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「じゃあ、頼んだぞ」
「はっ!」
「あ。あと、派遣班の様子も見てきてくれないか?」
「はっ!了解しました!」
「頼むぞ」
「はっ!では、行って参ります!」
一度大きく羽ばたいたと思うと、もう姿が見えなくなった。
うん、やっぱり、あいつが一番速いな。
…今のところ。
「あ、おはよ、お母さん」
「おはよう。早起きだな、光は」
「うん」
「朝ごはんは食べたのか?」
「ううん」
「厨房の場所は分かるか?」
「うん」
「そうか。じゃあ、しっかり食べてこい」
「お母さんは?」
「オレはもう食べたから」
「分かった」
そう言って、トテトテと走っていく。
…そっちは逆方向なんだけどな。
「おい、光!」
「……?どうしたの?」
「こっちだ。ついてこい」
「うん」
光の手を繋ぐと、私の方を見てニコリとする。
「えへへ」
「ちゃんと覚えとくんだぞ」
「うん!」
「それと、迷ったら誰かに言うんだ。案内してくれないやつなんていないから」
「分かった~」
しばらく歩いて、厨房に出る。
「こいつに朝ごはん、作ってやってくれ」
「お願いしま~す」
「了解~」
「じゃあな、光」
「え?行っちゃうの?」
「いてほしいか?」
「うん」
「じゃあ、いようか」
「うん!」
光は、楽しそうに足をパタパタさせる。
「どうした?」
「えへへ~」
「ん?」
「なんでもないよ~」
「ふふ、そうか」
何かは分からないけど、光が嬉しそうにしてるのを見てると、私も嬉しくなってきた。
本当に、可愛いな。
「あ。姉ちゃん。ここにいたんだ」
「おはよう」「おはよ~、お姉ちゃん」
「おはよ」
「あ、風華さんの分も作りますね」
「お願いしま~す」
「えへへ~」
「どうしたの?嬉しそうだね」
「なんでもないよ~」
「そう。でも、ホント、嬉しそうだね」
「うん!」
光の嬉しさは、風華にも伝染したようだ。
そして、あいつにも。
「ふふ、出来ましたよ。さあ、どうぞ」
「ありがと」「いただきま~す」
「美味いか?」
「うん、美味しいよ」「うん!」
「ありがとうございます!」
「良かったな」
「はいっ!」
光のお陰で、朝ごはんは終始和やかな雰囲気だった。
二人の朝ごはんも終わり、いよいよ例の時間が来た。
「こら!遊ばないの!」
「ちべたい~…」
「なんで望が洗濯されてるのよ!」
「だって…」
「ほら、着替えて。もう…」
「ひゃぅ!だ、誰!?水掛けたの!」
「あははっ、桜お姉ちゃん、面白い~」
「このっ!喰らえ!」
二週に一回でも嫌だった、この退屈な時間が、これだけ楽しくなるものなんだろうかと思った。
不思議なものだ。
「紅葉、手が止まってるぞ」
「ああ」
「ふぅ…やっぱり疲れるけど、綺麗になるのは気持ち良いな」
「そうだな」
「ほら、響たちの方ばっかり向いてないで…」
「そりゃ!」
「冷たっ!誰だ!」
「へへ、油断してるのが悪いんだよ!」
「待てこら!桜!」
そろそろ私のところにも来る頃だな…。
「えいっ!」
「残念だったな!」
「や~…冷たい~…」
「まだまだだな」
「むぅ~…」
響を返り討ちにしてやる。
…そして、もうひとつの気配。
「それっ!」
「甘い!」
「わっ!冷たい…」
「ふふ、どうした?」
「うぅ…」
桜との時間差攻撃か。
なかなかのものだが、詰めが甘い。
…そういえば、利家はどうしたんだ?
さっき、桜を追いかけてたよな…?
「やっ!」
「お見通しだ!」
「あぅ…」
「あぁ!姉ちゃん!望、さっき着替えたばっかりなのに!」
「オレに挑んでくるやつが悪い。それに、すぐに乾くだろ」
「もう!」
「たぁ!」
「ひゃっ!こ、こら!光~!」
「あははっ、やった!」
「作戦成功だね!」
どうやら、最初から狙いは風華だったらしい。
陽動をかけてからの奇襲か。
桜あたりが作戦を立てたのかな?
なかなかに筋が良いな。
結局のところ、最後までずぶ濡れにならなかったのは、私と、戦闘班の中のごく少数と、光だけだった。
…光は、誰にも狙われなかったというのが正しいけど。
「はぁ~、やっと終わったよ~」
「桜はずっと遊んでたじゃない」
「そんなことないよ。みんなで作戦立てたりしてたもん」
「それを遊んでるって言うの」
「あれ?チビたちは?」
「もう遊びに行ったよ」
「そうか」
「姉ちゃんはどうするの?」
「そうだな…」
「買い物!」
「昨日行ったばっかりじゃない」
「うぅ…」
「買い物もいいんだけどな。まあ、その辺を見回っとくよ」
「ボクも行く!」
「好きにすればいい」
「じゃあ、私は医療室にいるから」
「ああ。分かった」
そして、風華と別れて城の外へ向かう。
「あ、買い物行くの?」
「残念だが、外周の見回りに行くだけだ」
「なぁんだ…」
「買い物に行きたいなら買い物にいけばいい」
「いろはねぇ が一緒じゃないとヤ」
「自分の小遣いを使わないといけないからか?」
「それもあるけど、一人で行くのはやっぱりつまんない」
「ふふ、そうか」
昨日、割と早く帰ってきてたのも、そういう理由からなのかな。
「はぁ…」
「ん?手紙が気になるのか?」
「そ、そんなんじゃないよ…」
「じゃあ、どうしたんだ?ため息なんかついて」
「うーん…なんだろ…」
「ため息をつくと、幸せが逃げるんだぞ」
「えぇ!?そうなの!?も、もうため息つかない!」
「ふふ、まあ、頑張ることだな」
グッと口を押さえて、息も止めてるみたいだ。
…何もそこまでしなくてもいいようなものだけど。
「くっ…くくっ…」
「………」
「うくっ…」
「………」
「くっ…」
「………」
「はあぁぁぁ…」
「今、大量に幸せが逃げていったな」
「ち、違うもん!今のはため息じゃないもん!」
「そうか。じゃあ、何だったんだ?」
「あれだよ!えっと…し、深呼吸だよ!」
「えらく長く溜めてたな」
「あれがボクのやり方なの!」
ふふ、意地になってる。
それに、深呼吸は息を止めるものではないけどな。
「ふぅ~…」
「あ、いろはねぇ、ため息ついた」
「ああ。幸せのため息だ」
「幸せのため息?」
「幸せなときにつくため息だ。幸せは幸せを呼ぶ。幸せのため息は、いくらついても幸せが減ることはない」
「じゃあ、ボクも、今度から幸せのため息だけつく!」
「ふふ、そうするといい」
幸せのため息。
うん。
そうだな。
幸せのため息だ。
そうですね。
幸せのため息です。