよ。手応えも全くなかったし。向こうもあっという間に終わったみたいだよ。まあ、盗賊を名乗るなら、クーア旅団くらいにならないと」
「それは大きすぎるだろ」
「ん?」
「まあ、とりあえず、こいつらは縛り上げておこう。城に連絡を送れるか?」
「うん」
桐華は懐から笛を取り出すと、それを吹く。
すると、馬車の方からすぐに何かが飛んできて。
「伝書鷹か」
「うん。ぼくが飼い慣らしたんだよ」
「ふぅん…」
鷹は桐華の肩に止まって。
そして桐華は、その鷹の足に付けてあった携帯の筆記用具で、それらしいことを書く。
…遙あたりが連れてきていたのかな。
「それで、飼い慣らしたって、拾ってきたのか?」
「うん。卵をね」
「…盗ってきたの間違いじゃないのか?」
「失礼だなぁ。猟師が、仕留めた鷹の巣に卵があったからって、それで貰ってきたの」
「ふぅん…」
「そら、鷹介。行ってきて」
「………」
足に伝書を結わえると、ヨウスケとやらは真っ直ぐ城の方に向かって飛んでいった。
…桐華よりも賢いんじゃなかろうか。
「わっ、お金がいっぱい。どこで盗んできたのかな」
「さあな。そら、縄だ」
「うん」
とりあえず、一件落着ということか。
この金の出所は気になるけどな。
遅めの夕飯も済み、城から連行係も来て。
子供たちも落ち着いて、もう眠ってしまった。
「気になる?」
「まあな」
「教えてあげよっか」
「ああ」
「さっき抜けてきた森の中に、丸裸にされた小さな行商旅団がいたらしいよ。特徴も手口も似てるし、たぶん同じところだろうね」
「そうか」
「ホッとした?」
「ああ」
「まあ、身内を疑いたい人なんていないもんね」
「そうだな」
「襲われた旅団、ユールオに店を持つんだって、結構貯め込んでたみたい」
「目標を持つのはいいことだ」
「うん。まあ、お金の管理はダメダメだったみたいだけどね」
「信用金庫と空き店舗を紹介してやれ。あれだけ持ってたら、三軒は店を出せるだろ」
「はは、確かに。まあ、事情聴取のためにユールオに行ってるみたいだし、気の利く誰かが紹介してくれるでしょ」
「…そうだな」
取り越し苦労でよかった。
でも…
「少しでも、みんなを疑った自分が恨めしい?」
「…ああ」
「そっか。紅葉らしいね」
「お前は、そうは考えないのか?」
「うん。取り越し苦労は取り越し苦労だもん。自分が考えてたことと違っててよかったって、それで終わり。疑った事実は、いくら考えたって変わらないんだし。ウジウジクヨクヨするくらいなら、過去は過去と割り切って、前に進む方がいいでしょ?」
「…そうだな」
「さあ、もう寝よ。こういうときは、寝るのが一番。明日にはカシュラに着くように、飛ばしていくからね!」
「それはまた厳しいな…」
「こうしてるうちにも、どんどんリュクラスの木が切り倒されてるかもしれないから」
「…そうだな」
遙に手を引かれ、馬車のところまで戻る。
そして、火番はカイトに任せて。
…いや、カイト自体が火なんだけど。
ゆっくりと、眠りに落ちていく。