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「悪いな、夕飯まで世話になって」

「いいってことよ。それより、城に戻らなくていいのか?」

「さっき、伝言を頼んでおいたから大丈夫だ」

「でも、勿体なかったなぁ。せっかく可愛い服だったのに」

「早く洗濯してもらった方がいいだろ」

「そうだけどさぁ」

「姉ちゃんは、やっぱり衛士の制服が一番似合うね」

「いつも着てるからな」


すっかり馴染んだ服は、やっぱり着やすい。

まあ、たまにはああいう服を着てみてもいいかもしれないけど…。


「………」

「哲、どうしたの?可愛い子がいるから緊張してるの?」

「………」

「あはは、ダメだこりゃ」


哲也は、俯いたまま固まって動かなかった。

望だろうか。

とにかく俯いているので、分からない。


「ごめんね。おやつなら、誰がいようとがっつくんだけど」

「他の人と夕飯を食べたことがないんだろ。仕方ないよ」

「そうねぇ。毎日来てもらおうかしら」

「お城に来たら、みんなで夕飯食べてますよ」

「行っていいの?」

「門が開いてるなら、誰でも歓迎だ。もう前の王は倒れたからな」

「前の王といえば、ヤゥトの連中、根性据わってたなぁ。失敗すりゃ、村の焼き討ちどころじゃ済まなかったんだぞ。目の前にいる俺らでも、なかなか踏ん切りがつかなかったってのによ」

「兄ちゃんは、良い機会をずっと狙ってたんですよ」

「あっ。そういや、風華ちゃんって、蜂起決行隊の一人だったよね」

「はい。ほとんど何もしてないですけど…」

「そんなことないでしょ?大活躍だったって聞いてるよ?」

「そ、そんなこと…」

「まあ、それはいいじゃねぇか。話を聞かせてくれよ」

「あ、はい。えっと、偵察に行ってた桜が捕まって、これはいよいよ…ってときに捕まったはずの桜が帰って、衛士長が処刑されるかもしれないって情報を得たんです。あの政権の下でも衛士は真っ直ぐだったから、もしかしたら王に反抗心を抱いてるかもしれないってことで、決行に移したんです」

「そうだねぇ。あれだけ近くにいて、よく腐らずにやってこれたよね」

「治安を維持するオレたちが腐ってしまえば、この国自体が崩れ去ってしまう。遅かれ早かれ、あんな王は倒れる。だから、耐えていた」

「自分たちで王を討とうとは思わなかったの?」

「オレたちが王を討ってしまえば、次は武力政治になりかねない。結局、オレたちは衛士、警察といった武力的、法的な集団だ。そういう者が政治をする国は、必ず自らの首を絞める結果になる。他力本願だと思われても、それは避けるべきだと思ったんだ」

「へぇ~。なかなか先見の明があるんだねぇ。それで、風華ちゃんの方はどうなったの?」

「兄ちゃんの読んだ通り、衛士長の処刑決行により衛士たちの反抗心は極限まで高まっていました。だから、全く交戦もせずに制圧することが出来たんです」

「利家くんは大将でありながら、聡明な参謀でもあるんだね」

「それほどでもないですよ」

「なんで風華が言うんだ」

「兄ちゃんのことは私のこと、だもんね」

「い、いや、そういうわけじゃ…ないです…」

「ふふふ」


自慢の兄、ということなんだろう。

羨ましくもあるし、嬉しくもある。

…ぼちぼち夕飯に手を出し始めた哲也の皿に自分の竜田揚げを乗せてやると、一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに笑って。

よし。

もうそろそろ本腰を入れて食べるか。



眠ってしまった望を背負って、市場を歩く。

開いてる店は居酒屋くらいなもので。

暗い夜道は、それでも酔っ払いの陽気な笑い声で溢れていた。


「おい、こんなところで寝るな。風邪引くぞ」

「はい…。しゅみましぇん…。おつまみくだしゃい…」

「何言ってるんだ。帰るぞ」

「んー…」

「桐華さん、こんなところで何してるんだろ…」

「居酒屋を回ってたんだろ」

「お酒なら、お城にもあるでしょ?」

「桐華は、酒を呑んでるんじゃない。雰囲気を呑んでるんだ」

「……?」

「桐華は酒が好きなんじゃなくて、酔っ払うことが好きなんだ。それで、他人が酔っ払っているのを見るのも好きだ」

「へぇ…。よく分からないけど…」

「どんなに安くても、どんなに不味くても、酔っ払うことが出来ればいいんだ」

「ふぅん…。変なの…」

「ああ、変だ。でも、酔っ払っているときの桐華はすごく楽しそうにしてるだろ?」

「うん。それはそうだね」

「まあ、そういうことだ」

「そういうことか」

「まあ、それはいい。望、頼めるか?」

「うん」


望を風華に渡し、冷えないように上から羽織を被せる。

それから桐華の腕を担ぎ上げて。

何かムニャムニャと言ってるけど、寝言だろうな。

まったく…。

自分で帰られなくなるまで呑むなよな…。


「あにゃ?いろは~。どったの~?」

「面倒くさいから寝てろ」

「ひろいなぁ…。わたしだってぇ、かみひもくらいもってましゅ~」

「髪紐なんか持ってても、お前は結ぶ長さがないだろ」

「んー。でもぉ、はるかたんがぁ、こんどぉ…。んー…」

「何だよ」

「あー、あはは。ほしがきれいら~」

「まったく…」

「何なんだろ」

「さあな。言ったらダメだって言われてたんだろ」

「へぇ…。いちおう、話しちゃいけないことは話さないんだね」

「そうだな。ペラペラ喋るときもあるけど」

「ふぅん…」

「つきがぁ~、でたで~た、つきがぁ~で~た~…」

「なんか歌ってる…」

「歌うのは好きだからな」

「しかも、酔っ払ってる割に上手いし」

「歌とお茶だけは得意だからな」

「歌は想像が付かない」

「まあな」


朧月夜を歌ってみたり、茶摘みを歌ってみたり、とにかく支離滅裂だけど。

あと、こぶしが利きすぎてる。


「あ、朧月夜で思い出した。姉ちゃん、目は大丈夫なの?」

「まだもう少しなら大丈夫だ」

「そっか。じゃあ、ちょっと急ごう」

「まあ、そう焦ることもない。慣れた道だ。見えなくても大丈夫。風華もいるし」

「…そう?それならいいんだけど」

「ああ。だから、ゆっくり帰ろう」

「うん」


昨日、生まれて初めて見た月は予想以上に綺麗だった。

次の赤い月まで見られないのは残念だけど。

そういえば、今日こそサンのことを確認しないといけないな。

…まだ暗い夜道を、ゆっくりと帰っていく。

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