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「涼さんって大人びてますよね。姉ちゃんもだけど。二十越えたら、大人になるんですか?」
「私、そんなに大人びてる?」
「涼は大人びてるというより、肝っ玉母さんといったところだな」
「はは、肝っ玉母さんかぁ」
「でも、私、そういうのに憧れます!」
「風華ちゃんって変わってるねぇ。普通なら、優しいお母さんになりたいとか言うのに」
「涼さん、すごく優しいじゃないですか」
「そうかなぁ。自分ではあんまりそうは思わないなぁ」
「そんなことないですよ。私、涼さんみたいなお母さんになりたいです」
「ありがとね。でも、それにはまず相手を見つけないと」
「…相手ならいます」
「え?初耳だね。誰?紅葉ちゃん?」
「あ、それもいいかも」
「いや、おかしいだろ」
「そうかな。紅葉ちゃん、良いお婿さんになれるよ」
「オレは女だ!」
「関係ない関係ない。大丈夫、いけるって」
「関係大ありだ!」
「あはは。まあ、それは置いといて。相手は誰なの?私も知ってる人?」
「はい、たぶん。でも、秘密です」
「えぇ~、なんで?」
「言っても信じてもらえないし」
「信じる信じる。それで?」
「うーん…。やっぱりダメです」
「なぁんだ。つまんない」
「おい…」
「あはは、冗談冗談。でも、分かる気もするなぁ」
「えっ。だ、誰だと思います?」
「あれでしょ?お城の広場のところにいる、おっきな龍」
「えぇっ。な、なんで…」
「そうだな。オレはいつも一緒だから分かるけど、なんで涼が分かるのかが不思議だ」
「えっ、姉ちゃんも…」
「風華ちゃんは分かりやすいからねぇ」
「そんな…。そんなに分かりやすいですか…?」
「うん。特級だね」
「特級…」
「それで?なんで分かったんだ」
「料理教室に来たときも、あの龍くん…セトだっけ。セトの話をしてるときが一番楽しそうだし、あと、この前行ったときに直接聞いた」
「えっ、セトに?」
「うん」
「へぇ…。涼さんも龍と話せるんだ…」
「隠してたけどね、なんか私って、カゥユの御子ってのらしいんだ」
「カゥユの御子?」
「"白銀の獣"カゥユは、全ての獣を統括する者だ」
「あ、北の神様の名前」
「ああ。ときたま、先天的に獣たちと言葉を交わせる人がいるらしいんだ。まあ、風華も分かってるだろうけど、本当は難しいことではないんだけどな。でも、普通は出来ないことだから、獣の総大将であるカゥユの加護を受けて生まれてきた子なんじゃないかってことで、カゥユの御子と呼ばれるようになったらしい」
「へぇ~。紅葉ちゃん、よく知ってるね」
「まあな」
「じゃあ、姉ちゃんもカゥユの御子?」
「さあな。オレは先天的であろうとなかろうと、確認した人はいなかったからな」
「あれ?紅葉ちゃんって孤児だっけ?」
「言ってなかったか?」
「聞いたとしても忘れてる」
「そうか」
「姉ちゃんは小さい頃、狼に育てられたらしいですよ」
「へぇ~。そうなんだ」
「ああ。まあ、狼の母さんなら知ってるかもしれないな」
「ふぅん。私も、物心ついた頃には話してたからなぁ。みんなに聞くまで知らなかった」
「そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
「ふぅん…」
しばしの沈黙。
ここで一度、伸びをする。
こういうのを井戸端会議と言うのだろうか。
井戸じゃないけど。
お喋りの時間というのは、たとえ、他愛のない話しかしていないとしても楽しいものだ。
「お母さん、お母さん…」
「ん?望?」
と、望が何か店の外から呼んでいる。
二人に目配せをしてから店を出ると、望はすぐに駆け寄ってきて。
「どうしたんだ。怖い人でもいたか?」
「ううん…」
フルフルと首を振る。
よく見てみれば、いろんなところに土が付いていて、膝を盛大に擦りむいている。
「…転んだのか?」
「うん…」
「怪我してるじゃないか。早く手当てしないと」
手を引くと、また首を振る。
今度は、今にも泣き出しそうな目で。
「風華に怒られるのが嫌なのか?せっかく買ってもらった服を汚してしまって」
次はコクリと頷いて。
もうすでに涙がポロポロとこぼれ始めている。
「大丈夫だから。ほら、早く手当てしないと」
「イヤ…」
「服なんて、洗えば綺麗になる。でも、怪我は早く手当てしないと、大変なことになるぞ」
「んー…」
意地でも戻ろうとしない。
そうこうしてる間に傷から血が滲んできて、地面にポタポタと落ちている。
…仕方ないな。
「よっと…」
「あぅ…」
「ほら、戻るぞ」
「やぁ…」
望を抱き上げて、無理矢理連れて戻る。
バタバタと暴れたりしているが、数歩の距離などあっと言う間で。
「んー!」
「風華。望が転んだらしい」
「えっ、怪我は?」
「膝を擦りむいてる」
「あらら、大変。裏の井戸で流してきなさい」
「はい、ありがとうございます。望、早く」
「うえぇ…」
「ど、どうしたの?痛いの?」
フルフルと首を振る。
もう何がなんだか分からなくなってるんだろう。
とにかく、泣くばかりで。
「転んだときに服を汚したから、風華に怒られると思ってるんだ」
「えっ、そんなの…」「優しい子だねぇ」
「な、望。服を汚して怒られるなら、オレも一緒に怒られるから」
「……?」
「ほら」
まだ泣いている望を下ろして、服を見せる。
土はもちろん、血まで付いてしまった服を。
それを見て、望は泣くのをやめて。
いや、呆然として泣くのを忘れたと言うべきか。
「あちゃあ、大変だね」
「ああ。だから、風華。望が叱られるなら、オレも叱られないとおかしいだろ?」
「そうだね」
「………」
「望」
「……!」
風華が手を動かしたことで、望は反射的に目を瞑る。
しかし、予想していたもののどれでもなくて。
ただ、頭を優しく撫でてもらっただけ。
「ね?話はあとでするから。まずは手当てしよ?」
「…うん」
風華は望の涙を拭って。
そして、そのまま裏の井戸へ向かった。
それを見送ると、涼はこちらを見て笑う。
「それで?その血はどうするの?」
「ちゃんと綺麗に落とす方法がある」
「なぁんだ、知ってたの。教えて自慢しようと思ったのに」
「そりゃ残念だったな」
「ホント残念」
全然残念じゃなさそうだけどな。
何はともあれ、ちゃんと手当てが出来てよかった。
…風華に怒られると思ったのは、涼が言った通り、望が優しい子だから。
せっかく買ってもらった服を汚してしまって、風華が哀しむと思ったから。
そんなことは、実際には考えてなかったかもしれないが、根底にはあったはずだ。
そうでなければ、悪いことをした、怒られる…とは思わない。
優しい子だ、本当に。