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果たして、昼ごはんは蕎麦だった。

葛葉の分には、ちゃんと油揚げが乗っていて。


「なんだか、涼さんの食堂で食べてるみたいだね」

「そうか?」

「うん。お城じゃあんまりお蕎麦なんて食べないし」

「そうかな」

「葛葉、油揚げはまだあるからな。たくさん食べろよ。サンも、遠慮なくおかわりしろよ」

「うん!」「たくさん食べる!」

「美希。あんまり甘やかしちゃダメだよ」

「甘やかしてなんかないよ。二人が食べたいものを食べさせてやってるだけだ」

「…それを甘やかしてるって言うんだがな」


まったく、こいつは何をどう考えているのやら。

油揚げだけでなく、茶蕎麦や天かすなんかも用意してある。

この城にいる子供たちの好きなものを全て把握してるんだろうか。

…と、ふと、さっき美希が読んでた本が目に入ったので、手に取ってみる。


「子供の好き嫌いをなくす方法」

「えっ、何それ」

「この本だ」

「灯に借りたんだ。役に立つ本だからって」

「ふぅん。灯が書いたのかな。結構分厚いけど」

「…オレの母さんだよ、書いたのは」

「紅葉の母親?」

「ああ。それで、この好き嫌いの多い子供っていうのがオレと灯だ」

「姉ちゃん、好き嫌いが多かったの?」

「さあな。あまり覚えてないが、とにかく城に来た頃は何も食べなかったらしい」

「へぇ…」

「食べるようになっても、肉ばっかり食べて、野菜にはほとんど手を付けなかった」

「ほとんどって?」

「狼は雑食だ。主に肉ってだけで、その辺の草や木の皮を食べることもある」

「ふぅん…」

「好き嫌いというか、それまでの習慣だったんだ。肉をよく食べるってのは。それを、これから人間として生きていくためにと、ここに書いてあるようなことを試してたんだろうな」

「へぇ~。ちょっと見せてよ」

「ああ」


本を渡す。

風華は蕎麦を横によけて読み始める。

…葛葉が、自分の前に蕎麦が来たものだから、くれたんだと思って食べてしまっているのは…今は黙っておこう。


「へぇ~、綺麗な字だね」

「母さんは書道も嗜んでたからな。普段はもっと達筆なんだけど、これは誰か不特定多数の人が読むと思ったんだろうな」

「ふぅん。でも、なんだか日記みたい。日付と天気まで書いてあるし」

「じゃあ、日記なんだろ」

「日記だな。ほら、ここ。読んでみろよ」

「え?えっと…」



四月十六日、快晴。

リュクラスの狼から人間の子供を預かってきた。

不思議な子で、いきなり人間たちの中に放り込まれたにも関わらず、一切動じることもなく、今はぐっすり眠っている。

噂には聞いていたけど、ここリュクラスにだけ生えてると言われているリランは、春のただ中の今、綺麗に紅葉していた。

そして、この子もそこにいた。

だから、季節外れは百も承知だが、この子の名前を紅葉と決めた。

ただ、"こうよう"では可哀想なので、始まりの言葉である"いろは"の読みを当てた。

旦那からは、イロハモミジか…なんて言われたけども。

灯より少しお姉ちゃんらしい。

二人が仲良くなれますように。



「好き嫌いのことは書いてないね」

「いやいや。紅葉について、かなり大切なことが書いてあっただろ」

「………」

「分かってるよ…。でも、リュクラスのリランって、確かに噂には聞くけどね」

「私も見たことはないな。リュクラスに入ったことはあるけど」

「あそこって入れるの?」

「通行証があればな。通行証は、簡単な試験に合格して誓約書を提出すれば手に入る」

「へぇ~」

「でも、そういった証明書が必要ってことは、管理もかなり厳しいってことだ。もしおかしな真似をすれば、逮捕されるのは必至だ。私も、無断で入ろうとした木こりが捕まえられるのを見たことがある」

「…怖いね」

「怖くはないさ。ちゃんと規律を守っていれば捕まることもないんだからな」

「そっか。そうだよね」

「ああ。それより、紅葉。どうしたんだ、さっきから黙りこくって」

「ん?あぁ…。いや、なんでもないよ…」

「そうか?」


母さんが、こういう本を書いていることは知ってたが、中身は知らなかった。

もしかしたら、これには私の知らない母さんや父さん、灯のこと…それに、私のことも書いてあるかもしれない。

どうして、灯は黙っていたんだろうか。

灯が読まなかったはずはないのに…。


「紅葉。あれこれ考える前に、読んでみたらどうだ」

「えっ?」

「うん。灯が姉ちゃんに見せなかった理由も分かるかもしれないよ」

「"見せなかった"なら、読まない方がいいのかもしれないけどな」

「まあいいじゃない。姉ちゃんも、もう分別がつく年頃なんだから」

「風華…」

「そうだな。私は、もう一通り読んだから。ゆっくり読めばいい」

「それで、読み終わったら、姉ちゃんから直接灯に返して、びっくりさせればいいんだよ!」

「風華、それは趣味が悪いだろ」

「いいじゃない。灯が姉ちゃんに読ませなかった本当のところを聞き出せるかもしれないよ」

「私は、ただ単に忘れていた、に一票」

「あっ。それ、私が賭けるつもりだったのに!」

「残念だったな」

「いいよ!私も、忘れてたに一票!」

「なんだ、つまらないな」


…本当に忘れていたんだろうか。

もしかしたら、本当に私が読んではいけないものなのかもしれない…。


「姉ちゃんらしくないよ」

「え?」

「いつもなら、もうここで読み始めるくらいでしょ?ほら、くよくよ考えないで」

「………」

「ね?」

「…そうだな。考えていても仕方ない」

「うん。その意気だよ」

「…そうか。ありがとう」

「どういたしまして」

「あと…お前の蕎麦、葛葉が全部食べたから」

「えっ!」


葛葉は、最後に残しておいた油揚げを、今まさに食べ終わるところだった。

もちろん、風華の蕎麦など影も形もない。


「…まあ、もう一個作ってやるから」

「よろしくお願いします…」

「ふふふ」

「もう!笑い事じゃないんだから!」


風華が突然大きな声を出したので、葛葉は飛び上がっていた。

でも、どうにも笑いがこらえきれなくて。

風華には悪いが、笑うしかない。

…それと、そのお陰で母さんの日記についても吹っ切れたようだ。

くよくよ考えるのは私らしくない。

確かに、そうだよな。

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