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男物風の着物を、店員にこっそり城へ届けてもらうように言っておき。
そして、店を出る。
「どうしたの?」
「ん?いや」
「そう。それにしても、それ、似合ってるね」
「そうかな…」
「うん。ね、望?」
「可愛い~」
「オレは…うーん…」
こんな黄色の服なんて着たことないし…。
やっぱり恥ずかしい…。
「それにしても、姉ちゃんが着たらなんでも大人っぽく見えるよね」
「えぇ…」
「ほら、堂々として!」
「うーん…」
風華に背中を叩かれてしまった。
でも、堂々とって言われてもなぁ…。
「さあ、お昼ごはん食べに行こうよ!」
「えっ、この格好で?」
「当たり前でしょ。涼さんの食堂に行こうよ」
「涼のところ…」
「そうだよ。涼さんにも見せないと」
「いや…。あいつは妊娠してるんだから、こんな刺激の強いのは…」
「何をわけの分からないこと言ってるの。もうお腹ペコペコだよ。早く行こ」
「早く行こ~」
「うぅ…」
涼に見せるのか…。
この服を…。
はぁ…。
憂鬱だ…。
望はパタパタと尻尾を振りながら狸蕎麦をすする。
その望の隣には涼が座り、こっちを見てニヤニヤしていて。
「似合うよ~。そういう服も着るんだねぇ」
「いや、これは…」
「風華ちゃんに買ってもらったんでしょ?紅葉ちゃんって、絶対こういうの避けるだろうし」
「よくご存知で…」
「いいなぁ。私も、そんな服着てみたいな~」
「涼さんなら大丈夫ですよ!若いもん!」
「あはは、ありがとね。まあ、まだ二十三だし。今度、思いきって買っちゃおうかな」
「二十三?オレと三つしか変わらないのか」
「ん?紅葉ちゃんは二十六?」
「なんで増やすんだよ…。二十だ、二十」
「あ、そっちか」
「やっぱり若いじゃないですか!絶対似合いますって!」
「おい、オヤジ!七つ下で美人の嫁なんて、どっからかっさらってきたんだ!」
「天界から、ちょっとな」
「何バカなこと言ってんだよ!俺に寄越せ!」
「やるか、バーカ!悔しかったら別嬪さん連れてきてみやがれ!」
「まったく…。男ってのはいくつになっても子供だねぇ…」
「ふっ、そうさ。男は永遠の少年さ」
「バカ言ってないで、さっさと紅葉ちゃんと風華ちゃんのごはん作りな!」
「…ハイ」「えっ、俺は…」
「上司より先に食べる部下があるかっての。待ってなさい」
「いや、俺の方が先に来たんだけど…」
「つべこべ言ってると、昼ごはん抜きだからね!」
「えぇ…。なんという横車…」
「悪いな、弥平。先にいただくよ」
「あっ、いえ。お気になさらずに。私は大丈夫ですので」
「そうか」
弥平は軽く敬礼をしてニッコリと笑うと、そのまま前を向いてジッと動かなくなった。
体力の消費を抑えているんだろう。
「あはは。さすが、衛士長さまだね」
「そうかな」
「うん。私とそんなに変わらないのに、何歳も歳上の人も顎で使ってるんでしょ?」
「いや…そんなことは…」
「冗談よ、冗談。でも、紅葉ちゃんの評判が高いのは本当だよ。ここに来る衛士さん、みんな目を輝かせて語ってくれるよ」
「へぇ…」
「って、前にも話したかな。まあ、こういう話は何回してもいいよね」
でも、なんかこういう話はくすぐったくて。
嬉しいけど、あまり聞かされるのも気恥ずかしいというか…。
「はぁ、利家くんも良い子をお嫁さんに貰ったなぁ。しかも、同い年でしょ?利家くんは利家くんで格好いいし、どこかのムサ苦しいおっさんとは大違い」
「えぇっ!?た、隊長、結婚してたんですか!?」
「え…まあ、うん…」
「かーっ!知らなかった!密かに狙ってたのに!」
「なんで、私よりずっと近い位置にいるあんたが、そんな重要なことを知らないのよ…。私はそっちの方がびっくりだわ」
「正式に発表してませんし、弥平さんは噂とかには疎いですから」
「あぁ、なるほど」
「風華ちゃん、さりげなく酷い…」
「どうも」
「風華ちゃんは医務班だっけ」
「はい」
「大変でしょ?こんなのがいてさ」
「涼さん…」
「いえ、すっごく楽しいですよ。みんな、優しくて楽しい人たちです」
「風華ちゃん…。天使だ…」
「えへへ。ありがとうございます」
「惚れていい?」
「おぅ、弥平。浮気は良くねぇな。男なら一度紅葉ちゃんって決めたら、たとえ結婚してようが何してようが、一生それを貫き通すのが筋ってもんじゃねぇのか!」
「オ、オヤジ…!でも、そんなことしたら一生結婚出来ないから遠慮しときます」
「それもそうだ。やめとけ」
「…何、あの茶番?」
「さあ…」
「それはそうと。紅葉ちゃんのと風華ちゃんの、上がり!」
「はぁい」
「あ、私が持ってきますから、涼さんは座っててください」
「ダメダメ。風華ちゃんはお客さんなんだから」
「でも、涼さんは身体を大事にしないと…」
「大丈夫大丈夫…って、あれ?なくなってる…」
「お前たちが遅いから、もうオレが取ってきた」
「あちゃ~。参ったね、こりゃ」「あっ、姉ちゃんずるい!」
「何がずるいんだ。冷めないうちに食べろよ」
「あ、うん…」
「ははは。やっぱり優しいね、紅葉ちゃんは」
「何の話だ」
「ふふふ。なんでもないよ~」
「ごちそうさま~」
「あ、望ちゃん、食べ終わったの?」
「うん」
「もっと食べる?」
「んー、外で遊んでくる」
「そう。気をつけて行ってきなさい」
「夕方には帰ってきなさいよ」
「うん。分かった」
そう頷くと、望は外に飛び出していった。
今日、ルウェたちはどうしてるのかな。
城に来てるんだろうか。
まあ、どこかしらで遊んでいるだろう。
…新しい服も買ってもらったんだ。
しっかり汚してこいよ。