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「仕事が来ないね」
「いや。知らないけど、そんなこと」
「紅葉、ルイカミナに行ってみない?」
「行かない」
「はぁ…」
遙はため息をついて。
…用事もないのに外出するわけないだろ。
「暇だなぁ…」
「城の警備でも手伝ってくれよ」
「する必要がないじゃない。街の人も、割と自由に出入りしてるし」
「門は開放してるからな」
「何かないの?宝物庫とかさぁ」
「ないよ、そんなものは」
「つまんないの」
「つまらなくて結構。議会の見学にでも行けばいいじゃないか」
「行ったけど、ただのお茶会だった」
「なんだ、それは…」
「お茶とお茶菓子があって、みんな和気藹々としてたらお茶会でしょ」
「議会だ。あれは」
「ふぅん…」
つまらない、という風に寝返りを打って。
…仕事がないからといって、こうもゴロゴロしてていいものなのか?
とりあえず、鬱陶しいことこの上ない。
「紅葉、ちょっと伝書を頼みたいんだけど…」
「利家!ルイカミナに行かない?」
「え…。いきなりなんで…」
「仕事がなくて暇なんだと。どうだ、王さま。ルイカミナを視察してきたら」
「いや…。そんな予定はないし…」
「作って!今すぐ!」
「困ったなぁ…」
遙に詰め寄られ、困った顔をする。
…助けてくれという風に、こっちを見てるけど。
「…まあ、それはいいとして、伝書ってのはなんだ」
「あ、あぁ、これだよ。カシュラに届けてほしいんだけど…」
「カシュラ?何の伝書なんだ」
「リュクラスに伐採人が出没してるって報告があってね」
「警備はどうしたんだ」
「んー…。それが、これは警備員からの密告なんだよ…」
「賄賂か」
「信じたくないけど…。でも、組合からも、リュクラスで大規模な切り株群を見た旅人がいるって報告があったから、いちおう調べておいた方がいいと思って」
あの日記を読んだすぐあとにこれだ。
何かの偶然か?
それとも、お母さんが引き合わせてくれた運命なのか。
「遙!仕事だ!」
「ほいほい。カシュラ、および、リュクラスへ。衛士長さまご一行ね~」
「はぁ?ご一行?」
「あの子たちは行く気満々みたいだよ」
部屋の入り口の方を見ると、ずっと話を聞いていたんだろうか、桜とユカラが闘志を燃やして立っていた。
「禁地の木を切るなんて、許せないよ!」
「ボクは、外出したいだけ!」
「そうか…。じゃあ、遙。オレとユカラの二人だ」
「えっ!なんでさ!ボクも連れていってよ!」
「お前なぁ…。これは、旅行じゃないんだぞ?」
「分かってるよ…」
「危険かもしれないんだぞ?」
「うぅ…」
「外出したいだけとか、そんなやつを連れていけると思ってるのか?」
「………」
「ダメだな」
頭を振る。
でも、利家が割って入ってきて。
「これは正式な伝書だ。戦闘班であるお前とか、医務班のユカラには託せないな。ちゃんと扱いの分かってる伝令班の者でないと」
「としにぃ…」
「…仕方ないな。王がそこまで言うなら」
「えっ、じゃあ、いろはねぇ…」
「しっかり仕事してもらうからな、桜」
「うん!」
突如決めたリュクラス行き。
たぶん利家は、桜とユカラがいるときを狙ってきたんだろう。
あの日記のことも狙ってたのかは知らないが。
この国を守ってみせる。
改めて思い出した、お母さんとの約束。
噂はあっという間に伝播し、新たに戦闘班から二人、伝令班から一人、調理班から一人、その他三人が集まった。
こうなってしまっては、大視察団と言うべきだな…。
「望。桜のこと、頼んだよ」
「うん」
「かぐやねぇ、それはないよ…」
「桜より、望の方がしっかりしてるじゃない」
「そんなこと…」
「上手く逃げたな、灯」
「え?なんのことかな?」
「明日、お前が当番だろ」
「えっ、そうだったの?知らなかった」
「まあ、向こうに行ってしまえばお前しかいないんだから、当番なんて関係ないけどな」
「えっ、嘘!」
「…気付けよ」
「腹痛ならこれ、熱が出たらこれ、あとは…」
「風華…。ユカラもいるんだからさ…」
「それでも心配だよ。三人の体調には特に気をつけて。祐輔はお兄ちゃんなんだから、夏月とサンのこと、しっかり見ていてあげてね」
「うん」
どこかに旅行へ行くような雰囲気になってしまったな…。
まあ、それはそれでいいけど…。
「紅葉のところは、護衛はいらないよね」
「戦闘班のやつらのところも省いてもらっても構わない」
「そうだね。…ていうか、十人しかいないんだから、車は二つで充分でしょ」
「そうだな」
「それなら、護衛なんていらないじゃない」
「そうなるな」
「はぁ…。じゃあ、御者と護衛一人、ひとつの馬車に七人構成で行くよ」
「ああ、それで頼む」
「で、どう乗る?」
「そうだな…」
どう乗ろうか…。
道中、危険になることはないと思うけど…。
「子供たちは、隊長のところがいいと思います」
「祐輔、夏月、サンがオレのところか」
「はい」
「望は?」
「望にはカイトがついてる。どっちに乗せても問題はないだろ」
「そっか。それで、戦闘班の二人は一緒に乗るんでしょ?」
「はい」「そうですね」
「桜は五月蝿いからそっちに譲るとして…」
「いろはねぇ!今、なんか失礼なこと、言ったでしょ!」
「言ってない」
「え?あれ?」
「あたしは、桜と同じ馬車がいいな」
「じゃあ、桜とユカラはそっちだな」
「はい」
「あとは、望と灯だけど…」
「私たち二人にユカラさんと、戦力がこっちに集中していますので、望ちゃんは隊長のところの方がよろしいかと」
「そうか?じゃあ、そうしようか。灯は、戦闘に関しては役立たずだから、その辺よろしく」
「はい。心得てます」
「なんか傷付いた。今、なんか傷付いた」
「そうか。よかったな」
「………」
さて、これで準備は整った。
頭に血が昇って、衝動的に決めてしまったけど。
でも、これは確かに大切なことだから。
「紅葉の馬車の御者は翔、護衛はカルア。こっちの御者は静香、護衛は私。必ず、安全に送り届けます。短い間だと思うけど、よろしくね」
「よろしく」「よろしくお願いします」「よろしく~」
「よし。じゃあ、出発進行!」
みんな、それぞれの馬車に飛び乗って。
忘れ物はないか、もう一度確認。
そして、城に残るみんなに見送られ、馬車はゆっくりと前進し始めた。
「ちょっと、私は!?」
「すぐに帰ってくるから待ってなさい。向こうで二日酔いになられても困るし」
「私も行きたいよ!待ってよ!」
…どこまでも追いかけてきそうだな。
桐華だけ徒歩…でもいいけど、仕方ないから手を伸ばして引き上げてやる。
「はぁ…。よかった…。間に合った…」
「間に合ったじゃないだろ。向こうで二日酔いになってみろ。その辺に捨てて帰るからな」
「分かったよ…」
酔い止めの薬が入ってるらしい印籠を首から下げた桐華を加え、これで計十五人。
ちょうどキリのいい数字だ。
さて、どんな旅になるんだろうな。