165
望は、手当てが済むとすぐに眠ってしまった。
余計な心配をしたからか、安心したからか。
「そういえば、哲也くんはどうしたんですか?」
「さあね。外で遊んでると思うよ」
「えぇ…」
「大丈夫大丈夫。みんな見ててくれてるし」
「そうですけど…」
「どこ行くのだとか早く帰ってきなさいだとか、そういうのはあまり好きじゃないんだよ。面倒くさいし。のびのび自由にさせるのが一番」
「そんな適当な…」
「風華ちゃんだって、利家くんにやいやい言われるのは嫌でしょ?哲だって一緒だよ」
「うーん…」
納得がいかない様子で。
…風華自身、涼と同じく自由放任主義であることには気付いていないようだ。
「それで、哲に何か用事?」
「あ、いや、ただ単にどこにいるのかなって思っただけで」
「そう。最近は、孤児院の子たちと遊んでるみたいよ。お友達が出来たってはしゃいでたし」
「へぇ…。ルウェとかかな」
「男の子の友達だと思うよ。あの子、結構恥ずかしがり屋だし」
「男の子かぁ」
「うん」
「あ。涼さんって、ルウェのこと知ってるんですか?」
「知ってるよ。なんで?」
「いや、食堂にいたら、なかなか会う機会もなさそうだし」
「そんなことないよ。ここに来ることもあるから」
「えっ、遊びに?」
「うん。表で遊んでるときもあるし、お昼ごはんを食べさせてあげたりもしてるからね」
「へぇ、太っ腹なんですね」
「これから、もっと大きくなるよ」
「あはは、そうですね」
「…まあ、お昼ごはんを食べさせてあげてるのは、旦那なんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん」
「組合では積極的に孤児の保護をしているからな」
「組合って、旅人を補助する?何か関係あるの?」
「ああ。慈善活動というか、株上げもあるんだろうが、組合はもともと旅人たち自身で設立されたものだからな。今はそうでもないけど、当時の旅人のほとんどは孤児だったんだ。だから、当然成るべくして成った…というわけなんだが」
「ここ、組合加盟店でしょ?最初に加盟しようって言い出したのが旦那だったの。突然だったんだけど、そのとき広げてた瓦版に、さっき紅葉ちゃんが言ってたことが蘊蓄話として載ってたんだ」
「へぇ~」
「あの人、子供好きだから」
「え?オヤジさんが孤児だったとか、そういう感動話は…」
「あはは。ないよ、そんなの。まだ両親共にピンピンしてる」
「えぇ…」
「オヤジの株が下がったな」
「大暴落だよ…。結局、子供に来てほしいから加盟したも同然じゃない…」
「そうだねぇ。事実、そうなんだから仕方ない」
「でもまあ、子供が好きっていうのは悪いことじゃないしな。むしろ歓迎されるべきだ」
「うん…。そうだね」
目的は何であれ、組合に加盟してくれたのには違いはない。
その、人助けをしたいという志が立派なんだろう。
風華も分かっているはずだ。
「ふふふ。可愛い寝顔」
「そうだな」
「どこで転んだんだろ」
「さあ」
「誰かと遊んでたとしたら、心配してるんじゃないのかな」
「たぶんな」
「まあいいか」
「ああ」
「…紅葉ちゃんって一言ずつでしか答えないよね」
「そうか?」
「うん。なんか、不必要なことは答えないってかんじなのかな」
「まあ、余計なことを言う必要もないし」
「そうかもしれないけどさ。うん、そうだよね…とか、うんだけじゃなくて、そうだよねくらい付けてもいいと思うんだ」
「付けてないか?」
「付けてないね」
「あれですよ。姉ちゃんは、しんみりすると口数が増えるんです」
「へぇ。普通は逆じゃない?」「しんみりしたら口数が増えてるのか?」
「増えるんじゃない?あと、何か説明するときは一気に説明するよね」
「あ、それは分かる。紅葉ちゃん、蘊蓄とか好きそうだもんね~」
「そうかな…」
「さっきだって、カゥユの御子のこととか、組合のこととか、楽しそうに話してたじゃない」
「そんなに楽しそうだったか?」
「かなり」
「ふぅん…」
自分では、ごく普通に話してるつもりなんだけど…。
他人から見たら、楽しそうに見えるのかな…。
「風華ちゃんは、紅葉ちゃんが格好良かったとか、望ちゃんが賢かったとか、身内の自慢話をしてるときが一番楽しそうだね」
「そ、そうですか?」
「うん。すっごく楽しそう。それに、風華ちゃんって自分の自慢話はしないし。好感持てるなぁ、そういう人は」
「自慢するところなんてないですから…」
「そんなことないよ。私から見たらいっぱいあるし、風華ちゃんが気付いてないだけだよ」
「風華は自分の悪いところしか見てないからな。悪いところを見るのは大切なことだけど、それだけというのは考えものだ。自分を見つめるときは、見えた悪い部分と同じ数だけ良い部分を探すといい。最初は難しいだろうが、心を健康に保つ秘訣だ。それに、これを繰り返していると、他に誇れるようなところも見えてくる。悪いところを見つつ、良いところを素直に喜ぶことが出来たら、自分を見つめることに関しては一人前と言っていいだろうな」
「…うん」
「言ってるオレが実行出来てるとは思わないけど」
「はぁ~、蘊蓄だねぇ。締めも完璧」
「蘊蓄…とは少し違うような…」
「もう、涼さん!せっかく良い雰囲気だったのに!」
「あはは、ごめんごめん。でも、紅葉ちゃん、本当に楽しそうだったし」
「それはそうだけど…」
「涼は、話してるときはいつでも楽しそうだな」
「あ、うん。涼さんってそうだよね」
「私、お喋りするの大好きだもん」
「そうだな。口から先に生まれたんだろ」
「たぶんね」
そう言って、涼はカラカラと笑う。
まあ、お喋りが好きなのは、私も風華もそうなんだけど。
飽きもせず、何時間もこうやって話しているのが何よりの証拠。
好きじゃなければ、楽しくなければ、出来ないことだろ?
二人を見ると、ニッコリと笑って頷いてくれた。
…そして、楽しい昼下がりの時間は、ゆっくりと過ぎていく。